第三章 第二十四話「楽しげな天」
会議にて。
残された四人は一人一人の実力を見込まれて、一週間後に迫る英雄生誕祭に備えてくれと頼まれる。
お開きになった最後、残った勇人は勇者からある事を頼まれた。
「どうしたの?」
ハッと気付けば、目の前で手を振る白いローブの人。「おーい」と聴こえた声で天だと分かる。
「何ぼんやりしてんの」
「⋯⋯いや」
「なら道中止まるなっての」とくるりと身を翻して進んでいく。
俺は頭を掻いて空を見上げる。
上には煌々と輝く”陽光”が今日も今日とて眩く王都を照らしだしていた。
「相変わらず眩しいな⋯⋯」
思わず空に手をかざして遮る。
「ちょっと!邪魔になるから!勇人!」
辺りは人の往来が闊歩してとても立ち止まっているのは迷惑だ。
「ごめん、すぐ行く!」
もはや人の波に呑まれて天の姿を見失うも、上に突き上げられた天の手を頼りに駆けだす。
勇者との会議から約一週間。
王都は英雄生誕祭を明日に控えて、”陽光”にすら負けないくらい煌びやかに彩られていた。
「改めて思うけど、すっげぇ気合だなぁ」
天を追う道すがら、ふと視界に入った辺りを見渡す。
白を基調とした建物には綺麗な装飾が施され、空中には三角旗が連なったペナントバナーがお祭りだと教えてくれる。
所々にある水のラクリマは様々な色をあてがわれてカラフルに王都を楽しいものだと表していた。
王都の人々は活気に溢れ、皆、明日の英雄生誕祭を今か今かと楽しみにしているのが伝わってくる。
「明日がお祭りだから当然か」
とはいえ俺も上がっているのが分かる。
ふと、これまで当たっていたはずの”陽光”が遮られたかと思い顔を上げると、そう言えばこれがあったなと思い出す。
入り口の門から城までの大通り、そのちょうど真ん中に、いつの間に運び込まれたのか、道を塞ぐように大きな彫像がそびえ立てられていたのだ。
「昨日まで無かったんだけどな」
俺は今日、何度目かの言葉を口にする。
ここを通るのは今日だけで何度目か。それは俺の視界から消えた、人波に呑まれても手を挙げて歩く天のせいなんだが。
「勇人~!はやく~っ!」
おっと、わがままお嬢様がお呼びだ。
見える手だけでぴょんぴょんと飛んでいるのが分かる。
「ったく、明日だってのにはしゃぎすぎなんだよ」
俺は人混みを掻き分けて天へとたどり着くと、ギュっと手を握られる。
顔を上げれば、天がサッと顔を逸らす。
白い魔法のローブによって顔は真っ黒に染まり認識できないんだが、何だか恥ずかしがった気がする。
「ハグれたら面倒じゃん⋯⋯」
ボソッと呟いた天の声に俺の心はドクンッと跳ねる。白いローブに包まれていて見えないが、それでも天も顔を真っ赤にしているのだと感じた。
「お、おう」
振り返る天は「こっち見るな」と吐いて、グイッと顔を無理やり別の方向へと向けられた。
「ほら、行くよ?」
ぐいぐいと強引に引っ張っていく天に身を任せて俺は下を向いたまま歩き進んでいく。
天のおかげでようやく大通りを抜けて、小さな道に入る。
「ふぅ~疲れた~っ!」
天は早々に俺の手を振り払うと、「暑いっ!」とフードを脱いで「ん~っ!」と伸びをする姿は、あれだけの人波に呑まれてまだ余裕そうな表情を見せていた。
それどころか楽しんでいるような気概さえ感じる。
だが俺は別だ。
「ぐはぁ~⋯⋯」
半日、実に半日もの時間、大通りという人通りの多いところを歩いたのだ。
さらに英雄生誕祭の前日だから盛り上がりはいつもの比じゃない。
俺は限界を迎え、膝から崩れ落ちて”天”を見上げる。
そこには変わらずに世界を照らす”陽光”が俺の体力を容赦なく削る。
「えっ、なにやってんの?」
膝をついて四つん這いとなった俺を踏み台に、天は「よいしょ」と腰掛ける。
「お前⋯⋯あれだけの時間、人混みの中にいて平気なのかよ」
「はぁ?あの程度どうって事ないよ。あんたもうダウン?だっさ」
さすが陽キャグループに居ただけの事はある。体力が根本から桁違いだ。
「つうかのけよ!」
「何普通に座ってんだよ!」と吠えるも、天は楽しそうに鼻歌を歌いながら袋の中を漁る。
「仕方ないじゃん。丁度いい所に椅子があったんだし」
「ぐうっ⋯⋯ッ⋯⋯おも-」
「何か言った?」
「いいえ何も言ってません」
「ならよし」
「ぐぬぬっ⋯⋯」
払い除けようにもその力すら残っていない。仕方ない、暫くは乗せてやる。
