第十六話「ユキ・サルビア」
ネーチスに言われた宿に辿り着いた二人。
持っていた硬貨を見せるが日本円は使えない。
だが急に店主は態度を変えて天を宿に迎えると、勇人は手を掴まれて外へと連れていかれるのだった。
宿の外に出ても女性は勇人の手を掴んだまま離さずに歩き続ける。
「ちょ、ちょっとちょっと!どこへ!?」
ふふふーんと女性は鼻歌混じりにステップを踏んでは止まる気配はない。
「一回止まってくれッ!」
しかし女性の進む足取りが変わることはない。
「さっきの硬貨、どうして急に認めてくれたんだよ!?」
その言葉にようやく女性は鼻歌を止めると「ふう」とちょっとしたため息をこぼして歩く速度を落としてその口を開く。
「彼女が疲れていたように見えたからその場で適当言っちゃった。すぐ休ませてあげたくて。ちょっと強引でごめんなさい」
ならそれで良いと言ったのは二階堂を優先して休ませる為の嘘だったということか。
なんだよと勇人はムッと膨れるが、まだ会って数分しか経ってないのにあの場ですぐ二階堂の様子を見抜いて行動したこの女性には脱帽する。
「いや、むしろこっちがありがとうだよ」
俺一人ではどうすれば良かったのか、二階堂への最適解か分からない。
「いえいえ、どういたしまして」
「あっ」と、女性は不意に足を止めると勇人を掴むその手を放してくるりとこちらに振り返る。
所作によりふわりと舞うロングスカートを抑えてにっこりと柔らかい笑顔を見せて。
「挨拶遅れてごめんなさい。私はユキ・サルビア。戻り木の宿の店をしています。よろしくね」
「俺は刀道勇人。さっきのは二階堂天。こちらこそよろしく」
先ほどとは違い優しく差し出された手に反射的に掴んで握手を交わす。
女性-ユキは上目遣いでこっちをジッと見ており、思わず勇人の心が浮つく。
「同い年⋯⋯くらい?かな。ラフに喋ってもいい?」
可愛らしく小首を傾げるユキに勇人は目を逸らす。
確かに大人っぽい雰囲気に隠れて分かりづらいがユキの見た目は僕たちと近いと感じていた。
「もしかして年は-」
しかし言い終わる前に人差し指が当てられる。「シーッ」と言うユキはにっこりと笑うと目で年齢は聞くなと訴えかけていた。
「にしても店主だなんて、若いのにすごいな」
「ふふん、そうでしょう?」
ユキは嬉しそうに後ろ手で三指ついてスキップしながら再び歩き出した。
「行こうか」
ユキから離れてしまわないよう勇人は数歩後ろをついて歩きだす。
「行くってどこに?」
勇人はユキに追いついて隣りに並んで歩く。
「さっきの答え。見せてくれたのも何処かの硬貨なんでしょうけど、ここでは使えないからね。君には二人分働いて貰って返してもらおうと思って」
「なるほど⋯⋯って、今から!?」
「そ。逃げられたりしたら困るし~⋯⋯、今日は一人来れなくなってたから人手が要るし丁度いいかな~って」
つまり俺はちょっとした人質兼担保って事か。
「その⋯⋯どんな事をするんだ?」
仕事はおろか、バイトすらしたことがない俺には想像がつかなかった。
恐る恐る聞いてみると「うーん⋯」とユキは顎に手を置いて「今日ならバッシングかな」とポツリと答える。
「バッシング?何か叩いたり非難しろってことか?」
俺の回答にユキは「ハハハ。面白い事言うねぇ」と腹を揺する。
「違う違う。飲食店で片付けのお仕事。やった事ない?」
「ない」
「なるほど」
「ふむふむ⋯」と分析するようにこちらを頭からつま先まで見ては何度も頷くユキは幾ばくかの時間うーんと唸り声を上げる。
「大丈夫。難しい事はしないから、すぐ慣れると思うよ」
グッと親指を立ててくれるが、初めてで想像すらできず気休めにもならない。
「はぁ⋯⋯やれるかな」
愚痴を零しながら空を見上げる。
果たして俺が役に立つのだろうか。
不安を抱えたまま、情けない表情を浮かべた。
まぁこの世界の食い扶持と宿を同時に手に入れたと思ってポジティブに考えるか。
二階堂の為にも。
この世界から帰る為に今、この世界での生きる術が必要だから。