第三章 第二十八話「三人寄らば二対一」
筋トレを終えた主人公が風呂場に行くと、居たのは天だった。
そのあられもない姿にドキマギする間もなくルミナスも現れ大ピンチ!
隠し通そうにもバレてしまい、慌てふためき阿鼻叫喚の中、ルミナスにより勇人は強制的に飛ばされた。
「⋯⋯で、言い訳は?」
「⋯⋯⋯⋯あびばべん」
殴られた俺の口はうまく開かず発声できない。
あれから何分、何十分経ったか分からない。
気付けば痛みに目を覚ますと、半狂乱となった天とルミナスから総攻撃を受けていた。
「さっさと服着ろバカッ!」
それから俺はその辺の服を引っ掴んで着替えると、正座させられて今に至る。
見渡せばここ一週間お世話になった俺の部屋。
目の前には顔を真っ赤にさせて怒り狂う二人の姿。
理由は明白だ。
「ぞもぞもどうじで、ぶだりが⋯⋯?」
顔を上げるとさらにきつく睨まれてしまい、身体はビクッと本能的に跳ね上がり目を背ける。
「あんたこそなんで女湯にいるっての!?意味わかんない!」
その発言に「いやいや」と俺は抵抗する。
「暖簾は確かに青色だったぞ!男湯だったって!」
しかし二人とも顔を見合せて否定するように首を傾げる。
「赤だったよ⋯⋯?」
ボソリと呟くルミナスの表情は嘘はついて無さそうだ。
「いや間違いなく俺は-」
「あーはいはい!どうせあんたの事だから、寝ぼけてたんじゃないの?最近忙しそうにして、今日もお疲れ様気味だったし?」
天は煽るように「これだから体力もないオタクは」と堂々となじる。
「はぁ?丸一日付き合わせといて何言ってんだよ」
ウィンドウショッピングに無理やり引っ張り出された挙句、文字通り荷物持ちにさせたくせに。
「あんたもノリノリだったのに何言ってんの?」
二人の間に不可視の火花が散る。
「そんな事どうでもいい!」
だがその場を一蹴するのはルミナスだった。
二人とも振り返れば俯いて、怒りからかわなわなと震えていた。
「そんなことよりも-」
キッ!と顔を上げるルミナスの顔は、唇をキュッと噛み締めて頬が赤く染まっていた。
「どこまで見たの?」
ふと、俺の脳裏にあの湯船での光景が思い返される。
見えたのは幼稚-じゃなかった、くびれもないぽっこりしたお腹に-⋯⋯。
「-はっ、はぁっ!?見てねぇし!てか見えてねぇし!」
「ああッ!その反応は絶対見た!!」
ボッと、ルミナスはまるで瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にさせて騒ぎ立てる。
「あーあーあーあぁああああっ!もうお嫁に行けないよぉおおおおおッ!」
「落ち着け!まだ嫁とか早いし見えてなかったって何度言えば-」
「じゃあ私の身体見てどう思ったの!?」
「えっ、そりゃあ見事な幼児た-」
「あああああああああああああああああッ!!」
凄まじい勢いで張り倒されて転倒。バッと起き上がった時にはもうルミナスは泣き叫んで部屋を飛び出していた。
「⋯⋯さいてー」
俺を見下ろすのは、天の軽蔑の眼差し。
うぅ⋯⋯見たくて見たわけじゃないのにぃ⋯⋯。
「やれやれ」
天は徐ろに扉に歩いて出ていくかと思えば、予想外にも扉を閉めて鍵をかける。
「⋯⋯それは、そうと⋯⋯⋯⋯どうなのよ?」
天は背を向けたまま、早口でボソッとこぼす。
「ん?何が?」
「ッ!だからぁ!」
バッと振り返る天は、ルミナスと同じく真っ赤な顔をして吠える。
「見たんでしょ!私の身体!だからっ、あんたから見てどうだったのって聞いてるの!」
「ッ、は、はぁ!?」
俺の脳裏に思い出されるのは、湯けむりの中に浮かぶ天の綺麗で完璧なスタイル-。
「いや湯けむりが凄くて、もう全然見えなかったし!」
「うそっ!あんな至近距離にいたくせに!?」
天は自分の恥ずかしさを紛らわすように詰め寄る。
「あんた嘘ついてないよね!?」
「まじだって!」
大事な部分以外はほぼ見えてしまったけど。それ以外は-
