第三章 第二十六話「分かたれた夜」
魔力がない勇人は泣きついた先は水の勇者ネレウス。
さらにルミナスも加わり、三人で食事をとる。
話題はルミナスと共に行動を共にしていた「光の勇者」へと入る。
どうやら一度、魔王は倒されているとの事。
なら天から感じたドス黒いものは一体⋯⋯。
勇人は天は違うと首を振って、また食事に戻る。
程なくして食事を食べ終えると、明日に備えて解散となった。
「明日はよろしく頼むよ、ユート君」
ネレウスさんにはポンポンと肩を叩かれ期待された。勇者から期待されるのは正直に言って嬉しい。
「足引っ張らないでねトードー」
⋯⋯となりのこいつは相変わらず小煩い。
「さぁ巫女ちゃんはこっちだよー」
「うぅ、子供扱いしないでよ」
そうは言うも、引かれた手にぺたぺたとついていく姿は子供そのもの。ネレウスさんの背が高いのも相まって親子のように見える。
どちらも実年齢と身体の成熟度が一致しないけど。
二人を手を振って見送り、俺もいざ自室へ向かおうとする。
「!?」
刹那、背後からの気配に思わず地を蹴りその場から離脱する-なんだッ!?
「⋯⋯よぉ」
ほぼ反射的に飛んだ身体は、正体を探るべくすぐさま振り返った。
一瞬、キラリと鈍く光る何かが銀閃の如く走り抜けた気がした。
そこに居たのはライドだった。
「久しぶり。一週間振りくらいか」
手をひらひらとさせて、半月を浮かべたように笑うその顔は間違いなく本人だ。
「ライド!今戻ったのか!」
「おう、英雄生誕祭を明日に控えて最後の休息を取りにな」
駆け寄ると、”月”に照らされたライドはくたくたとなった服装を身に纏っており、その忙しさが伺える。
その視線に気づいたライドは服を広げてみせた。
「あぁ~⋯⋯ずっと魔族を追って大変でよ。風呂もかれこれ三日振りとかなんだよなぁ」
「なるほど。どうりで臭うわけだ」
「言ってろ」
一頻り談笑すると、ライドはあるところを指さして
「夜風に当たりたい」と提案。
俺も夜飯を食べた後の夜風は最高だろうと合致して、バルコニーへ向かった。
バルコニーに続く扉まで来ると、俺とライドは辺りを見渡して人がいないかを確認する。
このバルコニーは本来、王様と民と交流の場として設けられた数少ない場所の一つだ。
当然俺たちのような者が勝手に入る事は禁じられている。
「やっぱりいいのか?」
「ここまで来て今更怖気づいたのかよ」
鼻で笑ってきたライドにムカついて、俺は先に扉に手を掛ける。
「-ッ、重っ⋯⋯」
しかし全く動く気配がない。まじでドリルで固定してあるのかと疑うくらいに。
「これだけ重厚なんだから当然だろ」
「馬鹿なのかな」と、ライドは余計な一言を添えて背中を押し当てて力を込める。
ギィ、と僅かに軋む音と、外から押し返す空気が入り交じって重くなった扉を二人で必死に押す。
最初は少ししか動かなかったが次第に大きく動いき、程なくして外へと通ずる扉は開かれ外の景色が顕になる。
「おぉ⋯⋯」
俺は思わず心の声が漏らして視界いっぱいに光景に目を奪われる。
そこには無数の星々の如くきらきらと輝く王都が待ち受けていた。
もう夜だというのに王都は光を灯し、多種多様な色が暗がりの世界を彩り、それがまるで運河が流れているように見える。
王都の人達が明日の英雄生誕祭をどれだけ待ち望んでいるのかよく分かる。
「⋯⋯すげぇな」
隣のライドも目を見開いて、今この光景を見渡して堪能していた。
俺たち二人、つられるように奥の手すりの方へと身体が勝手に動き出す。
まるでもっと光景が見たいと急かされるように。
「少し歩くだけで夜風が気持ちいいな」
ライドは気持ちよさそうな表情を浮かべる。
だが俺はなぞる風が腰を掠めてブルっと来てしまう。
「うぅ、やっぱりシークリフの時に比べて涼しくなってきているな」
シークリフの時は夏だとしたら、今は秋から冬に変わろうとしているのだろう。
心地良い半分、夜の風は鋭さが増している。
バルコニーの先まで来ると、その光景はさらに俺たちを圧倒する。
大通りの中心、ネレウスさんを象ったであろう銅像から城にかけて真っ直ぐにより一層明るい光の道が出来上がっていた。
そしていつの間にか夜の屋台がズラっと並んでいて。本番は明日だというのにがやがやと盛り上がりを見せていた。
「明日は大変な日になりそうだな」
ライドは下に広がる光景を睨みつけるように酷く細められていた。
それはこれまでふざけていたライドからは似つかない表情。滅多に見られない、真剣な顔だ。
「あぁ⋯⋯だからこそ明日は互いに頑張ろうな」
俺はライドに覚悟と決意を乗せた拳を突き出した。
一番は何も無いのがいい。だけど、ネレウスさんの話では奴らはまだなりを潜めている。
貿易が盛んな王都アクアシアを文字通り地に落とさんとしている。
当然手薄となる城を狙ってくる可能性が高い。
なら魔族との戦いは避けられないかもしれない。
ライドは最初キョトンとしていたが、俺の意図を理解して「フッ」と笑う。
「そうだな。こんな景色壊させるわけにはいかねぇよな」
そして誓うように強く俺の拳に重ねて打ち付けた。
「あっ、上に誰かいるぞー!」
誰かが下から俺らを発見して指さして喚く。
「あっ、ヤベ-」
続くように「なんだなんだ」とぞろぞろ集まり出す。
バレたりしたら前日に大騒ぎとなり、ネレウスさん達にも迷惑をかけるかもしれない。
「逃げるぞ」
ライドの一言で、俺たちは弾かれるようにバルコニーを後にする。
「俺は今から風呂行くけど、お前はッ?」
「身体動かし足りないから筋トレする」
「そうか、なら明日だな。じゃっ!」
「おう!また明日!」
互いにバルコニーから逃げ出すように二手に分かれて、今日は会わないと手を振ってその場解散する。
-俺はこれが、ライドとまともに話す最後の機会になるなんて、思ってもいなかった。