第三章 第十七話「盗人の少女」
運ばれた勇人はすぐさま治療を施される。
苦い顔をする”回復術師”に違和感を覚えつつも、心配で探していた天も見舞いにきて、事故で包帯が取れてしまう。
それを見た”回復術師”は驚いて叫んだ。
窓に映る自分の頬は、殆ど回復していた。
数分後、先ほどの女性は初老の男を引き連れて部屋に戻ってくる。
「すみませんが、顔を見せてください」
男の声に頷き顔を突き出すと、男は覗き込むようにまじまじと見る。
「ど、どうですか⋯⋯?」
女性は不安を隠しきれずに声を震わせている。
男は最後に一度だけ目を細めると、小首を縦に振って離れた。
「ふむ⋯⋯間違いなく完治している。やるじゃないか!」
男は女性の肩をポンっと触れてにこやかな笑顔を見せる。
しかし女性は相変わらずの反応で、
「いやいや!私が見た時にはまだ皮膚すら作られてなかったんですって!」
と喚き立てる。
「そうは言うが、頬を元に戻したのは君のおかげだ。ねぇ?」
そういって男は天を見やる。
男の声には、「君がやってくれたのかい?」と言ったニュアンスが含まれていた。
天が横に首を振ると、嬉しそうに女性の肩を叩いて顔を寄せた。
「やはり君の力だ。これならば”銀証”から”金”へとなれるだろう」
「!私がッ⋯⋯そんな恐れ多いです!」
女性は狼狽するも、その手を男はギュッと握る。
「いいや、今の君ならなれる。⋯⋯もしかすると、姉をも越える逸材になるかもしれぬ」
「そんなっ⋯⋯」
女性は狼狽しながらも、頬には嬉しさが滲み出ているのが分かる。
「いいや、今のリーリィなら可能性はある。私からも進言しておこう」
「ありがとうッ⋯⋯ございます!」
女性は歓喜に一筋の涙を浮かべて頬を伝う。
「では、私はこれで。リーリィ、ほとんど完治しておるが傷に菌が入るといかん。もう一度新しい包帯を巻いてあげなさい」
「はいっ!」
男は部屋から去っていくと、女性-リーリィさんはうっきうきに救急箱から新たな包帯を巻いてくれた。
「⋯⋯はい。出来ました」
リーリィさんはまたしても優しく頭を撫でてくれた。
「よく我慢したね。偉い、偉い♪」
視界の端に映る天から強烈に睨まれた気がした。
「もう殆ど完治しているけど、少なくとも明日の朝までは安静。それまではここに居てね」
そう言い終わると、耳元にリーリィさんの口が重なり小さく呟く。
「隣の子は彼女?私のせいでちょっと妬かせちゃったかな?」
そう言って離れては、クスッと笑みをこぼすリーリィさん。
分かってるなら止めてくれ。
妬いていなくても、奴の機嫌を損ねるのは不得だ。
「じゃあまた明日見に来るね。何かあれば上にあるボタンを押してね」
そう言い終わると手を振り、次に天に向き直る。
「貴方は確か、ニカイドウミカ様ですね。サンライズ様から伺っております」
「どうも」
リーリィさんは笑顔で対応するが、対象的に天は何処か膨れているようにぶっきらぼうに応える。
「部屋はここから中央通りの真ん中の階段を上がって三階にありますので、ご案内致しますね」
リーリィさんは天の態度を意に介さず、淡々と業務を遂行する。
「もう行かなきゃダメなの?」
「はい。本来トウドウユウト様は面会謝絶の状態。殆ど治りかけているといえど、何があるか分かりませんから」
「ふーん⋯⋯わかった」
天は少し考え込むように俯いていたが、そっとベットから立ち上がると「んじゃ」とそそくさと部屋を出ていく。
その後に続くように、リーリィさんはぺこりと頭を下げると後と追って部屋を出ていく。
足音が遠ざかっていき、暫くして天への不満が漏れる。
「⋯⋯なんだよ、そんな冷たく出てかなくてもいいじゃねぇか」
俺は不貞腐れたように残ったしこりを吐き出す。
「は~ぁ」とベットに寝転べば、暫くして上体を起こす。
「⋯⋯寝れん」
だめだ。身体を動かさなきゃ眠気が来ない。
とはいえ安静と言われているから動けない。
ぐぅ~⋯⋯と、それに腹も減った。
そう思っていると、廊下から足音が聞こえて俺の部屋の前に立ち止まるとコンコンと叩く。
「はーい」
ガラッと開かれた扉から現れたのは、白いローブを被った男性-はすぐに脱いで「やぁ」と手を振る。
それは、昼間に助けてくれた人物-勇者であった。
「勇者っ!?」
俺が驚いたあまりに声を漏らすと、「しーっ」と口元に指を当てる。
「駄目だよそんな大声を出しちゃ。身体に触る」
そう言ってポケットからお菓子を取り出すと、俺の腹はつられるように呼応する。
「あ、やっぱりお腹空いてた?と思って-」
部屋を出るとすぐに大量の料理を運んでくる。
「じゃーん!だから今回僕が運ばせてもらったんだぁ!」
「おおおおッ!」
乗っている料理は見渡す限り肉、肉、肉ッ!
