第三章 第二十三話「勇者の懸念」
王間にて。
そこには昨日遠征に行っていなかった王国軍騎士団が集まっていた。
重々しい空気の中、魔族による攻撃に備えて会議が開かれる。
パッと振り払うように大きな声を上げるネレウスさんにより、王国軍騎士団の皆は元の場へと戻る。
俺も帰ろうとするも、「待って」とネレウスさんに呼び止められる。
振り返ればサンライズさんを含めた四人、ライドにルミナス、そして王国軍騎士団団長であるシントさん。
「シント。君も今日は下がってくれ⋯⋯悪いな」
「ハッ!」
隣に来たシントさんはこちらに深々と頭を下げて「昨日は疑ってすまんな。では」と同じく去っていく。
おかしいな。シントさん-団長とは今日初めて会ったはずだが。
「⋯⋯どこかで会ったかな?」
凝らしてみても思い出せない。
「私めも下がらせてもらいますね」
その声と共にジャッと最後のカーテンを引き終えて、じぃと呼ばれた初老の男性も役目を終えたように下がっていく。
それにより陽の光は完全に閉ざされ、その代わりに明るい照明が幾つもの影を落とす。
「-さて、兄上を含めた四人に改めて戦況を話す」
ネレウスさんの口調は先ほどよりも朗らかだが、どこか重々しい雰囲気に緊張が走る。
「残ってもらったのは他でもない、ここ一ヶ月で五大推進円柱が攻撃された事についてだ」
わかり易いように、この王都の地図を片手に話を続ける。
「こことここ。どちらも城から離れている二つが何者かにより機能停止に追いやられている」
その声にサンライズさんは申し訳なさそうに口を開く。
「どちらも他に比べて偵察部隊を手薄にし、私が居ない分補填する動きを取らせていた⋯⋯まさかそこをやられるとは。申し訳ない」
「仕方ないよ兄上。鉄壁とされた王都に攻め入る魔族はおろか魔物すら有り得なかったんだ。それは僕が寝ている間に頑張ってくれた兄上の賜物なんだ」
ネレウスさんはフォローするように言葉を続けるも、次の瞬間には自信なく視線を落とした。
「⋯⋯ただ、マズイことなった」
その空気を察してサンライズさんも気付いたように顔を背ける。
「⋯⋯あぁ、”鉄壁”じゃなくなったという事だ」
しかし、それ以降の言葉を言わまいと口を噤んだ。
-つまり。
「付け入る隙があるって、俺なら思ってしまうな」
不安を具現化するように、ライドは二人が直接の発言を避けていた言葉を放つ。
「残念ながらライドの言う通りだ。これを機に攻め入ってくる魔族もあろう⋯⋯それが、昨日の出来事というわけなのだろう」
しばらく誰も発しない中、ネレウスさんが「話を戻すよ」と続ける。
「で、だ。五つ有るうちの二つが動かなくなった所でまだ問題はない。残り三つのうち二つまで破壊されなければ耐えうるという事で、そこに偵察部隊を含めた王国軍騎士団を散らすわけだけど-」
「残り一つはどこって話だな?」
「目敏いね君。ライド君⋯⋯だったね。昨日はどうもありがとう!」
「フンッ」と鼻を鳴らすライドは嬉しそうに、どこか誇らしげにも顔を綻ばせる。
「ほら言っただろ?こう言った事も考えて支払ったんだよ」
「嘘つけ!たまたまじゃねぇか!」
「ネレウスから聞かせてもらったぞ。迷惑をかけてすまない。改めて私の方から返すからな」
サンライズさんはぐりぐりとネレウスさんの頭に拳をねじ込む。
「ごめんごめん!やっぱり君たちが近いから戻っちゃうなぁ⋯⋯」
「何か近いんですか?」
ネレウスさんを改めて見ても、俺たちと近いと言うには程遠い存在だ。
年齢も、身分も、魔力も⋯⋯そして背丈も似つかわしくない。
「十年も寝ていたからさ、身体は二十代後半だけど、精神はまだ十代のままなんだよね~」
ハハッと頭に手を置きにこやかに笑う。
どうりで親近感が湧くと思ったら、そういうことか。
「脱線させちゃって何度もごめん。五大推進円柱の残り一つは、この城自体なんだ」
「ッ!なんだって!?」
その言葉に驚いたのはライドだった。
「おや?兄ちゃんから聞いてなかったの?」