「全然見えてなかったよ!」
必死な訴えが通じたのか、天は「そう!」とスタスタと歩いて扉の前で立ち止まる。
「⋯⋯まぁいいわ。あんたがそんなことする勇気もない童貞野郎ってのはよく分かってる事だし」
「おい一言余計だろ」
「本当に寝ぼけてたんだと思っておく⋯⋯でも」
ドアノブに手を掛けたまま、天はくるりと顔だけをこちらに向き直る。
「明日は一人で回るから」
絶対的な氷のような冷たさをした視線をぶつけて。
天は鍵を開けると「じゃ、おやすみ」と出ていく。
スタスタと歩き去っていく音が聞こえなくなると、俺はその場にへたりこんだ。
「ま、まじで青色だったんだけどな⋯⋯」
明日一緒に回る約束も無くなってしまうとは。
だが証言者が二人もいれば疑われるのは必然か。
ショックを受けつつも、頭では理解していた。
⋯⋯あぁ、今日はもう疲れた。
ふらつく足取りで鍵を閉めると、俺はベットへと向かう。
「-あれ?」
視界の端、映る机に違和感を覚える。
おかしいな。ネックレスは二つ置いていた筈だ。
顔を向けると、机から”巨人の大剣”が無くなっている事に気が付く。
だが今は疲れた。どうでもいい⋯⋯。
慣れない人混みに一日浸かり、たぶん濡れ衣を掛けられとうに限界を迎えていた。
最悪明日探したらいいや。
とにかく今は、寝よう。
明日の数時間は俺がこの城を見はらなきゃいけない。
何があっても対応できるよう万全の対策を取らなければ。
「まぁ、城自体結界があるならなんやら言ってたけど⋯⋯な」
俺は力尽きそうな身体を動かして布団をめくる。
「⋯⋯や」
そこに居たのは、身を縮こませて布団の中に潜っていたルミナスの姿があった。
「あれ、さっき出てった筈じゃ?」
たしか泣き喚きながらダッシュで。
すると、その応えと言わんばかりにルミナスの手はキラリと光る。
「お前まさか、杖なしでもゲートが使えるのか」
俺を風呂場から離脱させたのはルミナスだったか。
ルミナスは小首をこくりとだけ動かして、小さく口を開く。
「今日⋯⋯水の勇者いないから」
ルミナスはぎゅっと布団で口元を隠して上目遣い。
「いや?」
そうして目を潤ませられたら首を縦に振るしか方法がない。
「はぁ⋯⋯いいよ、一緒に寝よう」
萌え袖も相まって、俺は二つ返事でノックアウトだ。
そうして布団に入ろうとした時だった。
ガチャガチャガチャ!と激しくドアノブが揺れる。
なんだと鍵を開けると、先ほどと同じ格好をした天が、自分の枕を手に押しかけてきた。
「うぉ、なんだよ⋯⋯」
今更ながらに鼻をくすぐる天の香りにドキッと心臓が喜ぶ。
「今日、私はここで寝るから」
「はぁ!?何言って-」
俺の制止も効かずにずかずか乗り込んできた天は、布団で寝ていたルミナスを見てロリコンと叫んだのは言うまでもない。
「-ねぇ」
電気を消して暗がりになった部屋。
三人、いや二人ベットで俺は床という構図で、天が誰かに呼びかける。
「ねえってば」
「⋯⋯あ、俺?」
「他に誰がいるっていうの」
あんたの隣にルミナスが居るだろ。
だが肝心のルミナスは、もう小さな寝息を立てて寝ていた。
「まだ横になって数分も経ってないぞ」
「こんな小さな子だし疲れてたんじゃない?」
天は知らないだろうが、そいつは何百年と生きてる可能性があるんだが-面倒くさいので黙っとこう。
「⋯⋯さっきの嘘だから」
「なにが」
もぞっと布団が擦れる音が聞こえて顔を向ける。
見やればこちらを顔を上げていた天と視線が絡む。
「明日、一緒に回るから」
「⋯⋯おう」
俺は再び身体を倒して天井を仰ぐ。
ゆっくりと、眠気が支配してきているのが分かる。
「この子も一緒に-どうかな」
ルミナスは他の防衛もあるから難しい⋯⋯とは、説明する元気は無い。
「あぁ、行けたらな⋯⋯」
「うん。明日聞いてみる」
それから二人、ぽつりぽつりと会話を繰り返していたが、どちらか一方反応せずにいると、いつの間にか二人とも眠りについた。