第二十七話「朝露に混じる黒衣」
いざ勝負が始まると風の魔力に圧倒される勇人。
活路を見出した勇人が勝負を仕掛けるが返り討ちに。
勇人はまだまだ自分は甘いのだと痛感した。
勇人は風呂に入って汗を流すと干してあった自分の服に着替えてまだ日も昇らない街中へと足を運ぶ。
朝ご飯の時間は七時。それまでまだ時間がある。
俺はもっとこの世界の事を知らなくてはならない。
そもそも世界どころかこの街のことすら大して知らないしな。
昨日はユキさんに付いていくので精一杯で、街並みがラノベあるあるの中世ヨーロッパだなとしか頭に残っていなかった。
しかし日が昇っていないせいか霧が濃く視界を阻む。
フウカと居た時に気にならなかったのは、あそこが開けた場所で霧があまり滞留していなかったからだろう。
勇人は大通りに向かうため建物に挟まれた狭い道を抜ける。
大通りに行くと、昼間はあれだけ活気ついていたのに夕方同様シーンとした静けさが辺りに広がっていた。ただ一つの建物だけ灯りが付いているが、酒のジョッキの看板があるので恐らく酒場か何かだろう。
その他はちらほらと露店も出てはいるが、まだ準備中みたいで物の手入れや並べたりと開いているところはない。
勇人は露店を見ながらゆっくりと大通りを歩く。
「やっぱり文字は読めないな」
勇人はがっくりと大きなため息を漏らしてぼやく。
昨日のバイト中も店内の文字が読めずに何度首を傾げたことか。
バッシングと清掃だけだったからなんとかなったけど、もしフロアを頼まれていたらどうなることやら。
ここから得られるものは無しかと肩を落とす勇人の斜め前の露店に目が留まる。それは武器一式がズラっと並べられており昨日勇人の目が惹かれた所だった。
「おぉっ、あそこかッ!」
勇人は磁石のように引き寄せられると並んだ武器に目を輝かせて子供が玩具を欲しがるように顔を近づける。
「あぁん?なんだぁ兄ちゃん。朝早くからよ」
ふと隣を見るとガタイのいい男が武器を磨く布巾の手を止めてこちらに顔を寄せていた。
その顔は顎に髭を無法地帯のように生やして額に筋を浮かばせていて不機嫌そうにガンたれる。気が付かなかったがこの人が露店の主らしい。
「いやぁ~この武器良いなぁって思ってよ!」
そんな事もお構いなし勇人は気になっていた剣、その中でも一つ目に止まったモノを指さす。
それは並べられた武器の中でも一つだけ上から吊るされていた真っ赤なグリップの剣。
柄頭からガードまで、まるで竜が両翼を広げたように見え、そこから飛び出た真っ直ぐに伸びた刀身はプラチナのように煌めいていた。
「そいつを指さすとは良い目してるな」
いつの間にか露店の主は勇人の肩を掴んでそいつを手に取ると目の前に持ってくる。気のせいか、それは熱を放っているような気がした。
「こいつは”ジェットソード”。グラディウスの一人が使ってたとされる上物だぜ?」
露店の主は誇らしげに顎に触れてニカッと笑う。その吐息が酒臭く鼻が曲がりそうになる。
「グッ、グラディウスってなんだよ?」
勇人はニヤニヤとしながら肩を掴む男から逃れると問いを掛ける。
男は「はぁ?」と当然の事だろと知らない勇人を小馬鹿にしたように酒臭い息を吐きかける。
「グラディウスを知らないのか?ユウシャが現れる以前に発足した王様の剣だろうが」
こいつ今なんて言った?
