第三章 第四十話「今の全力を出して」
「-ふぅ、あれだけの数を撃ち込んだのに⋯⋯流石は魔王と言ったところか」
あれから何十回撃ち込んだ事か。
ネレウスは十秒に一回、魔王を穿つ水の柱を数十本放っていた。
その一本一本の威力は軽く地面を抉り王都を貫通してしまう程であり、人であればたちまち一溜りもない。
「まさか-」
そう、人であれば-。
攻撃の余波で舞う砂埃の中、魔王は戦場と化した王都わ悠々と闊歩する。
その姿は最初と同じく真っ白なローブに身を包んだまま、正反対のドス黒い魔力を放つ。
魔王はうざったいと言わんばかりに埃を払う。
「無傷だなんて」
あまりの光景にネレウスの悠然とした顔つきは消えてしまっていた。
それは自分の護る王都を少なからず破壊してしまった事よりも、その圧倒的な力を前に屈し始めた証拠だった。
そして何よりも恐ろしいのは、あれほどの攻撃を浴びせられても、周辺をうろつくだけで何も返して来ない事だった。
まるでネレウスの存在など感知されていないような扱いに、国の王である以前に勇者であるネレウスのプライドをズタズタに引き裂いていた。
「⋯⋯ッ」
しかしそれ以上にネレウスの胸を締めつけるのは、焦り。
幼き頃から勇者であるネレウスにとって、自身の攻撃が効かない相手など存在していなかったからだ。
「-お前が思っている以上に奴は強い!今ここで倒さなければ人類は終わりだ!」
-ふと、魔王が目覚めた時の記憶が脳裏を過ぎる。
「フッ、アッシュの言った通りじゃないか」
恐怖からか、ネレウスの顔は引き攣ったような笑みを浮かべた。
覚醒する前に始末しなかった僕の負けか、と。
あぁ、どうしてあの時に-など、何度も後悔した所で現実は変わらない。
「そっちの状況はどうだ?」
ネレウスは懐から徐ろに伝達水晶を取り出して呟く。
「王!王都からの反応はあと数名残っております!もう少し!もう少しのお待ちを!」
そうか。まだ数名も残っていたか。
「あぁ、焦らせてすまなかった」
そう言ってネレウスはまた伝達水晶をしまった。
「目の前の魔王に釘付けになっていて、魔力感知を怠ってしまったいたよ」
ネレウスは自分の焦りのままに言葉を告げてしまった事に反省する。
「もう暫く⋯⋯」
もう暫くすれば、あれが使える。
「いや、それまでに倒せるのであればッ!」
カッと見開かれたネレウスの金色の瞳が勝機を見出す。
伸ばした手を開けば、いつの間にか張り巡らされた魔力が魔王を取り囲むように姿を現す。
それは緻密にも幾重にも重ねられ練られた魔法陣のように幾何学模様を浮かべており、魔王を鳥籠の中に捕らえた檻のよう。
それは今にも飛び出してしまいそうな凄まじい熱量を誇る。
「これが僕の”今”の全力ッ-」
ネレウスは開いた手を、力強く握りしめた。
瞬間、魔王を取り囲むように張り巡らせた魔法陣が煌めいて爆発、千や万にも及ぶ刃が鳥籠の中で飛び交い魔王の身体を引き裂いた。
しかし、それでも抑えきれない魔力は籠すら突き破ってソニックブームの如く周囲の建物をなぎ倒し破砕させていく。
それでも殺しきれない高密度の魔力は守るべき王都を穿って貫通してしまう。
「はぁはぁはぁ⋯⋯⋯⋯ど、どうだ」
ネレウスは肩で荒い呼吸を繰り返して、辛さに視界がボヤけて歪む。
やった-、と。
だが砂煙舞う世界、爆発の中心地にて、穿った筈の箇所でドス黒い魔力の華が開花していく。
ネレウスは背中に冷たいものを突っ込まれたような感覚を覚えた。
見えずにも分かる。
奴は健在。それどころか-
「-魔力が、上昇していく⋯⋯⋯⋯」
視界が効かない中、悠然とこちらに歩いてくる足音。
「なるほど。ようやく”お目覚め”ってことか」
幸か不幸か、魔王やっとネレウスの”敵とみなした”みたいだ。
その証拠に、煙を突き抜けて現れた魔王は、ドス黒い魔力の渦を纏っていた。
先程のネレウスの攻撃により魔王の服はボロボロ、そしてようやくネレウスは、魔王の容姿を、顔を拝見する事ができた。
その姿は一瞬女神と錯覚するほどに綺麗なものだったが、顔にはドス黒い魔力を映したような醜く酷く歪んだ地獄の化身を宿していた。