腹減りも合わさって涎がとめどなく溢れる。
「普通よりも早く回復したと聞いてさ。君くらいの歳ならこれが正解でしょ!?」
さすが勇者-よく解ってらっしゃる!
俺は配膳されるトレイが置かれる数秒間、犬のように待てをした状態となる。
「はい、どうぞ!」
もはや弾かれたように手を動かして、口に運ぶ。
うめぇ⋯⋯うめぇ!
どれもこれも食べた事がない柔らかさとジューシーさの応酬!
「そう言って食べてくれると嬉しいよ」
感涙の涙を流して食べる俺を、勇者はベットの端に腰掛けて笑う。
チラりとみる勇者は、サンライズさんと同じく高貴な服を身に纏っており、あの時にも感じた強さがオーラとなって滲み出ていた。
明らかに強い-のが、魔力を感じ取れない俺ですら分かる。
「⋯⋯今回、君くらいだからさ。こうして元気に起きているのは」
独り言のように呟いた勇者の言葉に、ピタッと手が止まる。
「もしかしてフウカも⋯⋯?」
不安げに顔を上げると、勇者も同じような顔をして悲しそうに頷いた。
「そんな中、君だけは殆ど完治したって聞いたから、つい会いたくなったんだ」
そう言って立ち上がると、勇者は頭を下げた。
「改めて礼が言いたかったんだ。-この度は、国の為に戦ってくれてありがとう」
勇者は深々と頭を下げたまま中々上げてこない。
「いや⋯⋯俺は、私情で動いていたのが殆どだし、どうか頭を上げてください」
「それでも君は、王国軍騎士団でもないのに命を懸けてくれた。ありがとう」
ふと、この光景に身に覚えがあって思いだす。
かつてサンライズさんからも、同じように言ってもらった気がする。
「やっぱり⋯⋯兄弟って似るんですね」
ハッとして勇者は嬉しそうに頬を緩めて天井を見上げる。
「兄ちゃん⋯⋯起きてからまだ会っていないな」
「自慢の弟って言ってましたよ。俺じゃなく、あいつが王になるべきなんだ、って」
「兄ちゃんがそんなこと-」
ダッダッダッダッ-。
急いで廊下を翔ける足音が聞こえたかと思えば、ガラッと乱暴に扉が開かれた。
入ってきたのはサンライズさんだった。
「ネレウスッ!」
部屋に入った瞬間、サンライズさんは勇者に飛びつくいた。
「起きたのか!起きたのか⋯⋯ああああああッ!」
「ちょっ⋯⋯兄ちゃん!他の人にバレるとマズイから!しーっだよ、しーっ!」
「すまない!すまない!お前に国の為に決断させてしまったこと⋯⋯十年間もお前の時間を奪ってしまったことを!もうそんな事はさせないッ!お前を離さない!」
勇者-ネレウスさんの静止も聞かず、サンライズさんは嬉しさが爆発したように強く、もう離れてしまはないように強く抱きしめた。
「兄ちゃん⋯⋯」
「あの~⋯⋯」
ふと、遮るように扉から少女の声が聞こえる。
「入っても⋯⋯良いですか?」
サンライズさんはハッとしてネレウスさんから距離を取り平静を装う。
「あ、あぁ⋯⋯大丈夫です。入って下さい」
そうして扉から入ってきた人物。
おずおずと腰を低くして入ってきた少女は、その控えめな性格とは裏腹に、明るい赤と金が入り交じった髪をしていた。
「船以来⋯⋯ですね」
そう口を紡いで上目遣いでこちらを見やる少女に、見に覚えは無い。
「えっと、どらちさま?」
困惑する俺に少女は何かを被る仕草を見せる。それと同時に、腰から「これ⋯⋯」と小さな剣がついたネックレス-”巨人の大剣”だった。
「あぁッ!お前が-ッ!」
しかしサンライズさんから「待ってくれ」と制される。
「ぐっ-ッ!」
もしあの時”巨人の大剣”があれば、少しは俺以外にも起きている人がいたかもしれないんだ。
こいつが奪ってさえいなければッ!
「ご、ごめんなさいっ!」
しかし少女は弱々しく頭を下げて謝罪する。
「⋯⋯落ち着け。君の言い分はよく分かる。だが、それは傲慢な答えだ⋯⋯こんな事言うのは申し訳ないが、仮に手にあったとしても、結果はあまり変わらなかっただろう」
「っ!でも-」
「まーまー!とりあえず僕が駆けつけてどうにかなったんだし、結果オーライだって!」
ネレウスさんも俺を宥めに入ってくる。
「ごめんなさぁい⋯⋯」
少女はもう涙を浮かべて口をわなわなと震わせていた。
そうなってはカッカするのは違う気がする。
「⋯⋯もう済んだ話だし、いいよ」
俺も大人気ない。少しは大人になろう。
サンライズさんは気を見計らって少女を紹介する。
「この方はアクアシア大陸より遙か上の大陸-暗黒世界と言われるダークネシアからやってきた、空間を司る巫女だ」