第三章 第三十四話「勇者の姿」
サンライズは圧倒的な魔力の差に苦戦。
最大火力である一撃を放つも、相手には届かない。
限界で倒れ、王都が壊されていく様を眺めるしかできない中、一つの希望が舞い降りた。
「ったく、近くに来たら、余計やべぇオーラじゃん?」
その言葉とは対照的に、青年は引くどころか、臨むところと鼻を鳴らす。
「兄ちゃん、今動けそう?」
サンライズは身体を起こそうと必死に力を込めるが、魔力を使い果たしたせいで腰を浮かすのがやっとだ。
「ぐっ⋯⋯ぐぅっ!すまん⋯⋯」
刹那、フワッと身体が軽くなってバッと起き上がる事が出来た。
サンライズな身体には、動くには十分すぎる魔力が注ぎ込まれていた。
「ネレウスッ!」
まさかと見上げれば、ネレウスはニコッと笑う。
「兄ちゃんはまだ避難できていない人達をゲートから逃がしてあげて!そいつは僕が相手するよ!」
その覇気は有無を言わさぬものがあった。サンライズはこくりと頷いて即座に他の騎士団と合流していく。
「カカカッ!俺を前にして魔力を譲渡するとは。さすがに舐めすぎなんじゃねぇの?」
「いや、このくらいが良いハンデだと思うよ」
ネレウスはニタリと笑うと、首の動きで辺りを見渡してみるよう指示する。
青年は「あ?」と唇をとんがらせながらも辺りを確認すると、「あぁ!?」と顔を引き攣らせる。
「魔族クラスどころかっ、バーレンスもいねぇじゃねぇかッ!?」
ほんの数分前までデカつぶとやり合ってたはずだ!
何が起こりやがった!?
ハッと気付いて見上げれば、ネレウスは邪悪な笑みを浮かべていた。
「まさか-ぶっ殺したってのか!?」
ネレウスは「えっ?」と声をもらしてうーんと、数秒頭をひねる。
「あぁ、君と同じ黒い人?の事かな?倒したよ?」
ネレウスはさも当然のように言い放った。
「有り得ないッ!仮にも魔族としてインフェル・ヘル・ザ・ゲート様から力を授かった一人、俺と同じく成功例なんだぞ!?」
狼狽する青年から放たれたその名を聞いて、ネレウスの瞳が冷たく光る。
「インフェル⋯⋯全く、嫌な名前を聞いちゃったなぁ。やっぱりあの時深追いしてでも殺すべきだったか」
だがその発言に青年は「おいおい」と笑って絡む。
「言ってくれるねぇ。俺には今のあんたじゃ足元にすら届かないと思うけどな!」
そう言って笑い飛ばすと、互いに冷徹な瞳が突き刺し合う。
それが戦いの合図となる。
「そろそろ⋯⋯やっちまうかぁあああッ!?」
刹那、地面が爆ぜると同時-
「おらっ-もうサイドだよ」
ネレウスの隣に、青年が空間を切り取ったように現れた。
手には斧。もうネレウスの喉元に迫っていた。
「へぇ-」
喉に触れる瞬間、青い燐光が火花を散らす。
「⋯⋯んだよッ、それぇ!?」
青年は目の前で起こった事象に怒り吠える。
斧はネレウスの首を触れることは出来ず、目の前に張られた水の膜がそれを防ぐ。
「強いね、君」
ネレウスの海のように澄んだ瞳が金色に変わる。
「こりゃまずいな」
青年が離脱したと同時、そこを落雷の如き水の柱が上から振り下ろされる。
それは地面を穿ち、何百メートルもある地層穴を開ける。
青年は隣の惨事を見ながら、背中に冷たい氷塊を入れられたように身体を震わせる。いや武者震いと言わんばかりに口角をあげる。
「っと、危ねぇ危ねぇ⋯⋯けど五分ってところか?」
「五分?今の攻撃を見て躱す選択をした君と?」
