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第十八話「決意の対価」

連れ去られた勇人とは違う二階堂の視点。

恐怖に支配されたトラウマはそう簡単に消えることなく二階堂の心を蝕んでいく。

それでも彼女は何とか踏みとどまり眠りについた。

「じゃあまたね~っ!」


先ほどまで一緒に働いていた二名の女性が、まだ店外に出たばかりのユキと俺に手を振る。


「はーいまたね~!」


それに元気よく職場の同僚に手を振り返すユキは空を見上げて「ん〜」と伸びをする。


「ようやく終わった⋯⋯」


そのユキの後ろで両膝に手をつき盛大にため息をもらす勇人はあまりの疲れに女性に手を振り返す程の元気すら残っていなかった。


「どう?初めての仕事は?」


見上げると両手を後ろに回して楽しそうに笑うユキ。

いつの間にか空はオレンジ色に染まり飛んでいた鳥がカラスのようにカァカァと鳴いていた。

もうそんなに経ったのかと思うとさらに疲れが増した気がした。


「ど、どうって⋯⋯キツいっす」


勇人は声も絶え絶えにグッとひねり出す。

仕事先に着いたらすぐに着替えて準備を終えたら即客のいるフロアに出されていた。

そこからは怒涛の注文に出来上がった料理を届けての繰り返し。途中お昼ご飯をよばれたのだがスプーンを手にしたこと以外あまり記憶にない。唯一喋ったのもじゃがいものスープに浸したパンを食べて「あ、美味い⋯」とか細く感情表現をして口角を上げたくらいか。


「でも楽しかったでしょ?」


フフッと笑うユキに俺は口の片端だけ吊り上げて壊れた玩具のようにカタカタと笑う。だめだ、これが楽しいだなんて余程のドMじゃないと成り立たないぞ。

何度目かのため息をもらすと自身からガチャ、と金属が擦れ合う音が聞こえて思いだしたようにポケットに手を突っ込む。それは銀色に光る物-硬貨である。

それは店を出る前に店長から渡された銀貨であり今日の働き分、つまりはバイト代だ。

手にしているのは十枚の銀貨。はたしてこれがどれほどの価値であり今日の宿泊代に足りるかどうか。

期待の眼差しでユキを見やるとにっこりと微笑んで二本の指を立ててピースをする。


「うちは泊まるのに必要なのは銀貨一枚!二人合わせても銀貨二枚だから大丈夫!足りているよ」


女神か。


「良かっだぁぁあああああああッ!」


今日一日の努力が救われた気がして情けないくらいに声を出して空に泣いた。

こんな姿、二階堂には見せられない。


「うんうん。今日頑張ったね。えらいえらい」


不意に乗せられたユキの温かな手が母のような優しさで勇人の頭を撫でる。それがまた勇人の涙腺を緩くさせて頬を伝った。


「あ、あっ、ごめん⋯⋯なさいっ!ついいつものくせで!」


あわわと慌てるユキさんは身振り手振りで「妹が⋯」や「小さくて⋯」など脈絡のない色んな単語が飛びだす。


「いや、いいんだ。俺も嬉しかったし」


「え⋯⋯そう?なら、良かった?かな?」


ちぐはぐに答えるユキさんは大人っぽい雰囲気はなく少し頬を赤く染めた。


「それに⋯⋯敬語。使わないんじゃなかったっけ?」


「あっ-」


ニッて笑いかけるとさらに頬を赤くさせて「おちょくってるな~」と両手で頭をぐりぐりとされた。痛い。でもそれすら心地よく感じた。

バイトってあんなにも忙しくって頭をフル回転させないとやっていけないんだな。

慣れの問題もあるだろうが普段振っていた木刀の鍛錬とはまた違った辛さがあった。

そしてこれまでに得た事もなかった達成感と疲労感が勇人の中の感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜていっぱいだった。

それでも-それでも現実に手にしたこの銀貨。大事に使わなくては。


「よぉーし、帰ってすぐにご飯だー!」


「「おおーっ!」」


とは言ったものの、とりあえずお風呂だな。




大通りは道を埋めつくさんばかりの朝とは違い人通りが少なく閑散としていた。

残っているのも露店も数件のみで、そこももう畳もうとしていた


「あれだけ賑わっていたのにもう閉まっているんだな」


空がオレンジ色に染まりはじめてはいるがまだ五時くらいだ。もう閉め切ってしまうものなのか。


「そりゃあ家族第一だからね。皆、家族との時間が一番大切だから五時を過ぎればもう帰るのよ」


「そうなのか⋯⋯」


そういえば俺ん家も同じようだったなと思い出す。

両親は忙しくしていたが夜は一緒に食べる為に必ず仕事を切り上げてきてくれていた。

どうして分かるのかというと、食事後終わってから俺が部屋に行く時には二人ともパソコンや資料を机に並べて仕事を始めていたからだ。


-いつからだろうか。そんなふうに家族集まって必ず食事をするようになったのは。

きっとあの頃の俺の事が心配だったのだろう。

何処かに行ってしまいそうな俺の事が。


ズキリと勇人の奥底に閉まっていた感情が蓋を開いて古傷が疼く。


「⋯⋯嫌なこと思い出しちまったな」


「ん?何か言った?」


ボソッとこぼした言葉にユキは反応してこちらを見やるが「いいや、なんでもない」と首を振った。


なんの為に強くなろうとしたのか。

今のままじゃこの世界では太刀打ちできない。

俺は負けず嫌いだ。自分の生きてきた意味すら否定されてたまるか。


帰路に着く勇人はオレンジ色に染まった空を再び見上げて今度は泣いた顔ではなくキッと空を睨みつけた。


今度は絶対に倒す。負けっぱなしではいられない。


まだ甦る恐怖に震える拳を決意で固く握り潰して。

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