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第三章 第十六話「顔面損傷」

現れた勇者-ネレウス・アクアシアは、魔族二人を相手に余裕の表情を見せる。

魔族ヤバウの圧倒的な攻撃を前にバリア等を駆使して受けきり、倒したと錯覚されるほど精度の高い自分と同じ生命体を生み出し、隙を伺って仕留めた。

王国軍騎士団数十名を含めた連中ですら手も足も出なかった魔族二体を、たった数分で片付けてしまったのだ。

次に開いた男の瞳の色は、最初と同じく淡い水色へと戻っていた。


「⋯⋯-ハッ」


圧倒的な安心感が、緊迫した身体を解して力が抜ける。

そのせいか、緩んだ身体から自然と涙が溢れて頬を温めた。


地面を転がるのは王国軍騎士団数十名とフウカ、そして俺。

全員が瀕死の重症を負って、死の淵に立たされている。

絶望に近い強さを誇る二人の魔族を、俺たちは止められなかった。

だが目の前の男は違った。


束になっても適わなかった魔族二人を相手に、たった数分で倒してしまったのだ。


「なんだよ⋯⋯それ」


溢れた涙でぐちゃぐちゃとなった顔を、安堵と悔しさと、畏怖で顔が歪めてしまう。


これが⋯⋯勇者の力だと言うのか。


「しまった⋯⋯木を数本破壊してしまった。父上が眠っているというのに」


勇者は残念そうに顔を伏してボヤくも、次の瞬間には俺の身体が急に宙を浮く。


「ッ!?なんだ-冷たッ!?」


腹からひんやりとした物が、優しく身体を持ち上げていた。

慌てて視界を巡らせれば、他の人も同じように浮かんでいる。


「僕の魔力。ちょっと傷に染みるかもだけど、ごめん許して!」


勇者は手を合わして全体に謝罪すると、「急ぐぞ、それー!」と駆けだして王都へと向かう。

それにつられるように水の塊は俺たちを運び、数分もしないうちに王都へと辿り着いた。

だが門とは違い、ある程度歩いた所の、何もない街の外の壁を小突く。

すると、ゆっくりと扉が横にずれて開く。


そこには他の任務から帰ってきたのだろう、待っていた王国軍騎士団の一人がこちらを見るなり狼狽した声を上げる。


「ッ!?魔族二体の報告を受けて帰ってきて見れば-何事だッ!?」


「魔族は倒した。全員負傷しているから城に居る”回復術師ヒーラー”達に頼んであげてくれ」


「しかし貴方は-⋯⋯無傷ッ!?」


いつの間にか、真っ白なローブを頭から被り直した勇者は「とにかく急いであげてくれ」とバトンタッチする。


「魔力は君に付与した。君が歩けば障害物や人を避けて進むから安心して向かえばいい」


「⋯⋯わかった。感謝する!」


王国軍騎士団は何かを悟ったように礼を言うと、すぐに中へと歩きだす。

その時、負傷した王国軍騎士団の一人が涙を流して口を開く。


「⋯⋯ありがとうございます。ゆう-」


しかし、言い終わる前に男は「しーっ」と口元に指を立てた。


「さっ!行ってあげてくれ!」


勇者の声に男は頷くと、再び歩きだした。俺たちの乗った水球は同じようにつられた。

そこからは早かった。


中で待っていた数十人の”回復術師ヒーラー”に重症な者から手当てを施される。

数が多かったが為に基本、雑魚寝のような場所に運ばれたが、酷い者は隔離されるように連れられていた。


もちろん俺も例外ではなく、頬が溶けてぐちゅぐちゅとなっていたので一人部屋に通された。

そしてすぐ回復を施されたが、パニックにならないよう目の前の女性は笑って対応してくれた。


だけど、一瞬だけ苦い顔をしたように見えたのは、気のせいだろうか。




「⋯⋯はい。これで終わり」


何時間とやってくれたのだろうか。

陽光ダヴナ”は完全に落ちて、真っ暗闇な世界が窓から覗いていた。

そこに反射する顔は、傷を塞ぐようにぐるぐると包帯が巻かれて顔だけミイラとなっていた。

随分と滑稽な格好だが、痛みは完全に無くなっていた。


女性は「ふぅ」と短く息を漏らすと、「よく頑張ったね」と優しく頭を撫でてくれた。

回復を繰り返し行っていたからか、女性は全身から大量の汗を流して息もまだ整う気配は無い。

それでも俺を気遣うように笑顔を崩さない。


「うん⋯⋯大丈夫。大丈夫」


そう言って撫でる手には、願望に似た何かを孕んでいるようにも思えた。

