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第三章 第三十六話「裏切り」

ついに勇者本来の力を取り戻したネレウスは、魔族を簡単に捻り潰す。

残った魔力の痕跡から、上位魔族インフェルが話しかけて来る。

「まだ戦火は広がったばかり⋯⋯感じますか?」


そう。ネレウスも気付いていた。

晴れ渡った空を仰ぐ王都には、まだ不穏な魔力反応が残っていることに。

勇人は先程までの様子を、城の中から確認していた。

窓から見えるその景色は、惨状の一言では言い表せないくらい凄惨な地獄と化していた。


英雄生誕祭、この日に魔族が襲撃してくる。

やはりネレウスさんの言った通りになったか。


勇人は顔を歪めて自身の無力さを呪った。

くそっ⋯⋯正直今すぐにでも天の元に戻りたい。

はたして無事なんだろうか。

城を護ると決めた以上、持ち場を離れる事ができない。


「巻き込まれていなければ良いんだけど」


先ほど見えた、ネレウスさんから放たれた、他の生命を圧倒するほどに神々しい魔力。

感じる事の出来ない俺ですら、その威光に怖気付くのは本能からの警告なのだろう。


その数分も経たずして、墨をぶちまけたように真っ黒に染まっていた空は晴れた。

きっとネレウスさんが魔族を討ち取ったと思いたい。


-だからこそ、俺はネレウスさんにお願いされた事を遂行しなくてはならない。


「静かだな⋯⋯」


勇人は一人、永遠に続くと思われる長い廊下をひた歩く。

城の中、大理石で出来た床を鳴らすのは俺の靴のみ。

それすらも憚られるほどに、外の様子と相反して城の中では物音一つしない。


-息が詰まる。


おかしい。

俺以外にも、騎士団の人達を常駐させていると聞いていた。


もしかして外に駆り出されたとか?

いいや、もし魔族の襲撃があったとしても、ネレウスさんから城を守るように指示が下っている。

仮に駆り出されていたとしても、全員で行くはずがない。


-逸る鼓動。

上手く呼吸ができなくて、短い呼吸を何度も繰り返す。

必死に抑え込もうと口元を覆うも叶わない。


-本当に、彼なのだろうか。


ネレウスさんに耳元で伝えられた言葉。

嫌な予感が頭を過ぎる。


「まさかッ⋯⋯な」


俺が来た時点でルミナスは居なかった。

交代するまでは城に居る予定だったのにも関わらず、だ。

ちらりとポケットから小型のベルを見やる。やっぱり少し早めに設定してあり、遅れたなんてありえない。


勇人は不安を掻き消すように、また辺りを見渡す。


ふと、長い廊下が続く城の中、視界の端に映った何かが引っかかりそちらに目をやる。


それは玉座へと続く王間。

会議室として前に集まった場所だ。

その扉がギィ⋯⋯小さくと揺れて、音を鳴らす。

風は無い。無風の中、自然と動くなんてことは殆ど有り得ない。


刹那、何者かの足元が転がっているのが見える。

扉に挟まれるようにあるそれは、騎士団のものだと鎧で断定する。


足音に気をつけて、恐る恐る近づくと、勇人は思わずハッと息を呑んだ。


-そこに転がっていた足は、それ以降、膝から上が無かった。


扉に挟まれていると思っていたが、ただそこから先が無く、切断されていただけだった。


今更ながらに気付いたのは、濃い血臭。

まるで抉るように勇人の鼻に突き刺さる。


敷かれた赤いレッドカーペットをも真っ赤な血が上書きして、扉の奥へと引き摺るように続いている。

もう扉を開く前からある程度、想像がついた。


勇人は砕けそうなほどに歯を食いしばる。

クソっ、もうこれ以上⋯⋯何があるって言うんだ。


開いている隙間から状況を確認、万が一にとネックレスを振り払って-剣解放。

いつでもやれる準備整える。


ギィ⋯⋯と最小限に抑えた扉の音さえも過敏に反応する。

気付かれていないかと、慎重に扉を押して開け放つ。


そこに広がるのは、無惨にも殺された騎士団の骸。

さらに先ほどよりも濃い血の臭いが鼻を曲げる。


数十-それじゃ効かない。

数え切れない骸が、玉座へと続くレッドカーペットを覆い尽くさんばかりに血をぶち撒けていた。


「うっ、うぷっ」


あまりに直視し難いその光景に、何かが込み上げてくる。

必死に口元を抑えて、逸らしたくなる目を無理やり固定して焼き付ける。


見える全ての骸に、鎧など関係なく横一文字に裂かれた痕がある。

それは騎士団の腹を裂いて上半身ごと飛ばし、手足はあちらこちらに散らばっていた。


規則性などない。

やたらめったらに飛ばされている人間であったパーツを見るに、これをやった犯人は、あまりにも残虐、手段を選ばない人殺しなのだと分かる。


鮮烈-あまりにも鮮烈な光景に、脳が凍り付く。


これが同じ-人間がやった所業と言えるのか。


本当に⋯⋯奴が、やった事なのか?


