第三章 第三十九話「力の差」
城が傾くような衝撃に、勇人は思わず足が踊る。
「まーた隙ありだぜ?」
そんな勇人とは対称的に、ライドは慣れている足取りで距離を潰してくる。
「-ぐうッ!?」
刹那、勇人の右頬を銀閃が走る。
思わず触れると、ビリッと稲妻のような衝撃が身体中を駆け巡り顔が歪む。
遅れてライドのナイフが通り抜けたのだと理解する。
もう何度味わったことか。
だが目を瞑っている暇なんてない。
ほら、すぐに前を見ないと-
「次は喉だ」
繋がるようにライドの返す刃が裏拳の如く飛んでくる。必死に身を捩って避けるので精一杯だ。
「目がいい。でも空間把握は絶望的だ」
ライドはまるで織り込み済みとばかりに不敵な笑みをこぼす。
「ッ!!?」
突如、背中に壁とは違う押し返せない圧力を感じる。
後ろには何も見えない。
だが頭上から聞こえたのは蛇の舌なめずりに似た音。先程から嫌という程味わっている。
次に起こることを容易に想像できた。
勇人は離脱を試みるも、背中に感じる圧力が物理的に膨れあがり、勇人をピンポン玉のように軽々と弾き飛ばす。
その一撃は勇人の身体を簡単に背中からくの字に曲げてしまう。
凄まじい痛みに肺から絞り出される空気-さらに息が詰まる。
勇人の身体は生存の為に空気を求めるも、そんな暇は与えられない。
「これで最後だろ」
目の前にはキラリと光るナイフが、ライドの醜悪な顔を反射して迫っていた。
「うぉおおおッ!」
勇人は勢い任せてバク転を繰り出して避ける。
だがライドの反応速度は異常だ。
「おらぁぁあああああああッ!!」
ライドはまるでムササビのように飛び掛かり、勇人の命を絶とうとバク転に合わせてナイフを振りかざす。
「死ね死ね死ね死ね死ねぇッ!」
何度も金属武器特有のカチャカチャという音が、風圧と共に勇人の頬を殴り、死神のように勇人の命脈絶たんと迫る。
無理に立とうとすればナイフを突き立てられるだろう。
勇人は勢い殺さずそのまま転がって攻撃を回避。
機を見て地面に足が着くタイミングに合わせて地面を蹴り抜く-ここだァッ!
「おらあッ!」
勇人はアッパーの如き下から突き上げる蹴りを炸裂。ライドの死角から顎を撃ち抜いた。
堪らずライドは後ろに後退するも浮かべる歪んだ笑みを止めない。
それどころかゆらりと上体を揺らして反動をつけると切り掛かった。
慌てて剣を前に差し出して対応する。
「ッ-!」
だがライドの刃を止まらない。
ライドはナイフの向きを変えると、滑るようにして勇人の手の甲を薄く切り飛ばした。
「くぅッ-」
思わず痛みに腰が引け顔が歪む。
その一瞬の隙を見逃す相手じゃない。
「おらよぉお!」
ライドの鋭い脚が勇人の腹を無慈悲に穿く。
勇人の身体は意志とは無関係に吹き飛ばされ、耐えようと必死に剣を床に突き立てるも、背中からの衝撃にまた明後日の方向へと無様に転がる。
勇人は為す術なく柱に叩きつけられて意識が飛びそうになる。
「ぐぉ⋯⋯うぅ⋯⋯」
ぼやける視界。睨みつけるように顔を上げるとライドの隣にもう一体、「シー!」と応える蛇独特の声音と共に、少しずつその姿は景色から浮かび上がる。
そこに居たのは蛇だった。
それも只の蛇ではなく、アナコンダと言っても過言じゃない程に大きな蛇がいた。
「⋯⋯なんだよ、そいつ」
体高自体は五メートルもない。
ただその丸太のように太い身体が、圧倒的な威圧感と恐怖を同時に勇人の身体に刻み込んでいく。
一体いつから居たのだろうか。
「ずっと前から、俺のそばに居たぜ?」
ライドは勇人の思考を読み取るように答える。
さっき見た王国軍騎士団の皆を殺したのは、いくらライドでも難しい。
だが景色に溶け込むことの出来る蛇が居るなら可能なのだろう。
「魔力は微量。いつも傍に居るから感知されても俺の魔力だと勘違いされるんだよなぁ。まっ、魔力が解らないお前には関係ないか」
奴の言葉に偽りは無いのだろう。
この数分の攻防でライドと蛇との息が合っているのはよく理解した。
体術、力、全てにおいて勇人よりも上。
さらには蛇とのコンビネーションが反撃の隙を与えない。
「さっ、そろそろ死んでくれ」
「-くそっ」
勇人は胸に剣を構えて思考を巡らせる。
どうやったらこのコンビネーションを止められるのか。
迫るライドに勇人は応対するように叫ぶ。
「やったやらぁあああああッ!」