天は「これはフウカちゃん、これはライド君でしょ~」と一つ一つ確認していく。
「はぁあ、二人も来れたら良かったのに⋯⋯」
天は悲しそうに声を上げてため息をつく。
「フウカは目は覚ましたらしいけど、絶対安静だからな」
同じ城に寝泊まりしていても、会わせてもらえないのは面会謝絶だからだ。
「ライドだって忙しいから仕方ない」
「そう言って、ここ一週間くらい顔合わせてないよ⋯⋯あんたなんか知ってるの?」
ビクッと肩を震わせた一瞬を、天は見逃したりしない。
「おっ、王都の警護で忙しいからな!ほ、ほら!この前魔族が現れたって言ったろ?だから警備を厚くしているんだよ!」
「ふぅ~ん⋯⋯」
間違いなく天は俺の発言に虚言がある事を分かっているだろうが、それ以上は言及してこなかった。
「-よしっ」
ふと、天は跳ねるように勇人から飛び上がると、腰に両手をまわしてズイッとニヤけた顔を寄せる。
「なっ、なんだよ⋯⋯」
「ふふふ⋯⋯ふふんっ♪」
上機嫌なのか腰をくねられて、「あ〜見せちゃおっかな~、でも勇人にはなぁ~」となにやら呟いている。
ふと手を胸に当てると、「あ〜やっぱりなぁ~」とまた離すを繰り返す。もしかして-。
「な、なにもったいぶっているんだよ⋯⋯」
「ふふっ、見たい?」
俺はそう問いをかけるも、胸中何やら期待するものが込み上げてくる。
「う〜ん」と焦らす彼女は、くねる腰がいやらしく、その艶かしい表情にドキッと心臓が大きく飛び上がる。
元来、天のような美女を前に女慣れしていない俺は平常心を簡単に崩してしまう。
だが一緒にいて少しづつ、平常心を保てるようになってきた。
理由はこれから放つであろう天の発言。
「は?なに期待してるの?きもいんだけど」
天の毒舌により、容易に俺の考えは甘いのだと自覚できるからだ。ありがとう、目を覚ましました。
そういった事じゃないともう理解しております。
「で、なんだってんだよ」
「ふふふ⋯⋯見ててね」
天は辺りを見渡して、「今ならいいかな」と徐ろに手を真っ直ぐに伸ばす。
「ッッッッんッ!」
-ボッ!
「⋯⋯は?」
グッ!と、天が伸ばす掌に収まるくらいの大きさで、凄まじい熱源反応のある光球が現れた。
「はぁ!?なにそれなにそれ!?」
近付いて見たい-いや、熱すぎて無理!
「つうかなんだよそれ!?まじで!」
だけどそれは明らかに魔力によるもの!
「ふふふ⋯⋯羨ましい?」
生み出した張本人の天は、額にぐっしょりとした汗を流しながらニタリと笑う。
「⋯⋯熱くないのか?」
「ん〜最初こそ熱かったんだけど、身体全体から生み出すようにしたらほっかほか程度に治まった」
という事は何度も練習を繰り返したと言うこと。
「-いつからだ」
「へ?」
「いつから使えたんだって話だよ!」
そう噛み付く俺を見て、天はまたニタリとした表情を見せると嬉々として語りだす。
「-で、白いローブを被った男の人は背が高くて、百九十に迫るくらいの大きさだけど、中身は子供っぽくて-」
「ちょっと待て!」
なんだろう、なぜか心当たりがある。
「な、なに急に」
水の勇者の存在がチラつく。
「いや、続けて」
「で!君には大層な魔力があるーとかなんとかで、使い方を教えたくれてね!」
白い魔法のローブを被った人は、この王都には何十人とおり珍しくない。
だがそれを来ていても尚、魔力を感知できる者となると限られてくる。
「⋯⋯そうかぁ」
楽しくはしゃぐ天に俺は相槌を打つだけのロボットと化す。
「で、で!使えるようになったって訳よ!⋯⋯なに泣いてんの」
おっと、これは失態だな。
「⋯⋯いいや、何でもないんだ」
くるりと背を向けると、俺はそれを拭う。
ちくしょう⋯⋯俺も魔力が有れば、あれこれ魔力に悩みたかったというのに。
振り返れば、天は「どうしたの?」と心配そうな顔をしていた。
だが今は慮るのは俺ではなく天の気持ちだ。
彼女にそんな顔をさせてはいけない。
天に似合うのは笑顔なのだから。
「本当に何でもないよ」
俺は笑顔を浮かべて天に心配させまいとする。
-ただ。
「一つだけ⋯⋯⋯⋯良いかな」
「?どうしたの?」
俺はまた天に背を向けて-⋯⋯笑顔を貼り付けたまま空を見上げた。
「ぢぐじょぉ”ぉ”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”おお”お”お”お”お”おッ!!!」
もはや心の叫び以外の何ものでも無かった。