第十七話「なにが正解なの?」
二階堂の状況を察して動いてくれた女性-ユキ・サルビア。
勇人は感謝と共に、宿の支払いの為の金を稼ぎに行くのだった。
二階堂は渡された鍵を手にふらふらと部屋に向かう。
足取りが重い。けどすぐにも部屋に入りたい気持ちがぎりぎりその足をつき動かす。
一番奥の部屋-103号室の前に着くと鍵を差し込む。だが古いのか上手く回らず、それに苛立ちを覚えては「早く」と心の中で急かす自分に後押しされて無理やり何度も捻る。
もう部屋に入りたいという思いのみが二階堂の中を支配していき、壊しても構うもんかと何度か試しているとガチャ、という音と共に回る鍵。すぐに鍵を引き抜いてドアノブに手を掛け部屋へと入る。
入るとすぐ横にはトイレの部屋があり通り抜けると、部屋の大部分が見える。
部屋は先ほどのところと同じく薄緑色で統一されており、窓が開け放たれていてカーテンがゆったりと揺れていた。
隣を見やるとふかふかのベット、隣には小物が置けるランプの付いた物置場。そして反対側の壁際には化粧直しができそうなドレッサーがあった。
唯一の不満点は開け放たれたカーテンから差し込まれる陽の光が眩しくてそれが不快でならない。今の自分には合っていないのだ。
すぐさま窓のカーテンを閉め切ると、くるりと方向を変えて吸い込まれるようにベットに頭からダイブする。ボフッと衝撃を抑えたベットはそのまま二階堂の身体まで包みこみ顔の半分が埋もれてしまう。
うす暗くなった空間、半分と見える視界に映るのは壁に掛かった丸形の白い時計がカチカチと音を鳴らして時を刻む。
どうしてこんなところに来てしまったのか。
二階堂はここに来て初めて安堵からのため息をもらす。
放課後残っていた教室。
誰かが入ってきたと振り返ると同時に視界はブラックアウト。次に視界が開けるとそこは全く知らない土地。もう訳が解らなかった。
その土地の人々は自分にだけ冷たく、黒い化け物には襲われ、挙句の果てには自身の中をゆっくりと黒い何かが覆っていく何か。もうたくさんだった。
突然視界がぐにゃりと歪み熱を帯びる。それと同時に胸が締め付けられるような感覚に二階堂はベットを飛び起きる。
気付けば空気が抜けるように呼吸をもらして吐き切っていた。生を諦めた身体は早々に宿主を放棄したのか息を吸っていない。
慌てて呼吸をしようとしてドレッサーにあった小さな鏡に映る自分が見える。その目はうす暗い暗闇すら貫通する妖艶な魔力を秘めた紫色だった。
「こんな目のせいで・・・」
憎しみからか二階堂はもうない肺から怨恨の呪詛を捻りだす。
機能していない肺が二階堂の視界を徐々にぼやけさせる。
いっそここまま身を委ねてしまえばー帰れる?
死ぬかもしれない。でももう二階堂の思考は正常ではなかった。
二階堂は目をつむりこの世界から永久ログアウトしようと身を委ねる。
次の瞬間、口にとてつもない空気が侵入して肺を埋め尽くす。
気付けば二階堂の身体は生に食らいつくように何度も大きく呼吸を繰り返しては、ごほっごほっと痛みに新たな涙を生成していた。
ああ、まだ自分は生きたいんだなと思ったのと同時に相変わらずに見える紫色の瞳が滑稽に思えてフッと自身の存在を嘲笑った。
やっぱりこの世界は全部夢なんじゃないか?
ドレッサーの引き出しを開けると、そこにあったハサミを手に取り徐ろに自分の首元へと運ぶ。
数秒首筋に当てようかと悩んだ挙句、手から力が抜けてゴトッと鈍い音を響かせて地面へと落ちる。
解っている。こんな事したって帰れやしない。
ふらっと再びベットに吸い込まれると今度は背中からダイブする。
滲む涙が何度目かの二階堂の顔もろともに視界を歪ませる。
「どうすればいいの・・・」
そう漏らしたところで何も起こらない。
虚しさからかとめどなく溢れて頬を伝う涙に情けなさも加わり歯噛みした。
もうなにも考えたくない。
もう視界になにも入れたくない。
二階堂はこの世の世界すべてを拒否するように目を閉じてしまった。