第三章 第二十一話「誰が為に-」
早朝に巫女に振られた所を天から指摘される。
ロリコン、と何度も言われて、昔の事を思い出して怒ってしまう勇人。
「妹がいたんだ⋯⋯決してロリコンにはならない」
ならどうして巫女に振られた理由を聞けば、面白くなさそうに呟いて食事を終えると、先に食堂を出ていった。
コンコン。
自部屋にて着替えていると、丁度のタイミングでノックがかかる。
「ユウト様。そろそろお時間となります」
昨日から俺に付いた専属侍女の声。
「はーい」と答えて、姿見で最終の整えを行い部屋を後にする。
「では、付いてきてください」
俺は侍女の数歩後ろを歩きだす。
歩き始めると、ふとした違和感に気がつく。
昨日は少し歩けば人と出くわしたというのに、今は誰とも会わない。
だからかコツコツと鳴らす二人の足音が妙に大きく城内に響いてならない。
異常に喉が乾きを覚えて、普段気にならないのに手足を同時に出していないか心配になる。
「大丈夫ですか?」
「はひっ!?」
立ち止まり振り返る侍女に思わずビクッと肩を震わす。
「⋯⋯そんなに緊張されますか?」
小首を傾げる侍女は「ふふっ」と小さく笑った。
「大丈夫ですよ。サンライズさんは真面目を絵に書いたような人。怖い人ではありませんよ」
「えっ⋯⋯あぁ、サンライズさんじゃなくて-」
「おはようユウト君」
ポンっと肩を叩かれると、サンライズさんが現れる。
「おはようございます、サンライズ王」
「私は王代理に過ぎない」
すぐさま頭を下げる侍女に笑顔で手を振ると、「ここからは私が案内する」と下がらせる。
するとサンライズさんは顔をこちらに寄せるとボソリと口を開く。
「ネレウスの復活は一部の人しか知らない秘密なんだ」
そう「しーっ」と口元に指を立てるのを見て静かに頷いた。
「ついてきてくれ」
歩き始めると、サンライズさんは話を振ってくる。
「聞いてるよ。壮大に振られたらしいな」
ぐっ⋯⋯その伝え方は絶対に天だな。
「天から聞いたんですよね?」
「あぁ。ひどく笑っていたがね」
あいつ⋯⋯半分嘘をついたけど、凹んだのは本当なんだからな。
「どうした?君はそんな事じゃ一々くよくよしないと思っていたが」
気にかけるように後ろを見やるサンライズさんと目が合う。
「人に言うほどでは無いですが、我が強いのは否定しないです」
「ははっ、約二ヶ月、ほとんど君たちと行動を共にして、それはヒシヒシと伝わってきた」
サンライズさんは遠い目をしながら棒を握る素振りをして、思いにふけるようにその手を振り回す。
「最初はライド。次にヴィスに挑んだと思えば、最終的に私との手合わせをお願いされた時はびっくりした。なんせボッコボコにされたまま来たりしたからな」
「⋯⋯わざわざ言わないで下さいよ」
駄目だ恥ずかしい。
あの時のいきがって挑んでいた自分が恥ずかしい⋯⋯いや、今も変わらない気がする。
チラりと何度も見やるサンライズさんの視線から、逃げるように顔を逸らした。
「確かに魔竜グランドを倒した直後は有頂天だった。あれだけ人から賞賛を貰えれば調子に乗ってしまうのも分かる。だけどどこか焦っているように見えてね」
ふと足を止めると、サンライズさんは振り返った。
「君はどうしてそこまで強く⋯⋯人の役に立とうとする」
サンライズさんの瞳は真っ直ぐこちらを射抜く。
それは鋭くも、こちらの意を汲まんとする温かみを感じた。
サンライズさんの目は本物だ。嘘はつけない。
というか嘘はつきたくない。
でも⋯⋯。
こちらの意を察したのか、サンライズさんはくるりと身を翻す。
「すまない、言いたくない事を聞いてしまったようだ」
そう言ってまた歩きだした。
「⋯⋯妹がいたんですよ⋯⋯もう居ないんですけど」
喉が詰まる感覚に呼吸が苦しい。
遠ざけて蓋をしていた過去が開くような、思い出すだけで、足元がふらつきを覚えるような不安定な感覚に吐き気を催す。
それでも絞りだすように声を洩らす。
ピタりと、サンライズさんは足を止めた。
「妹、の⋯⋯為に、俺は⋯⋯強くならなきゃいけない」
最後まで聞き終えると振り返るサンライズさん。
ゆっくりと振り向いて目が合った途端、優しく微笑んだ。
-俺は一体、どんな”表情”をしているのだろう。
「そうか。それが君の”強さの一端”なんだね」
そして歩いてくるとポンッと両肩を叩いた。
「君は強くなった。魔竜グランドを倒した時よりもずっと。そしてこれからも強くなる」
それはあの夜、天を連れて逃げようとした時に投げ掛けてくれた言葉だ。
半分は本当に民兵隊が戦えない状態、動けたのは俺だけだからって理由もあるかもしれない。
それでもその言葉は、今も俺の力となって強くなる糧となって血潮として生きている。
「これからも、期待しているよ」
その屈託のない笑顔に俺はひっぱられて自然と声を発していた。
「⋯⋯はいっ!ありがとうございます!」
「よしっ、じゃあ-入ろうか」
サンライズさんは、目の前にある重厚な扉に手を掛けた。