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第三章 第二十九話「英雄生誕祭」

濡れ衣を着せられた勇人はフルボッコに。

二人が去った後、ふと机を見れば巨人の大剣がない。

限界だった勇人は眠りにつこうとするが、二人が戻ってきて、なんやかんやで一緒に寝ることになる。

天と勇人。互いに明日の英雄生誕祭について語り、いつの間にか眠りについた。

「すごぉい⋯⋯!」


天は口元を手で覆いながら感嘆の声をあげて、目の前の光景にきらきらと目を輝かせている。

辺りは今日というこの日を祝福するように、昨日よりも盛大な盛り上がりを見せ、空を見上げればお祝いの花火が絶え間なく青いキャンパスを彩る。

そこには老若男女関係なく笑顔が溢れ、幸せが王都全体に溢れていた。


「ほら、あっちも見に行こっ!」


天は返事も待たずに強引に引っ張り、人波を縫うように進む。


「おい!はぐれちまうって!」


服の裾をじゃ解けてしまう、なんて思っていたら天からガシッと腕を掴まれた。


「これなら大丈夫でしょ!」


天はニコッと笑い、また止まることなく突き進む。


「そ、そうだけどッ!」


こいつ、仮にも異性の手を掴んでいるのにどうとも思わないのかよ。

煮え切らない態度に天は振り返ると、俺の顔を見てニヤつく。


「プッ、なにそれ!顔赤いよ?まさか女の子と手を握っただけで照れちゃったとか?」


「だっさ」と言われて俺はカチンときてしまった。


「てっ、天だって昨日っ、裸見られたって赤くしてたくせに!」


おっと失言だった。頼むから腕に爪を食い込ませないでくれ。


「次言ったらマジに殺すからね」


「すみません」


「フンッ!」と向き直った天は、再び気を取り直して鼻歌交じりに加えてスキップもし始める。

おいおい、どんだけ祭りが楽しみだったんだよ。


今日の天は、普段着ていた白いローブを脱ぎ捨てて外にいる。

それはきっと、少なからず彼女がこの世界に対して恐怖が薄れてきたからだと信じたい。


「あっ、ここのお店はアクセ売ってるよ!」


「キャーッ!」とはしゃぐ彼女は俺の手を振りほどくと一目散に駆けていった。

おかげですぐ俺の視界から彼女の姿が消える。


「俺置いてけぼりじゃねぇか」


だがぴょこっと人波を貫くように手が伸び出る。


「なにしてんの!さっさと来なよ!」


渋々人波を掻き分けて辿り着けば、「おっそい!」とむぅと頬を膨らませた天が待っていた。


⋯⋯可愛い。


元々可愛かったが、外を出歩く際には白いローブによって顔が隠されていた。

だが今は顔が見える。表情が見える。

シークリフのような状況下じゃなくても、彼女はまたころころと変わる顔を見せる。

まるでそれは地球に居た頃と変わらない、日常で見せていた友人と永遠語る彼女本来の姿。


おかげでまた俺はドクンッと心臓が高なった。

だけど今回は、いつもと違う。

何やら安心したような、親心に近い何かだと思う。


「何?ニヤニヤして⋯⋯きもっ」


その発言がまた彼女たらしめていて嬉しかった⋯⋯いや、シンプルにムカつくな。言い過ぎだろ。


「あーあぁ。ルミナスちゃんも一緒に回れたら良かったのになぁ」


天は悲しそうに目を細めた。

こいつは凄いなと感じる所の一つ、仲良くなるのが異常に早い。

昨日初めてあって、ものの数分しか会話していなかったはずなんだけどな。


俺はルミナスが朝早くに部屋を出ていったのを確認している。

それは五大推進円柱の監視を任されているからに他ならない。

だがそれは他言無用で、天には教えられない。


「あいつにも事情があるんだよ。機会があればまた誘えばいい」


「そうね⋯⋯」


そう言って寂しそうに呟くと、「あっ」と叫んで陳列していたアクセサリーの一つを手に取る。


「これとかどう?見た目は明るい髪色してるけど、何処か大人びた感じで似合いそう!」


それはゴロッとしたサファイアのような石をあしらったカチューシャだ。


「確かに似合うな。月の女神と同じ名前だし」


「えっ、ルミナスって月の女神の名なの!?」


今さら何言ってんだよ。


「へぇー⋯⋯太陽はダヴナってヴィランダさんから聞いていたけど、月はルミナスって言うんだ」


天は何度か頷いたあと、「これください」と購入する。

やり取りを終えて、天はニコニコしながら帰ってくる。


「よしっ、買い物は終わり!」


「ん?買い物は終わりって、天は?」


「私はいいよ!あとはウィンドウショッピングでもしよ」


