第三章 第二十話「朝の悶々とした食事」
早朝。
巫女-少女ルミナスは、ここ二年しか記憶がないのだと語る。
その背景は巫女という光の姿だけではなく、魔女や化け物だと蔑まれていた闇の過去もある。
私には記憶が無い。
私はどうして生きているのか。
そんな問いに答えを出す為にも、ルミナスは心が行きたがっている天界を目指す。
-数時間後。
俺と天は部屋に来たそれぞれの従者に連れられて食堂へ足を運んでいた。
「⋯⋯はぁ」
俺は綺麗な皿に盛られた転がったじゃがいもをフォークで刺せずに苦戦していた。
「なーにため息ついてんの」
数十人は座れるだろう長いテーブル、向かい合わせで食べる天は哀れみの目を向けていた。
「いやぁ⋯⋯別に」
「そう」
天はすぐに自分の食事に意識を戻す。
ようやくじゃがいもを食べるも、次は肉が上手く切れない。
近くには俺達の食事を見守る従者が数人。
俺だけじゃないはずと、自分を失態を隠すように天の手元を見やる。
しかし、予想を裏切るように天はナイフとフォークを上手く使って優雅に食事をしていた。
食事の最中、従者とも上手く連携してナイフやフォークを交換してもらっている。
「ありがとう」
天のグラスを揺すって口をつける姿はさながら貴族のようにも思えた。
その時、飲む為に顔を上げた天と目が合う。
ハッとして視線を逸らすも、「ふふっ」と天は愉しそうな声をもらした。
「⋯⋯てっ、手馴れてるな」
ここで何も言い返せなかったら駄目だと言う思いから、俺は徐ろに言葉をひねり出す。
「本当に小さい頃だけど、こういうのしょっちゅうあったから、大体の作法は分かってるの」
「ふーん⋯⋯」
そういえば天のご家庭は結構裕福な家庭だったな。
なら貴族のように見えても間違いはない。
俺は自分の食事に集中する。
「知ってるよ?あんたが元気ない理由」
唐突な発言に顔を上げれば、天はこちらも見ずに話を続ける。
「やっぱりあんたロリコンだよね」
早朝、少女-ルミナスとのやり取りを見ていたのだろう。
「間違ってはいないけどロリコンじゃ-」
「あ~あぁ。アサガナではフウカちゃんと仲良くやってたし、シークリフで仲直りしてから結構一緒に居たよね?」
「うっ⋯⋯それは気が合うってのが主で-」
「そーれーにー、マフィンさんとも夜な夜なBARに行ってたじゃない」
「それは、ライドに誘われて⋯⋯」
「ふぅーん」
天のジトーっとした冷めきった視線が突き刺す。
思えば思うほど、冷や汗が全身から噴き出る。
あれ?確かに身体の小さな人と居ることが多い?
「どーせ今回はその子に振られたとかなんかでしょ?これだからロリコンは」
「だから違うって!」
否定する俺を無視して天は更に続ける。
「はぁ、数人の小さい子を侍らすに飽き足らず、新しい子に手を出すなんて、とんだロリコンキングだよね」
-ダンッ。
気が付けば俺は、拳を机に振り下ろしていた。
しまった。過去の事に触れられたからって、思考の前に抑えられないのは悪い癖だ。
「ロリコンじゃねぇ⋯⋯あんまり言わないでくれ」
ハッとなにかに気が付いた天は思わず顔を伏せた。
「ごめん⋯⋯妹が居たんだったね」
「あぁ⋯⋯」
だから俺は絶対にロリコンにはならない。
ゴホンと、仕切り直すようにわざとらしく咳込む。
「あの子の期待に添えなかったから、ちょっと凹んでいただけだ」
「えっ⋯⋯それだけ」
「悪いか?」
次の瞬間には天は笑っていた。
俺の力はサンライズさんと二人の秘密であり、むやみに人に言えば悪用される可能性があるから。
天にも詳細を話せないのはキツいが、これも何処から漏れるか分からない情報漏洩を防ぐ為だ。
⋯⋯と言っても、ルミナスから「あ、これやっぱり違う」とすぐに帰られたのは堪えたがな。
「まぁいいわ。で?今日はどうするの?」
「うーん、俺ちょっと呼ばれているんだよなぁ」
その言葉に「また?」と明らかに不機嫌な顔を見せる。
「またサンライズさんでしょ?」
「今回はサンライズさんじゃないんだけど⋯⋯」
「はぁ⋯⋯わかった。私はフウカちゃんの容態確認してから王都を見て回るから。じゃっ」
天はさっきまでの優雅な食事から一変、口いっぱいに頬張って食べ切ると、さっさと食堂を出ていく。
あれは相当怒っているなぁ。
「天にはごめんだけど、今日はお願いするよ」
そう独り言を呟いて、俺も食事を終える。
時間まで、まだ数時間ある。
筋トレでもして、朝風呂と身なりを整えておくか。