第三章 第三十三話「圧倒的な差」
狙われる事を知った王国軍騎士団率いるサンライズは密かに行動を起こす。
しかし奴らの襲撃を受けて辺りは混乱、阿鼻叫喚の嵐となる。
サンライズは自身の失念を責めながらも、己が出来る事をする為に再び行動する。
サンライズは目を覆いながら、魔力感知を使い人々の間を縫って走る。
辺りから聴こえるのは錯乱状態となった人々の悲鳴。
それを掻き消すように絶え間なく響く破壊音。状況は最悪だ。
「伏せてッ!その場を動かないで!」
だが周りに配置していた騎士団の皆が、辺りの音に負けない一際大きな声を張り上げて冷静に誘導を開始している。
魔力感知も優れている彼等なら、任せても大丈夫だろう。それよりも-
「やはりあさっての方向からか」
一つの大きな魔力反応が土煙を貫通して露わになる。いや、そこだけじゃない。
五大推進円柱からも二つ、大きな反応が現れる。
つまり四つのうち三つの大きな魔力反応が、ほぼ同時にローブを脱ぎ捨てドス黒い魔力を展開したのだ。
激しく揺れ動く五大推進円柱の中に見える二つの魔力は、複数の魔力とぶつかり合い交戦中。
どちらも偵察部隊と騎士団が力を合わせて魔族の排除に尽力している。
そしてサンライズに一番近いあさっての方向に捉えた魔力は、同じくらい大きな魔力と交戦に入る。
どうやらシントがいち早く見つけて一人で対応しているようだ。
ならばあと一つの魔力は-?
「-ぎゃああああッ!」
背後から騎士団の悲鳴が上がる。
やはり土煙の中に隠れていたか。
「何処だッ!?」
しかし見渡してみても出処は定まらない。
蠢くそれは、こちらを嘲笑うかのように土煙の中を泳いではこちらを翻弄する。
更に恐ろしいことに、魔力の出量からして、まだローブを脱いでいないのが分かる。
その状態で、アクアシア大陸が誇る最強の騎士達を次々と倒しているのだ。
魔力を解放せずしてこの力ッ-!
一刻も早く見つけて対処せねば!
「-おせぇ」
まるで堪えきれない欠伸を噛み締めるような声が耳元で囁く。
反射的にジェットソードを振り抜けば、辺りの土煙を跳ね上げてローブだけを虚しく切り裂いていた。
「ぐっ-」
それがサンライズの表情をより曇らせる事になる。
「勇者でもねぇのに-いぃ反応だぁ」
サンライズはまるで臓腑を撫でられるような感覚にぞわりと背筋を凍らせる。
「わざわざ脱ぐ手間が省けてありがてぇなぁ」
身体の震えが止まらない。
魔法のローブが抑えていた魔力が一気に放出-その
ドス黒い魔力と共に真っ黒な身体を王都に晒す。
ゴキゴキと首を鳴らしながら、ぬるりとこちらを見やるのは、何の変哲もない青年の姿をした者。
しかし、その青年の身体から溢れ出しているのは魔族特有のドス黒い魔力。
紛うことなき敵対者である。
「なんだ、その力は⋯⋯」
ドス黒い魔力なんて魔族であれば溢れ出る。
だが目の前の奴はそれを纏いて服としていた。
それほどの魔力量、どおりで魔法のローブを貫通する訳だ。
「あれ?武器、取らねぇの?」
気付けば剣を手から離してだらんと力が抜けていた。
いつの間に落としたのか。サンライズはジェットソードを素早く拾い上げて奴に刃を向ける。
こいつの魔力は俺よりも多い!
ならば先手必勝-ッ。
「はぁあああああッ!」
刹那、ジェットソードからジェット噴射、ボッと凄まじい轟音をあげて、次の瞬間には地面に並行になるくらいの速度で青年に斬りかかる。
「あ?」
青年は顔を歪めたがもう遅い-。
サンライズの剣が青年の身体に触れる時だった。
「ッ-!?」
しかしその刃は触れる事は叶わず、そこに何も存在しないかのように通り抜けていく。
崩した体勢を無理やり方向転換して着地、奴から視線を切らさない。
そしてとある事に気がつく。
「⋯⋯なんだ、その身体」
真っ黒な青年、その身体は霧隠れするように風景に透過していたのだ。
「これは能力の一つ、透化だな」
まさかと、ごくりと生唾を呑み込んだ。
青年は「ケケッ」と笑いこちらを指さして笑う。
「元グラディウスで王子でもあるサンライズ・アクアシア。あんたの魔力は把握済み。相性が悪い」
青年の身体はゆっくりと元の身体に形を戻す。
サンライズは「チッ」と顔を歪ませる。
目の前の青年の魔力は他より頭一つも二つも抜けている。
「まぁだ力が溢れてきちまったよぉ⋯⋯」
さらに恐ろしい事に、まだ魔力量が上昇。ドス黒い魔力が溢れ出して辺りをまた漆黒の闇に包み込まんとする。
それに伴って身体には青黒いラインが幾つも浮かんで這い回る。
「なんだ、その身体に浮かんだ、ラインは」
あまりのおぞましい光景に思わず口が震える。
そんなサンライズとは対照的に、青年は淡々と答える。
「力の代償。まぁ急に手に入れようとすればこうなるわな」
わははと。青年は盛大に笑って両手を広げると、半月のように口を開く。
「俺は昔人間に虐められてよ、老若男女関係なく殴られたり蹴られたり投げられたりと長年玩具扱い。殺したくて仕方なかったんだよ⋯⋯そしたらだぁ、あの方に出会ってよぉおおおおおッ!」
青年が叫ぶと、身体から溢れ出るドス黒い魔力を経由して新たな魔力反応が現れる。それも一つや二つじゃない!