ただ、優しい彼女のおかげで俺は本当に落ち着きを取り戻していた。


俺は甘えるように頭を差し出し、目を閉じる。


暖かく心地よい空間-そのせいか俺は身体すら委ねてしまっていたのだろう。ふと「みず⋯⋯」と声を漏らしてしまった。

あ、やべと思った時には遅く、女性は一瞬キョトンとした表情を見せるも、「はぁーい」とテーブルに乗っていたコップの水を口元に運んでくれる。死ぬほど恥ずかしい。


水に口を付けると、火照った感情を誤魔化すように全て飲み干す。それでも熱はまだ治まらない。


「あれ?もしかして足りない⋯⋯?」


小首をこくりとだけ動かせば「ちょっと待ててね⋯⋯」と女性は部屋を出ていく。


「はぁ~⋯⋯やったまったぁー⋯⋯」


俺は膝を立てて布団に寄せると顔を覆い隠す。

水はもう要らなかったが、一緒の部屋に居るのが気まづい。というか恥ずかしくて席を外してもらいたかった。

刹那、ガララッと開け放たれる扉に俺はビクンッ!と身体を震わして布団をギュッと握る。


「⋯⋯何やってんのあんた」


その声にそーっと目元までを出すと、そこに居たのは息を切らした天の姿だった。


「あんた達が門の方まで走っていくのが見えたからもしかしたら-って。でも他の人に外は危ないって止めれて⋯⋯何時間も帰ってこないから走り回っていたら、ここにいるってライド君に言われて来たんだよ」


「ライド⋯⋯」


そうか。下に落ちずに生きていたのか。良かった。


「心配したんだよ」


「あ、あぁ⋯⋯それはごめ-」


だが言い終わる前に天はズイッと近くに顔を寄越す。


「えっ⋯⋯あの、近いんだけど」


ゴッと、天の額と俺の額が触れ合う。


「心配したんだからね⋯⋯」


その声は僅かながらに震えていた。見上げれば、今にも泣き出しそうな顔がそこにはあった。


「⋯⋯ごめん」


俺はゆっくりと布団から手を覗かせて天の顔に触れる。

天の顔は一瞬だけ、くしゃっとなったのが印象的だった。

次の瞬間には跳ね起きて「フンッ」と鼻を鳴らす。


「はっ!心配して損した!元気じゃん!」


天は腕を組んで「重症の方は別室って言われたから、本当に心配したのに!」と愚痴る。


「えっ、いやっ、その-」


「と言うか何なの!私が来てあげたっていうのに布団から顔も出さずに失礼なんじゃない?ちゃんと顔見せなさいよ」


天は興奮したようにまくし立てる。あ、いつもの調子に戻ってきてる!


「待て!今はちょっと-まずい!」


その言い方が良くなかった。


「はぁ?まずいってなにが⋯⋯まさかっ!」


何かを察したように俺の下半身に目がいく天はみるみる顔を赤らめていく。


「違う!まずいけどそうじゃない!」


いま布団を捲られたら、緩みきった俺の顔を見て間違いなく「へぇ?回復してもらった女性に可愛がってもらったんだ?きもっ」と言われかねない!正直嫌だ!そんなこと思われたくない!


「だったら何が-」


しかし抵抗虚しく、天の手は素早く俺の布団を掴むと、思いっきりひっぺがす。


「ちょ!おまっ!何やってくれてんだ!」


そのせいで、せっかく巻いてくれていた包帯が取れてしまった。


「たくっ、病室なんだぞ!暴れるなよな!」


正論含めて怒りに任せて吠えるが、天は黙ってこちらを見ていただけだった。


「⋯⋯なんだ、なんて事ないじゃん」


正確には俺の真横-頬を見ていた。そしてため息。


「ほとんどぐるぐる巻きに包帯してたから、どんな怪我かと思ったけど、なんて事ないじゃん」


「⋯⋯は?」


そんなわけないだろ、とちょうど視界の端に捉えた窓に視線を移す。

それとほぼ同時に扉が勢いよく開け放たれて、先ほどの女性が入ってくる姿が窓に映る。


「大声が聞こえまして何かありまし、た⋯⋯か」


女性の声は段々とスローになり、そしてガシャンッ!と手に持っていたコップを床に落とす。


「キャアアアアアアアアッ!」


女性はパニックになりわなわなと身体を震わせると、「治ってる!奇跡!奇跡だぁ!」とわめき散らして部屋を飛び出し走り去っていく。


窓に映る俺の頬は、少し黒ずんだりと傷は残すも、ほとんど完治していたのだ。

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