第十三話「存在しない村」
ネーチスのおかげで森を抜けることができた。
街までもう少しのところに迫っていた。
暫く舗装された道をガタゴトと揺られながら進んで行くと、街が大きくなり目前へと迫り、それと共に聞こえる賑やかな声がまるで勇人たちを迎え入れてくれているように広がっていく。
アーチ状のゲートの奥には人だかりができており、なにやら露店らしき所がちらほらと見え隠れしている。その中に武器が目についた勇人は目を輝かせて心を躍らせる。
そうして街の名前が書かれているであろう読めない文字のゲートをくぐると、その光景に圧倒される。
車二台分通れるくらいの道幅を開けた両端からズラーっと露店がひっきりなしに並んでおり、たくさんの人が物の値段の交渉や食べ者を注文したり服を吟味したりと活気付いていた。
勇人は件の武器の露店を見つけて荷馬車から身体を乗り出して感嘆の声を上げる。剣にハンマー、弓に槍と中々に豊富じゃないか。
この賑やかな声に毛布にくるまっていた二階堂が寝ぼけた状態で顔を上げるがあまりの人の多さビビッてに再び毛布を被って蹲ってしまう。
毛布が掛かって顔色は判らないが、毛布越しでも震えているのは荷馬車をカタカタと小刻みに揺らしていたので嫌でも伝わってくる。
「ネーチスさん、そろそろ・・・」
俺の声に「そうだねえ」とネーチスは小さくこぼして辺りを見渡すと、「あっ」と声を上げてゲートに寄りかかり立ったまま寝ていたいかにも屈強そうな男に声をかける。
屈強そうな男は出来ていた鼻提灯を割って半目のまま辺りを見渡して声の主であるネーチスを見つけると、一瞬驚いた顔を見せるもニッと笑い「馬車だー!道をあけろー!」とぐるりと街全体に聞こえるくらいの野太くも大きな声を張る。
その巨声に近くの人がこちらの存在に気付いて慌てて道の端に寄る。それにつられるように近いところから皆道を開けてくれて、最終的に海を割ったような何十メートルにもなる道が開通する。
「ありがとうゴウマン。相変わらず君の声量はドラのように大きく響くな」
「嫌味かいネーチス?四日ぶりじゃねえか」
そう熱い握手を交わす男ーゴウマンは「おら、さっさと通りな」と道へ促す。ネーチスもにっこりと笑い「そうさせてもらうよ」と馬の手綱を振って前進する。
開かれた道を進んで行くと端々からは「花は見つかったのかい?」や「今度は何を仕入れたんだ」と有名人なのかネーチスに声が掛かる。
「結構知り合いが多いんだな」
「ははは、商人ですから顔が広い方が何かと融通が利くんですよ」
ネーチスは恥ずかしそうに笑いながらも気分が乗ったのか話を続ける。
「門で会ったゴウマンはああ見えて”民兵隊”の団長なんですよ」
「民兵隊・・・もしかして魔物から街でも守っているとか?」
「そうですよ。と言ってもアサガナ付近には魔物なんて位のモノなんて滅多にいませんがね」
ふふふと笑うネーチスに勇人は聞き覚えのある単語に頭が引っかかる。
アサガナ。ふと最初に目を覚ました村の名前もアサガナだった気が。
昨日殺されそうになり追い出された村の名前。あ~あ、思いだしたくもない事思いだしてしまった。
「この辺りもアサガナっていうんだな・・・」
勇人がボソッと漏らした言葉にネーチスは反応して「この付近というよりかはこの街の名前ですよ」と訂正を加える。
「へえ。この辺りはその”アサガナ”って名前で統一しているのか。道理で道中もアサガナって花が多いと思ったぜ」
「私はこの街以外にアサガナという名前をした場所は知りませんよ?」
「へ?」と漏らす勇人にネーチスはさも当然のように言葉を返す。
「だが俺たちが来たのはその名前のついた村からでー」
「ーきっとどこかで頭でも打ったんじゃないでしょうか。商人ですのでいろんな所に行っておりますが他にそのような名前の場所聞いた事がないです」
「なっー」
ーじゃあ昨日のあの村はどこに存在しているんだ。
「そういえば聞きそびれていましたが貴方たちはどこからあの森に迷い込んだのですか?少なくともこの街には居ませんでしたよね?」
「げっ」
まずい。疑い始めてきている。
ネーチスは訝しげな表情を勇人に寄せる。
「こっ、この付近の街から入っちゃったんだよ!若気の至りってやつ?」
勇人は苦し紛れに身振り手振りで言い訳をする。額には隠し切れない汗をかく。そもそも若気の至りってどういう意味だよ。
「ああ、シークリフからですか!この街よりも遠いのによく歩きで行かれましたね!」
ありがたいことにネーチスは勝手にそう解釈して手のひらをたたいた。あっぶねー。
近くに他の街があったおかげで何とかその場を乗り切った勇人は大きな溜め息と共に球の汗を袖でぬぐった。
この話を容易に他の人にするのはよそうと誓った。