「おいッ!今なんて言った!?ユウシャ!?勇者って言ったのか!?」
「おい何だ急に!?」
掴みかかる俺を男は強引に引っぺがして唾を飛ばしながら叫ぶ。
「勇者がなんだってんだよこの野郎ッ!」
勇人は力任せに投げられて地面に両手をつく。
男は多少の酔っているのか数歩たたらを踏んでフラついたと思えばまた元の位置に戻ってくる。
間違いない。この世界にも存在しているのか。
勇人は自然と口角が上がっていくのを感じる。
「ハハッ⋯⋯いやぁ嬉しいねぇ」
小刻みに肩を揺すってゆらゆらと立ち上がる俺を見て男は正気に戻ったような目でたじろぐ。
「な、なんなんだよお前⋯⋯酔ってんのか?」
それはお前のほう。
嬉しさのあまり「フッフッフッ⋯」と漏らす勇人の口角は治まることを知らず不気味につり上がっていく。
「ごめんごめん。で、その剣はグラディウスとかいう王に仕えた代物だってことか」
「あ⋯⋯あぁ、そうだよ。それがなんだよ」
「幾らだ?」
「えっ?⋯⋯⋯⋯金貨百枚」
買えねぇ。
勇人はごそごそとポケットの中に手を突っ込みその中にある物を掴んで引っ張りだす。
それはこの世界の通貨で銀貨八枚が手のひらに広がる。本来は十枚だったが昨日の宿代を支払っているおかげで二枚減ってる。
ポケットを叩いたら増えたりしないか?
「つうか武器ってそんなにするの?高くね?」
「アホか。上物を選んでんだ。それくらいするに決まってらぁ」
名残惜しいけど違うものを選ぶしかない。
「なら-」と隣に置いてあった銀色の剣を指さす。
たぶん一般兵士とかが使いそうな如何にも普通の武器。
この値段を聞いてこの世界の武器の価値を知ろうとする。
正直今ある所持金で買えるなら嬉しいのだが。
「こいつか?こいつは銀貨十枚だな」
-高い。
正直言って舐めてた。
異世界で魔物が出るというのなら量産していてもっと安いと思っていたのに。
「武器って全体的にそんなに高いのか?」
「この辺りは魔物はおろか悪戯だって少ねぇよ」
じゃあなんでそんな高いんだよ。
「懐事情が芳しくねぇようだなぁ、兄ちゃん」
ポンッと優しく置かれた手とは裏腹に男の声には再び怒気が纏っていた。
後ろから突き刺さる眼力に勇人は重い首を回してようやくそちらの方を向くと、男は無理やり作った笑顔を貼り付けて額には最初の倍くらいの筋が浮かんでいた。
「帰れッ!」
勇人は弾かれたようにその場を走って離脱した。
「はぁはぁ⋯⋯たまたま持ち合わせが無かったってだけでそこまで怒鳴るなよな」
勇人は走って乱れる息を整え改めて周りを見渡す。
走っていて気付かなかったがそこは円形状に開けた場所だった。
真ん中には大きく立派な噴水があり、それを取り囲むように長椅子が地面に打ち込まれていた。
普段は街の人たちの憩いの場なのか娯楽として使えそうな遊び道具が置かれていて昼間の楽しそうな情景が浮かばれる。
図書館やそういった施設を目指している勇人にとってここには何も無さそうだと判断。
「なんか手掛かりはねぇかな」
勇人はボソりと呟いて噴水の横を通り過ぎようとする。
「-ッ!?」
ふと視界の端-黒い何かが映り、噴水に付属する何かではないと瞬時に判断した勇人は思わず距離を取り身構える。
それは黒いローブを全身に身にまとった人の形をしたもので、噴水に持たれ掛かっては何をするでもなくそこに立っていた。
「な、何か用か⋯⋯?」
勇人は恐怖をマスキングするように声を絞りだすが反応は無し。
ただ立っているだけなのかと考えるが、不気味さは拭いきれず、顔すらも覆い隠す黒いローブが得体のしれない者感を醸し出し勇人の頭の中で警鐘を鳴らす。
いつの間にか拳が固く握られており変な汗が背中を伝う。
見た目的に背後を取られるのは危ないと勇人はそいつを強く睨みつける。だが黒いローブの方は依然として動かない。
「⋯⋯」
-あれ?もしかして本当にただ立っているだけ?
勝手に敵視していたがそもそもこっちを見ているかどうかすら怪しい。
よく見ると身体はわずかに揺れている。噴水にもたれ掛かった状態ということは寝てる?
ちょっと申し訳ないことしたかも。
勇人は警戒を解いてごめんと手を合わせるとその場を後にしようと振り返り歩き始める。
「-甘いねえ、君」
背後からねっとりと肌に張り付くような重なったように濁った声。
「なっ-」
勇人が振り返る前に肩に何かが振れる感触に背筋が凍る。反射的に見ると後ろから黒いローブから伸びた手が肩に置かれていた。




