二話 「ダーナステラって星は地球ではない」
刺された-はずの勇人はいつの間にかベットに運びこまれていた。
見渡すかぎり知らない場所、知らない村の名前に困惑する。
「アサガ⋯⋯え?オサカナ?」
俺の反応に男は少し可笑しそうに笑った。
「オサカナじゃなくてアサガナですよ。アサガナ。聞いた事はありませんか?」
俺は眉間にシワを寄せて、頭に手を置きあまり得意ではない歴史を振り返るが、やはり聞いた事がない。
弱々しく首を振って男に知らないと伝える。
「私たちもこの村以外の土地は知りませんし、ここに人が来る事なんて初めてです」
ならよっぽど目立たない場所にこの村があるのか。というか学校の近くにこんな場所あったっけ?
「やはりここは天国か」
「テンゴクって何ですか?」
「え?」
思わず聞き返すと、男も驚いた表情を返す。
「死んだ人が集まる場所。天国と地獄ってあるだろ?ほら、有名な曲にもなってる」
「あぁ!天界と極獄ですね!分かりますよ!」
パチンと両手を叩く男の反応に少し違和感を覚える。
天界は分かるけど”キョクゴク”ってなんだ?聞いた事がない。
「サーヤは最近言葉を覚えたばかりでして。きっとテンゴク?とやらを天界と聞き間違えたのでしょう」
ん?天国って言葉を知らない?というより無い?
さらっと遠回しに俺も間違っているよ言っているし。
困惑する俺をよそに男は言葉を重ねて続ける。
「天界には死んだ人しか行けませんし、天界に行けば天使としてこの星”ダーナステラ”を見守る神の使いとして生まれ変われるって信じられてますから」
「ダーナステラ⋯⋯」
-そんな星、全然聞いた事がないぞ。何言ってるんだ?
思考を巡らせると、俺はハッと思い出したかのようにベッドから飛び起きて部屋の隅に背中を寄せて辺りを警戒する。
-そうだ。さっき俺は覆面の男に刺されていつの間にか気を失い、気がついたらこの部屋にいた。
ここに運び込んだのは間違いなくあの男だろう。目の前の男もそいつの仲間の可能性は否定できない。
「どうかされましたか?」
男の言葉を無視してキッと睨みつける。
なぜ傷が無いのか分からないが、適当な事を言ってここを死後の世界と誤認させて俺から何かしらの情報を盗もうとしてるに違いない。
「あの、大丈夫ですかっ?そんなに動いて⋯⋯」
警戒の色を見せる俺に対して男は心配そうにおろおろとする。よっぽど俺の身体に何かあったらいけないのだろう。見え見えな魂胆だぜ。
そう解釈した俺はチラリと視界の端に映る窓に目をやる。ここからは外は見えないが、差し込まれているオレンジ色の光で夕方なのだと察しがつく。
俺は即座に窓を開け放つと同時に体当たりするように飛び出した。
しかしそこは当然の如く地面は離れている訳で-。
「うぉお!?」
すぐに迫る地面に咄嗟に受身を取るが、やったことの無い下手くそなそれでは威力を殺しきれず、地面を何回か転がり身体中を殴打して止まる。
「⋯⋯い、痛てぇ」
今までに味わったことのない痛みに俺は悶えた。
「-何やってるの?」
まるでこちらを見下ろすような低い女性の声に顔を向けると、そこには一人の女性が立っていて、こちらに軽蔑の眼差しを向けていた。
その女性は一言で言えば美少女だった。
何回折ったのかギリギリのラインを攻めた黒のミニスカートに太ももまであるニーハイに包まれたすらりと伸びた脚。身に覚えのある黒のセーラー服はうちの学校の制服で、蝶々結びの赤いスカーフを着崩してチラリと見える胸元は遊んでいるようで危ない香りを漂わせる。
そして腰の位置まである絹糸のような金髪は外国人にも負けないほど綺麗で、紫色に澄んだ大きな瞳は吸い込まれてしまいそうな妖艶さを含めていた。
そんな歩けば人を惹きつける存在は、うちの学校ではたった一人しか存在しない。
-訂正する。女神そのものだ。
「ダッサ」
ただ悪態をつくことと、人を小馬鹿にしたような視線を除けばの話だ。
俺は一瞬でも見とれていた自分を恥じるように頬を叩いてその少女の前に立ち上がる。
身長は百六十五センチと知ってはいたが自分と殆ど変わらない目線に驚きよりも-。
「お前大丈夫なのかよ!?」
俺はしれっと目の前の美少女-”二階堂天”の黒いセーラー服を下から捲りあげて傷の具合を確認する。
「ないっ!?」
確かにうつ伏せに倒れ込んでいた時、腹辺りから大量の出血をしていたはずだ。
「-ッ!?」
その時、茹でダコのように真っ赤に染まる二階堂の顔など知る余地もない俺は更に上へと手が伸びる。だがその手は、へし折れてしまうんじゃないかと思うほどのあらぬ方向に曲げられて思わず顔を歪める。
「いい加減にしろっ!」
ゴッ、と頭上に花火が散って、殴られたのだと理解するのに数秒掛かった。
身体を丸めてひたすらに頭を擦りながら、自分がしていた事に気付いて「ご、ごめん」と謝る。
あまりの痛みに、ここは天国なんじゃないかと言った説は違うと確信に変わる。
「あっ、あんたっ⋯⋯さっきからなんなの!?」
二階堂はそう吐き捨てると顔を背けてドカドカと何処かに歩きはじめてしまう。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
「なに」
じろりと二階堂の目は先ほどより一層冷たい冷気を放ち俺を突き刺す。
「アサガナ村って⋯⋯聞いたことあるか?」
俺の発言に二階堂は訝しげな表情を見せるが、顎に人差し指を当ててしばらく考えてから「ない」の一言。残念ながら俺も二階堂も歴史や地理には詳しくないようだった。
「それだけ?なら私行くから」
「ま、待ってくれって!ってかどこに?」
二階堂は面倒くさいと口をへの字に曲げるが、なにを思ったのか、つかつかと靴を鳴らしてこちらに歩み寄るとこちらにずいっと顔を寄こす。-近いッ!
「ねぇ。あんたこの場所わかる?」
ほのかに香る甘い匂いが鼻腔を通り抜けて、くらっとやられそうになる俺を弄ぶ。二階堂の開かれた紫紺の大きな瞳はまっすぐこちらを射抜くように見やる。というかこいつの目って紫色だったか?
俺はのらりと躱して「さっき言っただろ」と火照る顔を悟られまいとぶっきらぼうに答える。
「ふー⋯⋯ん」
半ば流しているのか否か、二階堂はまた人差し指を口元に当てて空を見上げると、少ししてこちらに向き直って言った。
「ここ何処?」