ネレウスはピクりと眉をあげる。
だが青年はそれに一切動じない。
「あぁ五分だね。理由は二つ。見て躱す⋯⋯-そうっ、お前の攻撃は見て躱す事が出来るんだ!当たらなきゃ意味ねぇのは解るよな?」
「あぁそうだね。で、二つ目は?」
「二つ目⋯⋯そう、二つ目は-これだ」
ズズズ⋯⋯と、青年の身体からまたドス黒い魔力が溢れ出て展開されていく。
今まではそこから魔物を出していたが、今回は違った。
それを更に身体に纏いて武装していく。
手には大きく開かれた虎のような爪と、もう片方の手にはクナイのような鋭く尖った小さな刃物。
両足にはドス黒い魔力がとぐろをまいて、残った魔力は全て鎧のように身体を創り、そこには何者も通さない闇が展開されていく。
「いいか?てめぇを倒す為に造られたのが俺様スライムってわけだ!インフェル・ヘル・ザ・ゲート様はお前に勝てると言ってくれた!てめぇの力じゃ、俺に届かないって言ってんだよ!」
その様子を見てネレウスはまた薄ら笑いを浮かべると、堪えきれずに「はははっ」と顔を抑えて笑い転げた。
「さすがインフェル!僕の魔力量を伝えていたんだね。彼の陰湿さには感謝しないとね!」
青年はそれを見て怒りを爆発させる。
気付けばネレウスの首根っこを掴んで目の前にいた。
「てめぇいい加減にしろよ、あぁ?今すぐにでも喉元掻き切ってやってもいいんだぜ?」
だがネレウスは貼り付けたニタリ顔をやめない。
「今もてめぇの懐入られてんだ。何をそんな余裕そうに笑ってやがる」
その答えは、青年-スライムの隣から迫る膨大な水柱の攻撃にあった。
「ッ!?」
青年は構わずにいるも、「チッ!」と何かを察してその場を離脱する。
あわやというところで回避して地面を転がり、スライムは獣の如く吠える。
「いきなり魔力量が上がった?というか-ゆっくりとだが王都が沈んでる-ははっ!どうやら五大推進円柱を破壊し切ったようだな!」
しかしネレウスは依然としてその場に留まったまま空を浮かんでいる。
「おいおい、なんにも言えなくなっちまったか?こりゃ陥落まで秒読みだぜッ!」
しかし、スライムの表情は徐々に暗くなっていく。
しまいには地面に顔を伏して、ぶつぶつと呟き整理する。
「⋯⋯おかしい。奴は攻撃する所作は無かった。さっきの攻撃は別の奴⋯⋯?だが魔力は全く同じ性質、奴と瓜二つ⋯⋯⋯⋯まさかッ!」
ふと見上げた空-スライムの目線の先には浮かぶネレウス。
-だが、奴は”二人”いた。
「-遅かったね」
後ろからやってきたネレウスが、前にいるネレウスへとぶつかる直前、身体が重なり一体化する。
刹那、ブワッと途方もない魔力が王都どころか、世界さえ支配してしまいそうなほど広がっていく。
「-は?」
スライムの身体はゾッと。身体は武者震いではなく、明らかな恐怖に震えだす。
それはガタガタと、見るだけで明らかほどに。
「いやぁ、久しぶりだね。自分の魔力を取り戻すのは」
スライムは震える指をやっと持ち上げて、ネレウスを指さして言った。
「お前っ⋯⋯まさか、それが⋯⋯本来の”魔力”ってのかよ⋯⋯」
その質問にネレウスはニッコリと笑って言った。
「うん、そうだよ!」
スライムは「は⋯⋯」と小さく息を漏らして口を噤む。
じょわぁと、気付けば下から大量の水を漏らして。
-そこにいるのは、紛れもない勇者ネレウス・アクアシアである。




