第三章 第十九話「静謐の女神ルミナス」
空間を司る巫女に武器を使ってくれとせがまれる主人公。
日が落ちており、明日にすることを約束する。
眠れない中、新たな情報飛び交う疲れが押し寄せて、主人公は眠りについた。
ふと、のそっと何かが身体に乗っている重みに目を覚ます。
まだ朝は遠く、薄暗くてなにも分からない中、俺は乗っているものに手を伸ばす。
-むにっ。
なんだか柔らかな感触が手に触れた。
掴めばぐいっと伸びて、まるで小さな餅みたいだ。
寄せるように引っ張ってみれば、夜目が効いた瞳が昨日の少女を捉える。
「あ、あんまひあそはないてくらはい⋯⋯」
「どうやって入ったんだよ」
頬を引っ張られたまま少女が指さすのは壁、隣には天の部屋がある方だ。
確か窓から出たテラスが繋がっていたはず。
「つまり窓を伝ってやって来たってことか」
しかし少女は首を横に振る。
返事変わりと取り出すのは樫の木で造られた杖。頭には光沢を放つ赤い宝石があしらってあった。
徐ろにそれを振ると、ブゥンと鈍い音と共に何かがそこに浮かんだ。
乗っかっている少女を降ろして電気を付ければ、それは鮮明に視界に捉える。
そこには小さめな黒い空間が渦巻いて空中に浮かんでいた。
「なんだこれ」
少女を見ると、ニマニマと笑っているだけ。
恐る恐る近づいていけば、その黒い空間に薄らと何処かの景色が見えた。
「-えいっ!」
少女の声が聞こえたとほぼ同時、後ろから突き飛ばされて、思わず指先が黒い空間に触れる。
刹那、ギュンと凄まじい吸引力で身体を呑み込み、気づいた時には全く違う場所に投げ出されていた。
「あ-」
短い悲鳴を上げつつ、迫る地面。
あわやというところで転がって衝撃を抑える。
おかげでダメージは無かったが、見上げれば少し離れた所で部屋で見たのと同じ空間があった。
「あれは⋯⋯ワープゲート?」
読んできた膨大なラノベにより難なく状況を察する。
ラノベの異世界でも上位に扱われる、稀な高位魔法なんじゃないか?
と思ったのもつかの間、次に何かが現れて飛び出す。
「とおっ-」
それが少女だと理解した時には遅く、その小さなお尻が顔面を捉えて後頭部を強く地面に打ちつける。
「うぉおおおっ⋯⋯痛てぇ」
少女は「あわわっ」と顔面から跳ね起きると、こちらを見て「てへっ」とかわい子ぶる。
ちくしょうっ、こいつ何十年も生きているんだろ?
その舌を突き出してコンッと頭を小突く仕草に、殺気を覚える。
「ごめんごめん、ちょっと展開する位置ズレちゃった」
「昨日と口調が違うじゃねぇか!」
昨日はまるで淑女のようにおしとやかな女性の印象だったが、
「昨日は二人の王、それも水の勇者と元グラディウスの前だったからよ」
と悪びれる様子もない。
やはり盗みを働いた時が本来の姿なのだろう。
「なーにが巫女って呼んでねだよ。やっぱりただの少女-クソガキじゃねぇか!」
「あぁ!言った!女の子に言っちゃいけない事言った!」
「何十年も生きてるんじゃねぇのかよ!」
プーっと頬を膨らませる少女は純粋そのもの。だが何十年も生きてる、思考も性格も成熟しきった女性なのだと聞いている。
「うーん⋯⋯そのはず、なんだけどね」
少女は含みのある言い方をして歩き出したかと思えば、くるりと振り返って口を開いた。
「⋯⋯記憶ないんだ」
そう言った少女の顔は、寂しそうな笑顔を作る。
「記憶、がない?」
聞き返すと少女はこくりと頷いて話し出す。
「⋯⋯直近で二年くらいかな、ちょうど光の勇者と出会ったくらいからしか記憶がなくて、それ以上後の事を覚えていないの」
少女は寂しそうに語ると、こちらに向かって歩き出す。