そう言って彼女は俺に荷物袋を預けると、後ろで三つ指着いて歩きだす。


「自分の分は買わないのかよ」


俺は追いかけるように後ろから声を掛ける。


「私はいい。普段周りに迷惑ばっかりかけちゃってたし」


「⋯⋯そうか」


天はいつも俺に苦労をかけていると我儘を言わないようにしているのか。

周りの分だけ買うなんて、さすが友人に囲まれていただけの事はある。


「⋯⋯今日みたいな日くらい、自分に正直になってもいいのにな」


そう呟いたところで、彼女は自分と同じく頑固なのは変わらない。

ふと、なにか奢ってやろうと懐に手を突っ込むも財布は見当たらない。


「あれ?置いてきたか⋯⋯?」


ふと天に声を掛けようと再び見やれば、ようやく違和感に気が付く。

そういえば天の財布は銀色の巾着袋じゃなかったか?

スカートのポケットから見える巾着袋は茶色で-


「それ俺のじゃねぇか!」


荒らげた怒声に「チッ、バレたか」と苦々しい顔を見せてこちらに向かってくる。


「待てっ!もしかして昨日ライドやフウカに買ったものも-」


「?あんたの財布からだけど?」


「はぁあああ!?なんで俺の財布からなんだよ!」


「あんただって良いじゃんって言ってたじゃん」


「お前の財布からならな!?ってか、おいおい⋯⋯なんか使った物以上に少なくねぇか?」


財布をひったくれば思った以上に軽い。

もしやと袋を覗けば、大量のお菓子。


「俺に言えよッ!」


こいつふざけんなぁ!?ってか全然自分の買ってるじゃん!


「ごめんごめん。私無くなっちゃったから。また返すから」


そして今ハッと気がついた。

天の耳元に月のイヤリングが小さく浮かんでいる。


「自分の⋯⋯買ってるじゃん」


なぁんだ、全然我慢してなさそうで良かった!


「⋯⋯ハハッ」


壊れた機械のようにガクガクと笑う俺を「ご、ごめん。本当に返すよ」と天は慰める。

そう言えば地球にいた頃は毎日のようにアクセを変えていたのを思い出した。

別に見ていなかったけど、ギャハハと喋る雑音は教室全体に行き届いていたからな。

そんな奴が王都とかで買い物出来ずにいられるわけが無いんだ。


そんな事を頭に浮かべていると、人の流れがどこか一箇所に集まっていくように動く。


「急にみんなどこに向かっているんだろ」


天の様子に俺はネレウスさんから言われたことを思い出した。


「あぁ、そういえば中心に建っている銅像を囲んで踊りが開かれるんだったか」


俺は流れが向かう先に聳え立つ銅像に視線を向けた。


毎年行われる英雄生誕祭。

それは祭りと謳ってはいるが、正確には鎮魂を掲げた立派な儀式だ。

自分の命をとして守り抜いた水の勇者が、天界にて静かに暮らすことが出来ますようにと、これからも王都アクアシアを見守ってくださいという二つの側面を持つ。


「だが、今回はどちらも違うかもな」


俺のニヤリと開いた口角の意味を天はすぐに理解する。


煌びやかに着飾る王都の中心で、銅像は輝くように幾つものスポットライトが差している。

本来ならここから踊りの音楽が流れるらしいのだが。


「-今日この日、再び皆に出逢える事を心待ちにしていたよ」


銅像を周りを中心に、王都全体がどよめきを露わにする。


-聴こえたのは、まるで水面に反射した雫のように透き通った声。


いつの間にか、銅像の頭の上に誰かが立っている。

魔力を抑える白いローブを羽織ったその人に、みんな注目する。


もう分かっているのだろう。

みんな興奮と感動を抑えきれていない。


「え?誰ー?」


天は知らないだろうな。

だが王都にいる皆の反応から察しはじめた。


「⋯⋯待たせたね、みんな」


銅像の上に立つ人物は、白いローブを脱ぎ捨てる。

その人物を捉えた瞬間、王都全体が震えるほどの歓喜の渦に包み込まれる。


ある者は泣き、ある者は拍手をし、ある者は予期していた顔をする。

だが皆一様に、感涙を堪えることは出来ずに嬉しさを爆発させていた。


「これが水の勇者の力か⋯⋯」


さすが魔王の力から逃れる為に地上から今に至るまで切り離すだけの事はある。


「すげぇや」


俺も思わず込み上げてくるものがあった。




皆が感動に包まれた王都。

全員の視線が水の勇者に向けられている中、一人の男がくるりと身を翻し反吐を吐いた。


「あれが水の勇者か⋯⋯弱いねぇ」


その口角は不気味につりあがり、汚らしい下品た笑みを浮かべると、闇に溶けるように消えた。

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