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第三章 第三十話「眩しい世界に這い寄る影」

英雄生誕祭が始まる。

天と勇人の二人は祭りを楽しんでいた。

そして十年の月日を経て、死んだと思われていた勇者が民にようやくその姿を露わした。


希望の光が伸びればまたその分影が伸びる。

大勢が光に包まれる中、闇はゆっくりと肥えてゆく-。

「なんか⋯⋯すごい」


そう言う天の声は気付かないうちに上擦っていた。

視線は銅像の勇者を見たまま身体を震わせて、目には涙を浮かべては噛み締めるように生唾を呑み込んだ。

そりゃそうだろう。だって魔力を感じ取れない俺ですら、未だに前に立てば強ばってしまうのだから。


「ははっ⋯⋯」


いつの間にか込み上げて来るものが、恐怖だと気付く。

手には汗をぐっしょりと握りしめ、空いた口が塞がらずにガチガチと打ち鳴らす。


「今日は普段の儀式と言う意味合いじゃない!文字通り英雄生誕祭として、王都を賑わせよう!」


銅像の上では水の勇者が手を振りながらゆっくりと降りてくる。

「おかえり」と黄色い声が至るところから飛び交い、勇者を皆が待ち望んでいたんだと理解するには十分過ぎる光景だ。


「あっ!待って!あの声-えぇ!?」


どうやら天も、自分に魔力の扱い方を教えてくれた人が誰なのか分かったみたいだ。

もはや銅像の下に集まる人々に飲み込まれて消える勇者に、「勇人勇人!あの人、あの人だよ!」と興奮気味に教えてくれる。


「⋯⋯本当にすごいな」


魔力、気品、気迫。全てにおいて自分とは全くの別物。


この身体の震え-それは羨望よりももっと醜い。

俺は”勇者”という存在に畏怖しているのだ。


他者と、しかも勇者と比べてしまう愚か者だな。

そんな自分に嫌気がさして視線を落とすと、視界に違和感を覚える。

ふと気になってそちらを見れば、人混みの中に一人、ローブを被った人が立っていた。


「なんだ?」


別に変わったところは見当たらない。

ローブを被った人なんて王都にはごまんといる。

強いて言えば、古いローブだからか、白がくすんで変色を起こしているくらい。

でもどうして気になった?


「⋯⋯いや、おかしいだろ」


思わず声を漏らしてローブの人を睨みつけた。


この世界に来て数ヶ月。

自分の力が圧倒的に足りず、何度か魔物と闘っていたから気が付けたんだと思う。


-どうして奴は銅像の方を見ているだけなんだ。


あそこで立ち止まっている者は皆して勇者復活を喜び拍手したり涙を流す者がほとんど。

ただ奴だけは、そこで立っているだけだった。


⋯⋯本当にそれだけか?


奴からは何か、えも言えぬ不安感が漂っている。

まるで値踏みするような、じとっとした瞳で勇者の方を見ているのだとローブ越しにも分かるほど。

それが異質なものだと俺の直感が告げる。


ふと、そのローブの人は事も無げにこちらを見やる。

魔法の掛かったローブなのだろう、顔は真っ黒なベールに覆われて見えない。

見えない筈なのに、こちらと視線が合ったその顔はニタリと歪めたように見えた。


「勇人聴いてる?」


バッと俺の視界を覆うように遮るのは天。

目を細めて「なにやってんの。可愛い子でもいた?」と勝手に決めつけられる。


「いや、あそこに-」


しかしそこには、もう先程のローブの人の姿は消えていた。


視線が外れたのはたった数秒の出来事。

その合間に奴の姿はその場から消え失せていた。


「まさか肉でも食べたいの?」


天は俺の見ていた方向にある肉屋を指さして「本当に卑しい奴」とため息をもらす。


「いや⋯⋯⋯⋯あぁ。そうだな。食べたいよ肉」


「ほらやっぱり。行こっ⋯⋯ほら」


天は照れくさそうにしながらこちらに手を伸ばす。

ドキッとまた心臓が大きく脈打つ。


ふいに掴まれるのも緊張するけど、こうやって目の前に手を伸ばされるのもまた緊張してしまう。


「人混みだし、はぐれると危ないから」


「お、おう」


だがタイミングが掴めず中々手を取れない。


「まさか恥ずかしがってたりするの?はぁ、これだから童貞は」


そんな俺を煽るように天は「ほれ、ほれ」と何度も手を目の前でチラつかせてくる。


「なんのぉ!」


俺はぶらついた手を勢いよく掴むと、「ひゃっ!」と天から悲鳴が上がった。

驚いて手を離すと、天は顔を真っ赤にしていた。


「も、もしかして天だって恥ずかしいんじゃ?」


その声に「はぁ!?さっきも掴んでたでしょ!」と猛反撃。


「きゅ、急にくるからびっくりしただけ。それだけだから!ほら!」


天は強引に俺の手を引っ掴むと引っ張っていく。

俺は自分の心臓の鼓動を小さく務めることで精一杯だった。


天に繋がれた手から、先程までとは違う温かみを感じて思わず頬が緩む。


今日は⋯⋯今日くらいは、良いよな?


さっきのローブの人は気になるが、城以外は任されていない。

王国軍騎士団でも無ければ、ただの客人扱いなのだ。


それに視界の端に捉えた、もう一つの存在に託す事にした。


それは鎧を着込んだ王国軍騎士団の皆さんだ。

円陣を組むように囲んでいる中心には、サンライズさんが辛うじて見える。

何やら指示を飛ばしているのか、何度が頷いているのが確認できた。


俺が出しゃばるとかえって邪魔をしてしまう可能性もある。

今回は天と一緒に祭りを楽しもうと思う。


「あー、肉楽しみだなぁ!」


「あ、私お金無いからあんた支払いね」


そう言えばそうでした。

がっくりときた反面、手の繋がれた感触と、王都の雰囲気に呑まれて俺はブンブンと手を振り回して天と肉屋目指して歩き出した。



-この時にはもう、空から降り注ぐ”陽光(ダヴナ)”に隠れるように影が這いずり回っていることなど、知る由も無かった。

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