「記憶は無くても私を見た人々の反応は様々。中でも”空間を司る巫女”と呼ばれていたから、それにしたわ。どうやら魔素を取り除いて、魔物に対抗していたそうだから」
そして、少女は目の前で止まると、その大きく開かれた金色の瞳を真っ直ぐこちらに向ける。
「-私の名前はルミナス。覚えているのはそれだけ」
「ルミナス⋯⋯」
ヴィランダさんから聞いた。確か、陽光の女神ダウナの双子の-
「そう。妹の静謐の女神と同じ」
俺の思考を読み取るように少女-ルミナスは答える。
少女の背後にはまだ、月-”静謐”が薄明の世界を彩っていた。
「どうしてその名前なの?とか思ったけど、間違いないって、それだけは断言できる」
少女は決意めいたようにグッと力を込める。
「お前⋯⋯その瞳の色」
「ん、あぁ。これは-」
少女は目に指を押し込むと何かを取り出す。それはカラコンのようだった。
「へへっ、びっくりした?だよね、昨日は茶色だったのにって。夜とか早朝はこんな感じなんだ」
コロコロと変わる少女の口調に俺は「あぁ」としか答えられない。
ネレウスさんも、魔力を使う際には金色の瞳へと変わっていた。
「ってことは、勇-」
「違う違う!あーもう、そう言うのが多かったから付けてるの!そもそも勇者にはどこかしらに痣が入ってるて言うじゃない。光の勇者にだって肩に閃光のような眩い痣があったし、私には無いから断じて違うからね!」
はーはーと息を切らす少女は、これまでどれだけ言われてきたのだろうか。
「肩に痣か⋯⋯」
俺の読み込んでいるALIVEの主人公も同じ場所に痣があったな-ってか、目の前の少女はまだ地団駄踏んでるし。
「トードーが変な事聞いてくるから、口調変わっちゃったじゃん!」
「そんなの知らねぇよ!そんな簡単に口調変わることあるのかよ」
「だってッ⋯⋯ここ二年くらいしか記憶に無いし」
少女は何かを思い出したように表情を曇らせる。
「⋯⋯ある時は魔女。何百年前から存在していた人ならざる者なんて言われたりして、どうしたらいいの⋯⋯」
その声は段々と小さくなり、涙を纏うように震える。
察するに昔に会った人から色々と言われ、迫害を受けたりもしたのだろう。
口調も他者からの情報を頼りに、過去の自分を真似るように寄せようと奔走しているのだろう。
「⋯⋯悪かったよ。ごめん、思ったように接してくれ」
そう言うと、「ほんと?」と涙に濡れた顔を上げる。
「あぁ。俺にならどう話してくれても構わねぇよ」
少女はこちらを見つめたまま固まっていたが、暫くしてクシャッとさせると「えへへ」と頬が緩む。
「ありがとう、トードー!」
そして後ろ手を組んで屈託のない笑顔を見せる。
見た目も相まってか、その方が違和感がない。
「で、でっ!ほらほら見せて見せて!」
少女-ルミナスはネックレスを指さす。
「あ、いや-まだサンライズさんに何にも言ってないしな」
「そのことなら大丈夫!」
グッと立てる親指を後方に向ける。その指を先を見やれば、城前に一人佇んでいる人物が見える。
もしやと目を凝らせば、こちらにグッと親指を立てたサンライズさんがいた。
「すげぇな⋯⋯まだ日の出前だぞ」
辺りはまだまだ日が無ければ闇が広がる世界。
いくら海上から十キロと言えど、普通に夜は暗いし朝も薄暗いのだ。
「ここに戻っても、いつもこんな時間に起きているのか」
シークリフでも、誰よりも早く起きて仕事をこなしていたサンライズさん。
まさかこの王都でも早起きとは、恐れ入る。
「さぁさぁやろうよ!」
下では俺の裾を引っ張る無邪気な子供が一人。こっちが本来の-今のルミナスの姿なのだろう。
「なら許可も得ている事だし-やるかぁ!」