第十一話「お誂え向きの砂利道」
村の追手と思わしきネーチスと名乗る男。
二階堂の要望により二人でこの森からの脱出を考えるが、それは出来ないとネーチスから告げられる。
「は?」
何度目か、思わず心の声が漏れる。
「出られないってどういう事だ?」
「えぇ⋯⋯この森は通称”迷いの森”と言われてまして、入ったら最後、森により神隠しに逢うとか。先月も酔っぱらって入って行った憲兵隊の二人がまだ捜索願いを出されたまま、まだ見つかってません」
にわかに信じ難い話だ。
顎に手を置きどうしたもんかと唸っていると、後ろから強烈な視線がぶつけられて振り向くと二階堂が小さく首を横に振る。そいつは嘘をついていると。
だが勇人はあることが引っ掛かった。
どうして村の連中が俺たちを追って来なかったのか。
この森が入ったら最後、出られないって事を知っていたんじゃないか。
彼等は俺たちがまっすぐ森へと走っていくのを見てどうせ出られないからと必要以上に追わなかったかもしれない。
「分かった。よろしく頼む」
「勇人!?」
慌てて叫んで飛び出してきた二階堂。だがすぐにネーチスから身を隠すように俺を盾に縮こまる。
俺は差し出されたネーチスと握手を交わす。
ネーチスは続けて朗らかに笑って二階堂へと手を差し出すが、二階堂はそれを拒否。断られたネーチスは少し寂しそうな顔を見せる。
「では、後ろに荷馬車を停めてありますので、荷物を片付けますので暫くお待ちください」
ネーチスはちらりと二階堂に目をやるが、二階堂は顔を伏して完全拒否。寂しそうにしながらもネーチスはくるりと身を翻して来た道を戻っていく。
驚くべき事にネーチスの向かう先には草木が無くなっており、お誂え向きと言わんばかりにまるで荷馬車の為の道が存在していたのだ。
あれだけ辺りを見渡しても無かったはずなのに。暗くてよく見えてなかったか。
ともかくとりあえずはこの場を脱出する手立てが出来たわけだが。
ふと隣りの顔を伏した二階堂に視線を送る。
二階堂は不服そうな、それとも怒っているのか複雑な表情で俯いていた。
「ごめん。だけどこの森に一生居るのはな⋯⋯」
だがもう反論すら返ってこず、二階堂は黙りこくったまま反応もしない。気まづい。
俺は暗がりの森のあちこち見て暇を潰す。夜目と月光のおかげである程度は見えるけど目ぼしいものは無いので面白味はない。
しばらくガサゴソとネーチスが俺達を乗せられるよう荷馬車を整理する音だけが辺りに響く。
「⋯⋯⋯⋯とりあえず従う」
「へ?」
ボソッと呟いた言葉を聞き取れずに隣りを見やるが、二階堂は先程と同じように俯いたままこちらを見向きもしようとしなかった。
「準備が出来ましたよ〜ッ!」
おーいとこちらを呼ぶネーチスの声に「行くぞ」と声を掛けるもそれも反応無し。
「いざとなったら俺が何とかするから」
安心させる為に放った言葉。しかしそれも反応無し。
仕方なく俺が先に歩き始めると、その数歩後ろを警戒するように辺りを見回しながらついてきた。
荷馬車まで行くと、ネーチスは既に馬の手網を手にいつでも行けるように座っていた。俺は「ありがとう」と再びネーチスに御礼を言い荷台に掛けてあるハシゴを使って上がる。
「ほら」
登り切ってから二階堂に手を差し伸べるが、二階堂は「フンッ」と俺の手を振り払って自分で上がってきた。
二階堂は上がると俺に背を向ける形で座り、すぐに膝を抱えて顔を伏してしまった。
二人が座ったのを確認してネーチスが手網を振るう。
バシンッと鞭がしなって馬を叩くと、それに反応して「ヒヒーン」と声を上げて動きだす。
ひたすらに真っ直ぐに続く砂利道をゆっくりと進む荷馬車はゴトゴトと揺れ、それがお尻にダメージがあった。
「良かったら、そこにある毛布を使ってください」
腰を上げる俺達に気遣ってネーチスは毛布を指差す。
取ろうと手を伸ばすと勇人よりも先に伸びる手。二階堂は毛布を引っ掴むとそれを下に引いてそそくさと自身の身体まで覆ってしまった。
さっきまであった毛布はもうそこにはない。こいつ、二枚とも取りやがったな。
取り返そうにも既にもう片方の毛布でくるまった二階堂の意思は固いようで、手でしっかりと握られていて引き剥がせそうにもない。
せめて足だけでもと伸ばそうかと考えた直後、それを読んでいたかのようにその場で身体を横にする二階堂。おかげで俺は体育座りしか出来ぬ。
ガタガタと揺れる荷台でお尻を何度も打ち付けるが、そういうものだと諦めて俺は永遠と続きそうな砂利道を眺めた。