「まさかっ、魔物を生み出したと言うのか!?」
「あたぼうよ!インフェル・ヘル・ザ・ゲート様のように連れてくることは出来ないがな!今っ!生み出させて貰ったぜ!」
その名を聞いてサンライズは歯噛みする。
「やはり、奴が関わっているのか!」
漆黒の魔力から生み出された魔物は、一つ一つが魔族クラスの力を有する。
それも十⋯⋯二十⋯⋯と数を数える度に倍々に増えていく!
今すぐにでも時間が惜しい-。
次の瞬間、ジェット噴射の勢いで斬りかかり数回斬り裂くも、それは空を斬くのみ。青年は「何度やっても同じ」とニタリと笑っている。
辺りに被害が出るかもしれんが、やるしかないッ!
「これなら-」
幸い騎士団の皆が避難させてくれて辺りに人がいない。
各々の責務を全うしてくれたおかげでこれが放てる!
「-どうだぁあああああッ!!」
ぐるりと剣の向きを変えて、抱え込むようにして足腰に力を入れるとジェット噴射を最大火力にして放つ!
まるでレーザーの如き一撃をゼロ距離で青年にぶち当てる。
その威力により地面は陥没し、辺りに生み出された魔物は軒並み建物に叩きつけられて圧死。
上がっていた土煙を全て蹴散らしていき、空に掛かった雲すら吹き飛ばしてしまう。
「届けぇぇええええええええッ!」
何としてもここで奴を倒さなければならない!
魔力を全て出し切れ!
サンライズは、手足が千切れ飛ばん程の威力を押さえ込んで青年に全てぶち込んで終える。
見上げれば晴れ渡った空。
王都には”陽光”が明るく照らして煌めく。
だが、現実はあまりに非常だった。
「なん、だと⋯⋯」
青年はそこに平然と立っていた。
サンライズは魔力欠乏からゆっくりと力が抜けて、地面に腰が落ちる。
「俺の身体は一部が生成されていたら、他は空気中に霧散させたって平気なんだよ」
だったら、さっきの攻撃で吹き飛んだはずじゃ?
「で、その一部に魔力の核を動かせられるから、幾ら暴風が吹こうが平気ってわけ」
まるで思考を読み取ったように青年は応える。
「そんな⋯⋯」
がくりと、身体は限界を迎えて上半身も支える事が出来ずに地面を着く。
青年は腰を曲げてサンライズを見下ろして勝利の笑みを浮かべる。
「ハハハハハッ!お前の能力は把握済みって言ったろ?もう知ったんだよ!」
「⋯⋯それは、ライドから聞いていたからか?」
「⋯⋯⋯⋯想像に任せるぜ」
だが、その表情が強ばった事からすぐに理解した。
「そうか」
だらんと力が抜けた身体は酷く重い。
限界まで出し切っての攻撃が、こいつには届かなかった。
焦っていたのだ、魔力量が他よりも。⋯⋯そして自分よりも、多いことに。
耳をすませば、あちこちから聴こえる破壊音の数々と人々の悲鳴。
他の三つの魔力もまだ反応がある。
全員が全員、全力で戦い拮抗している戦場だ。
-その中で、俺は負けた。
こうしている間にも、目の前の青年から新たな魔力反応が次々に溢れていく。
その一つ一つが魔族クラス。
今、誘導している騎士達の数では足りなくなる。
-俺のせいだ。
-この戦場を敗色へと傾かせてしまったのは、俺のせいだ。
「まぁそこで見てろよ⋯⋯王都陥落の瞬間を」
青年はサンライズの悔しそうな顔を見て、ぺろりと舌舐めずりを見せた。
「-その妄想は現実にはならないだろうけどね」
刹那、怒号と変わらぬ勢いの何かが空から飛来。
無数に地面に突き刺さる度に、生み出した魔族クラスの魔物から断末魔が上がる。
辺りから魔物の反応が次々に消えていく。
「おっと!」
青年は顔を傾けると凄まじい勢いの何かが、サンライズの頬横に落ちる。
それは水の刃だった。
「おぉ⋯⋯」
サンライズの頬は緩められて一雫の涙がこぼれ落ちる。
こんな数秒で魔族クラスを全滅できるのは一人しかいない。
「後頭部から狙うなんて、卑怯なんじゃねぇの?」
青年はぬるりと身体を起こして空を見上げる。
「襲撃しといてよく言うね」
ーそこには”陽光”にも引けを取らないほど、神々しいオーラを放った勇者の姿が浮かんでいた。