何度目か、ネレウスさんが言ったことが頭を過ぎる。


いつの間にか、呼吸を止めていた勇人は慌てて繰り返す。

落ち着け-もっと顔をあげて状況を見るんだ。


生理的に受け付けない目の前の状況に、それでも理解しなくてはと弱気な自分を振りほどいて顔を上げる。


玉座へと至るレッドカーペット。その中央に鎮座するのは骸。

それが積み重なって山が出来上がっていた。


もはや勇人の身体からは怖気とは違った恐怖に震えすら消え失せて、頭が真っ白になる。


あぁ⋯⋯なら、誰一人気配がしなかったわけだ。

もう全員-死んでいるのだから。


その骸の山の隣、血濡れた床から飛び出して歩く足跡と、並行ように続く血の跡を発見する。

それは玉座を通り越して後ろの壁-そこをぶち破って続いている。


「こんなの⋯⋯言った通りじゃねぇか」


勇人は今にも泣き出しそうなほど顔を歪めた。


ネレウスさんが言っていた、五大推進円柱の破壊。

一番安全と思われていた城に、警戒を張ってくれと頼んだのはネレウスさん。

裏切りがあると想定していたからだ。


これだけの人数、どうして配置していたのか。

理由は簡単。それだけ危険な人物だと判断していたからだ。


勇人はごくりと生唾を呑み込み、その先に向かう。




破られた壁の奥には大きな空間があった。

ただ、両サイドに柱があり、それが幾重にも連なって道と成して奥へと見えないくらい続いている。

一体どれが五大推進円柱なのか分からないようにしているのか。


早く追いつかねばと、踏み入れようとする足が止まる。


奥に続く道の中、強烈な殺気が向けられている。

出処は分からない。ただ、この壁を隔てた先の空間からこちらを見ている。


間違いない。奴から放たれているものだ。


今さら何を怖気付いてる?

奴とはこれまで何度も戦いを挑んだはずだ。


こんな大事な時に、どうして俺は”巨人の大剣(タイタン)”を無くしてしまったんだよ。


勇人は自身を毒づくように吐き捨てると、深く深呼吸して切り替える。


何の為にこの城を任されたのか。

五大推進円柱を守らなければ王都は沈む。

俺を信用してくれたネレウスさん-勇者きっての願いなのだ。


「-行くぞ」


俺は覚悟を目に宿して、足を踏み入れる。


-コツッ、と。勇人の靴が一際大きく床を鳴らす。


この空間は、先ほどまでの廊下とは比べ物にならないほど遺物のような神聖さが感じられる。


空気は澄み、それがここに間違いなく五大推進円柱があるのだと証明していた。


-だが一つ、こちらに向けられた邪念のような殺気を除いては。

床には続く血の跡がそれを物語っている。


「居るんだろ?出てこいよ」


勇人は確信を持って力強く発して空間に響く。


数秒-あるいは何分か経ったのか。

コツッ、と、勇人以外の廊下を響かせる足音が木霊する。


「-まさか、お前が来るなんて思ってなかったなぁ」


その声は何の悪意を無く、そしていつものおちゃらけた雰囲気を纏っていた。


出来れば違うと思いたかった。

ネレウスさんの見当違いだと思いたかった。


数本先の柱からぬるりと姿を現したそいつは、短めの金髪をくるっと毛先が曲がっており、普段からみるその顔は、間違いようが無かった。


「ライド君が怪しい気がするんだ。頼む-」


ネレウスさんが言った言葉が、何度も、頭を過ぎる⋯⋯。

出来れば、本当に信じたくなかった。


「なんでだよぉぉ⋯⋯」


俺はどんな顔をしているのだろう。

きっと今にも泣き出しそうに、目には涙を浮かべているのだろう。

目眩なのか、ぐらっと視界が揺れる感覚に思わず転びそうになる。


勇人の狼狽ぶりに金髪の男-ライドはそれを鼻で笑い飛ばすと、不気味に口角をつり上げて歪む。


「俺以外誰に見えるんだよ。ユウト」


そこに立っている人物は間違いない-⋯⋯俺のよく知る、ライドだった。

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