視線を移せばサンライズさんが重々しく口を開く。
「その事は誰にも⋯⋯じぃにしか言っていなかったよ」
ライドは力が抜けたように膝から崩れ落ちて手をつく。
その顔は、普段のライドからは有り得ない悲壮感を貼り付けていた。
「俺はまだ⋯⋯信用して貰えてなかったのか」
「違う、違うよライド。これは俺のっ、当時の俺の心境が問題なんだ!」
「兄ちゃんは生真面目だからなぁ⋯⋯決して君が悪いんじゃなくて、当時信用する事が出来なかったんだよね」
フォローするようにネレウスさんが言葉を入れると、「あぁ。すまない」ともらした。
「⋯⋯分かりました。そういう事なら」
ライドはいつもの勢いを取り戻すよう立ち上がる。
「知っていると思うけど、一週間後に僕の眠りについた日を”英雄生誕祭”として毎年祝ってるらしいんだよね。それで今回が十回目の祭りだからさ、十周年記念として、僕はサプライズで出ていくつもりなんだよね!」
ネレウスさんは段々と楽しそうに声量が上がり、「まつっり、まっつり」と口ずさみ始める。やっぱり精神年齢はどこか幼い-いや、認めたくないが普段の俺と変わらないかも。
「そーんな日に魔族が攻めて来そうな気がしてさ。嫌じゃん?祭りの日にどんぱちしなきゃだなんて。
だから城にあと一人は残ってもらおうかと思ってね」
そう言ってネレウスさんは一人を指さす。
「君にお願いしたい」
それは俺だった。
「お、俺ですか!?」
困惑する俺にポンッと肩に手を置く。
「兄ちゃんからも聞いた。僕は君の力を信用している。だからお願いするんだ」
そして俺を尻目にネレウスさんは他の三人を振り分けていく。
俺一人!?たった一人!?
「まぁでも流石に君一人という訳には行かない。祭りも見て回りたいだろうし、そもそも民兵隊でも王国軍騎士団でも無い君を拘束するのは本意じゃないから、他の三人にも交代でお願いするつもりだよ。三人はそれ以外の時間は悪いんだけど、他の五大推進円柱の警護についてほしい」
「「了解した」」
他の三人は慣れているのか、飲み込みが早い。
「一応自分を出してはおくけど、そこまで力は無いから宛にしないでくれ」
その言葉にサンライズさんは顔を引き攣らせる。
「そこまでの、力は無い⋯⋯?」
「?うん、そうだよ?」
何かを察してか、サンライズさんはくるりと身を翻した。
「フッ⋯⋯全く恐れ入る」
そう残すと、扉へと歩きだす。
「時間はまた追って連絡するよ!兄ちゃんお願い!」
その応えにグッと親指を立てると、サンライズさんは部屋を出ていく。
それに続くようにライドも「俺も、では」とそそくさと部屋から出ていった。
「では私もそろそろ」
「あぁ。君にも期待しているよ」
ルミナスは頷くと、杖を振るってワープゲートを作成。そこから抜けて部屋から消える。
「⋯⋯驚いた。本当に反応が部屋から消えた」
「勇者だとしても、ワープゲートって言うのは無理なんですか?」
俺の問いにネレウスさんは笑った。
「勿論。勇者だからって万能じゃないからね」
だけど何処か寂しそうにも見えた。
「じゃあ俺も、そろそろ行きますね」
「待って」
部屋を出ていこうとする手を後ろから掴まれる。
振り返れば、さっきまでのおちゃらけた雰囲気はなく、真剣な眼差しで見やるネレウスさん。
「いいかい?ぜーったいにサプライズだから、誰にも僕の事言っちゃ駄目だからね?」
そしてズイッと近づいてそう言った。
「えぇ?はい」
「⋯⋯君の彼女にもだよ?」
「うぐっ!?」
チラりと頭に浮かんだ思考が読まれたような奇妙な感覚。図星を突かれて思わず視線を逸らすと、更にズイッと顔を寄せられた。
「君が言わないって信じてる」
「は⋯⋯はぁ」
俺は思わず離れようとするも、力強く引っ張られてそれを許さない。
ネレウスさんは俺の耳元に口を運ぶ。
それがくすぐったくて煩わしい。
「暫く⋯⋯ジッとして」
ふと、ネレウスさんは辺りを警戒するように見渡して、何かのタイミングを見計らってかまた近づいて-言った。
「もう一つ君にお願いしたい事があるんだ」と。