第二十二話「成長はこれからだもんッ!」
出された料理の多さに圧倒される勇人。
それでも美味しい料理は、この世界にきた勇人をいつの間にか溜まっていたものを溶かすように温かく優しく包み込んでくれるようだった。
とは言っても全部食べ切れるはずもなく。
「ぐぬぬ⋯⋯お腹いっぱいだ⋯⋯」
ぽんぽんとたぬきのように膨れ上がったお腹をさすって勇人は目の前にまだ残る料理を見やる。
隣にはもう食事を済ませたように口元を布巾で拭うユキさん。ユキさんに関してはビーフシチューと野菜の盛り合わせしか手をつけていない。
俺も頑張ったがビーフシチューを平らげただけで終わり、大皿に出されたパスタはまだ半分くらい残り、パンも残っている。
このままだと残ってしまう。だがもう限界そうで腹はこれ以上拒否している。
「無理して食べなくても良いって言ってるのに、もうっ」
ユキさんはムッとした表情でそう勇人に言い放った。
「せっかくの美味しい料理が最後、苦しいで終わっちゃうじゃん」
とは言うものの事実まだテーブルには料理が残っている。仮に二階堂の助けがあったとしてもこの量は食べきれない。
このままでは俺たちは宿から放り出されてしまう?
「いやいやあれは冗談だからね?」
ユキさんがそう言ってはくれるが、それでも出されたご飯を残すなんて事は俺の主義に反する。これはまた別の問題だ。
「う~んっ、おーいしーっ!」
ただ凄い奴が一人。フウカだ。
彼女は最初と全く変わらない速度でご飯を食べ進めており、相変わらず美味しそうに頬張って食べている。
「あとはフウカに任せていいよ。ちょうど良いくらいにしたから」
「うんっ!後は全部私の⋯⋯じゅる」
フウカは目の前の料理にまるで宝石を見つけたかのように目を輝かせて涎を垂らす。
「まだ食べるってのか!?」
見る限り俺以上に食べているはずなのに彼女はまだそんなにも余裕があるっていうのか。
「フウカの身体は吸収がはやいのよ」
「確かに」
フウカの体型はお世辞にも大きいとは言えず、どちらかと言うと小柄だ。それなのにも関わらず腹が少し膨れているだけでそれ以外の変化はない。一体どこにその食べた栄養は行っているのやら-間違いなく身体には回っていない。
ふと視線を落とした先-何気なく薄っぺらいフウカの胸へと目がいってしまう。
「⋯⋯なんかまた失礼な事考えてない?」
視線を上げるとムッと睨みつけるフウカの顔。また頬を赤らめていた。
「考えてない。気のせいだ」
「成長はこれからだからねッ!」
これ以上怒らせる訳にはとそっと目を逸らす。しかし目は自然と視界の端に映るフウカの身体を捉えていた。
幼いながらも出るところは出ているようで、意識してしまうとこちらも少し恥ずかしさが加わった。
もし俺の妹が生きていたら、ちょうどこのくらいには成長していた頃だろう。-いや。
「何考えたんだよ、俺」
勇人は髪をくしゃくしゃにして振り払う。
目の前のフウカはたくさん頬張って食べていて、それをユキさんは幸せそうに眺めていた。
「民兵隊に務めているとお腹すいちゃうからねっ!」
「民兵隊⋯⋯」
その言葉に聞き覚えがあった。
今朝会った筋骨隆々のムキムキの男。名前は確かゴウマンと呼ばれていた人。
気前がよく一目見ただけで良い人だと分かるくらいには陽気な人。
その人は民兵隊の団長とネーチスから言われた。
ネーチス曰くその団長よりも強いとされる妹-それはフウカのことを指している。
「ふーぅ、お腹いっぱい♪」
優しくお腹をさすっては幸せそうに顔を蕩けさせてフウカは背もたれに身を任せる。その姿は純粋な子供と大差ない。
本当に強いのだろうか。
「じゃあ片付けるわね~」とユキは早速空いた皿を持って料理場へ行ってしまう。
「なぁ、フウカってどれくらい強いの?」
ふと好奇心から湧いた疑問をフウカに投げ掛ける。
フウカは面食らったようにして「うーん」と人差し指を口元に当てて数秒唸ると手を広げてこちらに寄こす。
「五秒。五秒あれば私の所属している団長を倒せるくらいッ!」
「なっ-」
事も無げに答えたそれは勇人が一番気になっていた応えだった。
「も、もちろんッ!魔力”あり”だよな?」
勇人は勢いのまま立ち上がり椅子を倒してしまう。そんなこともお構い無しに微かな希望に縋り付く。
おいおい冗談だろ。こんな細身で小柄な女の子がそこまで強いわけが-。
「使わないよ?」
そんな淡い期待は一瞬にして崩れ去った。
もしかしたら。もしかしたら俺は魔力が発動しなかったからグリムに負けたのだと思っていた。いや、そう思いたかった。
「もしかして民兵隊に入りたいの!?入隊希望は大歓迎だよッ!ただ条件としてグリム討伐かゴブリン三体の同時討伐があるんだけどね~♪」
フウカが軽はずみに言った言葉は簡単に勇人の尊厳を踏みにじりプライドをポキリとへし折った。
「ハハッ⋯⋯つまり、ゴウマンさんって人はグリムを倒したことがあるって事か?」
「うんッ!魔力も無いのにすごいよねッ!?」
「ははは⋯⋯⋯⋯すごいなぁ」
「でしょ!?他の人も皆勇敢でね-」
嬉しそうに語るフウカには俺が傷付いてしまったことすら気が付かないのだろう。
「もうお腹いっぱいだしいくよ」
「うん、また明日ね!」
フウカは小動物のように跳ねて料理場へ駆けていく。きっと今からユキさんの洗い物の手伝いをしに行ったのだろう。
あんなに愛らしい姿でもグリムを討伐する事ができるのか。
引きずる足取りでふと二階堂の部屋を見やる。ユキさんが先に届けてくれていたのだろう、空になった食器類が部屋の外に出されていた。
でもそれをユキさんのところに言いに行く元気は無かった。
俺はため息をついて自分の部屋の扉を開けるとベットに倒れこむようにして頭からダイブする。
「結局は俺の努力が足りなかったってことかッ」
ベットに溜め込んたものを一気に吐き出し吼える。
負けた悔しさと自分の行ってきた木刀を振る特訓だけではこの世界では生き残れないと知る。
「チク、ショウ⋯⋯ッ」
まるで自分の努力が無駄と言われているみたいだ。
勇人は明日のことなど考えずに、泥のように眠りについた。




