第十五話「戻り木の宿」
ネーチスに言われて宿へと目指す二人。
小道に向かって歩きだす。
スタスタと前のめりに進んでいく二階堂を追い掛けてくねくねと何度も曲がる小道を歩いて数分、途端に両脇にせり出していた建物がなくなり視界が開けた場所に出る。
しかしさっきまで暗がりが続いた中、急に太陽の光が目を襲い勇人は咄嗟に目を覆い細める。
空間の奥、洋風な建物が並び立つ中に大きな木があった。
その木は花を咲かせてはいないものの、生きているとはっきり伝わるほどに立派で存在感があった。
だがレンガ造りの建物ばかりのこの街の中では少し浮いているようにも感じた。というのも周りの建物を押し退けてそこに立っているような気がした。
少し目を細めると同じ配色のドアが付いていることに気付く。よく見ると上にも横に長い看板も付いており、これも同じ配色で見づらく相変わらず文字も読めないが何やら書いてあるとだけ分かる。
もしかしてあれがネーチスさんの言っていた”戻り木の宿”というやつか?
俺が思考を巡らせていると、視界に映る二階堂がこちらに「早く行こう」と訴えかけるように見ていた。
二階堂の所まで歩くと二階堂はスっと下がり俺の後ろに付ける。
「先を歩けってか?」
後ろを振り返るとこくりとだけ頷いて顔を上げたかと思えば「行け」と二階堂から放たれる命令するような凄まじい眼光に気圧される。
あの宿に行こうにもどこか不気味に見えて躊躇していたのだが、二階堂も疲れているし仕方ない。
かと言っても俺のタイミングで行かせてほしい。後方から押されながらも俺はその宿を睨みつけて意を決する時間を稼いで歩く。
宿の前まで来るとその不気味に思えた正体が分かった。
この場所だけ日の当たり方が悪いのだ。
宿の後ろには木の宿よりも大きな建物が立っており、木はそこに隠れている形だ。更に木の畝ったように上へと育つ様はその複雑な形のせいで日の光はもう下まで届いていない。
開けた場所と言ってもこの宿を囲うように立ち並ぶ建物のせいで空気の循環することすら出来ない作りなので、余計に淀んだ空気が辺りに停滞していた。
その木の宿も何十年と営んでいるのか古びているせいで所々なに朽ち欠けがあり恐怖心を煽る。
まるでお化け屋敷さながらの姿に思わず息を飲んだ。
俺は目の前の宿のドアノブに手を掛けようと伸ばすが、その異質さ故に思わず手を引っ込める。
だがそれを許さないのは後ろの二階堂だった。
どうやら俺を盾にする気なようで、もう一刻を入りたい二階堂は後ろから「行け」とぐいぐい押してくる。
おかげで何も整えることが出来ないままに再度ドアノブに手を掛けて扉を開く。
ギィ⋯と耳に痛い音を鳴らして開いた扉の先には八畳くらいの小さな部屋が存在していた。
全体的に薄緑掛かった中は決して明るくはないが日の光がいくつか天井から降り注いでいて部屋を照らしている。その天井からはシーリングファンがゆったりと回り、入る前とは違い落ち着いた空間を造り出している。
あるのは大きめのテーブルと小さなテーブルが一つずつ。それに付随して椅子が二個ずつ置かれている。
「あらっ、ごめんなさいっ!?」
その奥ーバーカウンターを又いだところから女性が驚いた様子で食器類を片すと、パタパタと上に結んだポニーテールを揺らしてこちらに駆けてくる。
女性は「こんにちわ。わざわざここまで来てくれたって事はお客さんかな?」と口元に指先を当てながら上目遣いでこちらに屈んでくる。そのせいか、ゆったりとした服装からチラリと見える胸元の刺激が強く思わず目を逸らした。
「あ、ああ・・・こ、これで泊まりたいんだが」
俺はポケットから五百円硬貨二枚と後ろの二階堂に目配せする。すぐに意を汲んだ二階堂はポケットから高そうな黒い長財布を取り出してそこから硬貨数枚をこちらに渡す。それは百円硬貨三枚。
「え、これだけ?」
指三本立てたのは三万円ではなく三百円だったとは。
がっくりとしていると女性は「これはなんですか?」と英語の例文のように話す。
「これでここにはとめてもらえない・・・よね」
勇人の淡い期待虚しく、「これでは難しいですね」との悲しい返答。
ちっ、やはり使われているお金は日本円じゃなかったか。
「・・・いいわ。とりあえずはこの分で止まらせてあげましょう」
「え、いいのか!?」
さっきは難しいって話じゃ。
女性の発言に驚いて見やると、女性の視線は二階堂に向けられていた。
「それでは手続きしましょう」
そう言って女性はさっさとバーカウンターから一つの鍵を二階堂に渡す。その鍵には103の数字が書いてあった。
「はい、これ。今日の夕食は七時からだけど起きてなかったら部屋前に置いておくからね。お風呂はそこの奥だからね。タオル等もそこにあるからまた使って」
女性はつらつらと話し終えると二階堂に部屋に行くように催促する。二階堂もそれに従い部屋へと入っていた。
「え~っと・・・」
「さあ、行きましょうか」
女性はにっこりと笑い勇人の手を取ると宿を後にする。