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第三章 第十五話「余裕の表情」

タイマンを張る勇人だが、圧倒的な力に伏してしまう。

絶望の中、白いローブを揺らして現れたのは、昼間に出会った乞食の男。

気付いていないのは俺だけで、魔族は震えている。

その正体は、勇者であった。

「その瞳は⋯⋯⋯⋯間違いない。貴様は、本当にッ!」


ヤバウは身体から大量の汗を流して、逃れるように視線を巡らせる。すると奴はネレウスの後方を見て面食らった顔を見せる。


向けられた視線の先。追えば、先ほどのカマキリが切り掛からんとしていた。

その下、無数に切り刻まれたフウカが息も絶え絶えに横たわっていた。

だが、いつまで経ってもその刃は降ろされない。

カマキリはその体勢のまま固まっている。なにかおかしい。


⋯⋯いや、違う。


「死んでる⋯⋯」


代弁するかのように、魔族ヤバウはかろうじて聞こえる声でそう呟いた。


「あーごめんごめん。友人だったかな?でも仕方ないよねぇ。僕の友人だってボロボロ、お互い様さ」


水の勇者はにこやかに笑った。

それとほぼ同時に、カマキリは倒れて地面に吸収されていく。


「-さて、今すぐにでも国に帰らないと危ない人達が大勢いるので⋯⋯急がせてもらうよ」


ゆったりとした手つきが魔族に伸びる。

刹那、巻き起こる凄まじい土煙と衝撃が、辺りから視界を奪い、身体をその場からふき飛ばす。

身体は地面を転がり木に衝突。飛びそうになる意識の中、ようやくヤバウがその場から跳躍したのだと理解する。


「逃げないでよー!」


聴こえた勇者の声と共に、またしてもボッ!と大きな途方もない物量が近くを通り抜けて地鳴りを起こす。

その圧倒的な力は、巻き起こった土煙を跳ね除けて視界をクリアな状態に戻す。


「見つけたァ!」


勇者から放たれた水は超高圧で、何事も無いかのように木を幾つも貫通して、ヤバウの背後を捉えて抜ける。


「ゴォ⋯⋯ッ」


「おやぁ?」


しかし貫かれたヤバウの身体は影のように空間に溶け込んで掻き消える。


⋯⋯ザッ。


勇者の目の前、現れたのは漆黒に染めた身体の男-魔族ヤバウだ。


「なんの魔力も使わずして戦うとでも?」


次の瞬間、飛び出したのは三方向からの無慈悲な拳が降りそそぐ。

拳は一つ一つが風を切り、空間を裂かんばかりな斬れ味を誇りソニックブームを起こす。

それは何人たりとも生きる術はない⋯⋯一人を除いて。


「⋯⋯なんでっ、だぁッ!」


だがその渦中にいる人物、勇者にはダメージが程遠い。どころか見られなかった。


拳は全て、勇者に触れる寸前に、不可視の結界に護られているように届かない。


「君の力じゃ⋯⋯届かないよ」


だがヤバウはニタリと笑い返した。

刹那、勇者の後方に現れたもう一つの影。


「馬鹿が。俺が生み出せる影は四体なんだよ!」


取り囲むように現れたそれは、同じように拳を乱打を繰り出す。


「つまりこれが最大限⋯⋯かな?」


四方八方囲まれた勇者の姿はとうに見えない。だがその余裕な表情は、拳の連打を叩き込んでいるヤバウの顔を見ればすぐに分かった。


「調子に⋯⋯乗るなぁあああああッ!」


刹那、取り囲んだヤバウの隙間から、大量の濃緑色の液体が溢れ出す。

パリンッとまるで硝子が小さく割れる音が聞こえた瞬間、取り囲む勇者から赤い血の色と共にべちゃべちゃと、聞くに絶えない耳障りな肉片が地面に飛び散る。


「えっ⋯⋯勇者?」


間違いなくそれは致死量、人であれば形を保てないほどの量が辺りにぶち撒けられる。


⋯⋯⋯⋯死んだ?


俺は震える手を伸ばす。


「へへへっ」


ヤバウは上機嫌になりながら、全貌を確認するように数歩下がれば、こちらもはっきりと見える。


現れた勇者は、原形すら留めずにそこにいた。


上半身は吹き飛ばされて無くなり、残る下半身に纏わりついた一部の白い部分がローブと分かる。


あそこに居たのが勇者だと知らなければ、誰か見分けがつかないほど無惨な姿であった。


「そんな⋯⋯」


伸ばした手は、何かを諦めたかのように力が抜けて地面に落ちる。

俺が把握した瞬間、役目を終えたように、勇者は膝から崩れ落ちて枯葉のように地面を転がる。


「フフフ⋯⋯」


ヤバウは不気味に笑い、残った三体を自分に吸収して一人へと戻る。


「へへっ⋯⋯これで!ハハ-ごッ!」


上機嫌に笑うヤバウの背中を何かが通過する。


「ガ⋯⋯ア⋯⋯」


崩れるようにこちらを振り向くヤバウの身体は、半身がバッサリと鋭利な物で両断されたように綺麗な断面を見せていた。

削られた半身は、ボトッと地面に落ちると、早々に宿主を見捨てて分解されて地面に吸収されていく。


ヤバウは動かなくなる身体で、必死の抵抗で攻撃した方を睨みつける。

そこには誰か立っていた。


「やっぱり一人の方がやりやすいね」


立っていたのは、先ほど千を超える肉片へと変えられてしまった勇者だった。


「ダミーだよ。僕の魔力で練り上げた、ただの水のね」


その声を合図として、飛び散った肉片や血は全て水に変化して地面と同化する。


「なっ-はぁ!?」


「いやぁ~悪いね」


まるで嘲り笑うように言い放つ勇者の手には、水の塊が浮かんでいた。


「ぐぅ⋯⋯まさか、俺と、同じようなことが⋯⋯」


「ううん違うよ。君は自分よりも弱い個体を生み出すだけ。僕のは”僕そのもの”を生み出す魔力」


刹那、無慈悲に飛びだす視認不可の速度の水が、魔族ヤバウの身体を易々と穿ち、やがて大穴を開ける。


最後、脳天を撃ち抜いたと同時に身体はビクンッと大きく跳ね上がり、後ろに倒れていくと、身体は分解されていき地面へと吸収されてしまった。


「まっ、今の僕じゃ、不意打ち突かなきゃ倒せなかったから、許してくれ」


そう言って勇者は、屈託のない笑顔を見せた。

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