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第三章 第三十八話「無情の化身」

ライドとの戦いに勇人は躊躇っていた。


しかし彼は国の為にここに立っていることを思い出す。

彼を倒す為じゃない、国を守るため。

勇人は剣を手にする。

刻同じくして王都の様子。

ネレウスは王都を一望するようにして上空に浮かんでいた。


「何処だ⋯⋯」


ネレウスは焦りに玉の汗を額から流して、王都の状況を目に映しては顔を歪めずにはいられなかった。


王都は先刻の魔族の攻撃により半壊、インフラが殆ど機能を失っていた。

他大陸に引けを取らない、空を飛ぶ空中都市として活気に満ち溢れた唯一無二の王都は、たった数時間で見る影もなく、それは国と民に命を捧げたネレウスにとって耐え難い苦痛だった。


幾ら魔族を葬ったからと言えど、破壊された建物から轟々と上がる火柱が無数に空を焦がしており、戦闘による魔族の爪痕は痛々しく王都と共に人々の心に深い傷を遺した。


「お母さーーーん!」


何処からか、子どもの叫ぶ聲が聴こえる。


其れは一つではなく、聴こえるだけでも両手では数え切れないほど。


王都に居た殆どの人が避難を終えているが、それでもまだちらほらと残っている。

きっと魔族や魔物の攻撃に怯えて今も身体が震えて動けないのだろう。


しかし無情にも戦果の如く拡がっていく炎の魔の手は、その声達を掻き消さんばかりに勢いを増していく。


かつては水の都と謳われた王都アクアシアは、今や炎に呑まれて墜ちる寸前の状態とも言えるだろう。


「⋯⋯凄惨だな」


風前の灯火-もはやそう呼んでも差し支えないだろう。


-だが。


「何処だー!おーーーーい!」


せかせかと走る音がネレウスの耳に聴こえる。


「返事してくれーーー!」


天すら頂かん炎を諸共せず掻き分けて進む勇敢な足音が聞こえる。


「居たぞ!あそこだ、急げッ!」


身に纏いしは炎の焦げすら知らぬ白亜のマント。

胸に抱きしは王都アクアシアの紋章。


ネレウスと同じく、国の為人の為にその身を捧げる事を誓った同胞たち。


「無事か!?くそっ、火傷してる!”回復役(ヒーラー)”は何人いる!?」


王国軍騎士団。

ネレウスが誇る最高戦力に選ばれた精鋭たち。


「駄目だ危険だ!まだ見つかっていない人がいる!火傷や傷程度なら蓋をするまでに留めて船に運ぶことを優先しろ!”回復役(ヒーラー)”はいつでも動けるように最低でも二人は空けておけ!」


そんな騎士団数十人を取り仕切るのは我が兄サンライズ・アクアシア。

魔族との戦いにより服はボロボロ、身体中の至るところからは裂傷が見られる。

他の騎士団たちと比べてダメージは深刻、一目瞭然だ。


「まだ見つかっていないのは数十人。ここからは三手に別れて捜索し、各自見つけ次第国民登録表と照らし合わせて報告を!」


それでも彼は一切弱々しい自分を見せようとせず、懸命に自分の役目を全うしようと奮起している。

流石は自慢の兄だ。


彼の勇ましいその姿は、王国軍騎士団の皆に少なからず影響を与えているに違いない。


「それでこそ王の座に相応しい」


おかげで僕は他の事に集中出来るというもの。


「見つけた」


ぐるりと上空から王都の中心に目をやる。あそこから放たれている。

先程まであった王都に分散するドス黒い魔力に比べればそれは本当に小さい。だがその黒すら塗り潰さんばかりの圧倒的な存在感が、絶えず一輪の黒い華のように咲いている。


「兄は兄、僕は僕のやるべき事をやらなくては」


気付けばごくりと生唾を飲み込んでいた。

先程よりも大きくなってる-まだ”生まれていない”のか?

なら、まだ蕾のうちに摘み取ってしまわなくては。


そちらに向かおうとする身体がいやに震える。

恐ろしい⋯⋯果たして僕の”(ぜんりょく)で適うかどうか。


「⋯⋯まさか二度目だとしても怖いなんてね」


身体は正直だな。まぁ関係ないけど。


ネレウスはすぐに黒い華へと向かった。そして数十秒も掛からずにその場に辿り着く。


魔族により発生したドス黒い魔力は完全にはけた。

あちこちから上がる火の手は少しずつ消化されていく。

それと同時に歓喜の声が上がっていた。子どもたちの声だ。

炎に混じり聞こえた阿鼻叫喚とも言える絶望の声は、次第に希望へと変わっていく。


見上げれば青空が見える。

見えなくなっていたのはほんの数時間だと言うのに随分懐かしく感じる。

何処までも続く澄み渡った空は、まるで王都を祝福して希望をもたらしているように彩る。


こんな晴れやかな空が続く限り希望がある。

そう思えるほどに、ネレウスは満たされていた。


「-だから、この希望を絶やさないようにしないと」


ネレウスのにこやかな笑顔から一変、キツく視線を下に向ける。


見下ろす先、居るのは一人の人物。

真っ白なローブを身に纏ったそれは、こちらに背を向ける形でしゃがみ込んでいた。


男か女かなんてどうでもいい。

確かなのは、自分の魔力を隠す為のローブを貫通して放たれる一輪の黒い華のような魔力-。


「まさか-」


ネレウスが言い終わる前に、まるで自身に降り掛かる脅威を感じとったかのように奴はぐるりと首を回して見上げた。


「-ッ!!?」


瞬間、ゾッとした怖気がネレウスの中を駆け巡る。


望んでもいないのに胎児の頃の記憶を思い出し、身体中から汗が噴き出て、心臓の鼓動が激しく打ち鳴らされる。

まるで一気に走馬灯を見たような感覚に動悸が治まらず息が荒くなる。


「間違い⋯⋯ないッ⋯⋯」


ネレウスは苦痛に顔を歪めて心臓付近を抑える。


ネレウスは一週間前の自分を呪った。


どうして気づかなかったのだろう。

あのローブを貫通する魔力なんて、勇者か魔族くらいしか有り得ないと言うのに。


さらに⋯⋯魔力の扱い方なんて、レクチャーしてしまうなんて。


「くそっ、僕とした事がほんっとうに!」


ネレウスはあの時の自分を殺したいとさえ思った。


苦虫を噛み潰したような顔のネレウス。その瞳に映るのは間違いない。


「あの時の、君だったんだね」


ネレウスは寂しそうな、この世の怨嗟を背負ったかのような表情を見せる。


魔法のローブすらものともしない圧倒的な魔力量と、僕と同じ白いローブに身を包む君に油断していた。

もしかして君が-


「-”魔王”だったなんて」


その声に奴-魔王は応えない。

代わりに首を少し傾けて、見えないはずの顔がニタリと口角を上げたような気がした。


「そうか。答えないか」


答えてもらう必要などハナからない。

その魔力が何よりもの証拠だ。


ネレウスは一瞬目を閉じる。

先程まで荒ぶっていた心臓は落ち着きを取り戻していた。


「なら仕方ないね」


刹那、見開かれたネレウスの瞳は黄金に輝きを放つ。

そこに人の感情は無く、国の為に動く無情な化身が姿を現した。


「-死ね」


同時に現れた無数の水の柱が、容赦なく魔王へと振り注がれた。

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