第十九話「エルフの女の子」
家族のことを思い出した勇人は、閉まっていた苦い思い出を甦らすのだった。
宿が見えるとなにやら煙がとくもくと上がっていた。
火事かと錯覚するが、小窓からぼんやりとした灯りが付いているのを確認してそうではないとすぐに理解する。
「あぁ⋯⋯あの子ったらまた」
やれやれとユキは頭を抱えては大きなため息をついて力無く首を振った。
「もしかしてさっき言っていた妹さん?」
ユキは小っ恥ずかしそうに頭を上げるとこくりとだけ頷いて「うん⋯」とこぼす。表情は難しそうに眉を寄せるがどことなく嬉しそうに見えた。
「久しぶりのお客さんが嬉しいのね。あんなにはしゃいじゃって」
ユキはもう隠すことなく駆け足で宿に向かっていく。勇人もそれに続くように歩く。
「ただいまーっ!」
ユキが元気よく扉を開け放つとそこには小さな女の子が「えっほえっほ」と両手いっぱいに洗濯物を抱えてせわしなく動いていた。
女の子はこちらに気付くとパッと顔に明るい華を咲かせる。
「お姉ちゃん!おかえーおわわっ!?」
興奮気味に洗濯物を抱えたままの状態でこちらに手を突き出した女の子はバランスを崩して洗濯物を落とすーはずだった。
「おっとと」
女の子は素早く伸ばした手を落ちそうになった洗濯物の下へと移動すると、その手からブワッと突風にも似た不可視な力で洗濯物を舞い上げると慣れたように回収する。
「あぶないあぶない。せっかく洗った洗濯物を落とすところだったよ~」
ふうぅと一息ついた女の子は汗を拭おうとしてまた同じように洗濯物を落としそうになり再度不可視の力を発動する。今度はその手の上でくるくると洗濯機に入れられているように回転して舞っていた。
「ーなっ」
その女の子はピンク色の髪をゆらして「にしし」と悪戯っぽく笑う。チラリと見えたその耳は横に尖り、その笑みから零れる瞳はエメラルド色のように綺麗で邪悪さがない。間違いない。
「エルフッ!?」
「ほえ?」と勇人の声に驚いた女の子はようやく宙に舞っていた洗濯物を落として固まる。俺はもうそんな事はお構いなしにズンズンと進んでその女の子の前まで行くと抑えられない興奮が飛び出す。
「エルフ!?エルフだよな!?」
食い気味に掛かる勇人は気付けばその女の子の両肩に手を置いて捲くし立てていた。
「その耳!その瞳ー間違いないッ!」
女の子は小さな頬をパッと朱の色に染めて「あ、あの・・・」とたじたじ。
「さっきの!手からブワッて出したやつ!魔力だよな!?」
女の子は視線をのらりくらりとさせて困っているようにも見えるが「うん・・・」と小さく発してはどこか嬉しそうに口角が上がっていた。それが勇人を加速させてしまい欲望のままにその女の子の耳に触れる。
「すごい・・・すごいッ!」
ー本物だ。
俺は見えるはずのない空を見上げては目を輝かせて叫んでいた。
間違いなくここは異世界なんだと再三味わっても、こうも目の前に本物と出会えると湧き上がってくる感情が止まらない。
嬉しさに身体を震わせてガッツポーズを取る直前、それは唐突に終わりを告げる。
ポンと肩に手を置かれて振り返るとユキさんがニマニマとしていた。
「ほーぅ・・・ロリコンなんだぁ?」
ハッとして女の子から離れると頭が必死に状況を理解しようと辺りを見渡す。
あれ?俺、勢いのまま何かしちゃってたよな?
ユキさんは「ふぅーん?」とニヤついて、隣の女の子はそのか細い身体を両手で抱え込むようにしながら「・・・エッチ」と膨れた顔で一言。
「ちっ、違うっ!誤解だ!エルフを初めて見たから興奮しちまっただけで!いや変な意味じゃないよ!?」
なんとも情けない抵抗虚しく二人はじーっとこちらに軽蔑の眼差しを送る。
「なーんてね」
「ふふふ」と楽しそうに笑いユキさんが警戒を解く。
「へ?」
勇人の呆けた声が宿内を木霊する。
「もう、ロリコンなんて!」と膨れた女の子の顔はユリさんの方に向けられていた。
「ごめんごめん。ついユウトくんの反応が見たくって」
フンっと膨れて顔を背ける女の子は真っ赤にした顔でボソリこぼす。
「私は今年で十七だよ。もう・・・」
この可愛らしい女の子が十七歳・・・?
幼い容姿に身長も百五十もないくらいに見える。正直小学生かなと思う程の背丈と丸い顔に勇人は驚きが隠せない。
「よしよし」とユキさんに頭を撫でられている姿を見るにとてもそのようには見えない。現に機嫌が良くなったのか猫のように喉を鳴らす。いやそんなことよりー。
「ごめん・・・興奮してつい触れてしまって」
勇人が正式に頭を下げて謝ると女の子が前に出てこちらに手を差し伸べる。
「ううん。こっちこそごめんね。嫌じゃなかった?」
顔を上げると女の子はどこか申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
「嫌?別に。なんで?」
「へっ?」
今度はその女の子の方が呆気にとられた声を上げた。
「えっ?だってエルフだよ!?」
この女の子は何を言っているのだろうか。
「ね?別になんともないでしょ?」
ユキさんはまるでこの場面を予知していたかのように鼻を鳴らした。
「うん・・・うんっ!」
それに続いて女の子の顔は屈託ない笑顔で先ほどとは違い自信に満ち溢れた手を差しだした。
「私はフウカ・サルビア。よろしく!」
「ああ、よろしくっ!」
差し出された手を握り固い握手を交わす。
「その洗濯物はもう一回洗うわね」
「「あー」」
気付いた時にはもう全ての洗濯物を床に落としていた。




