第三章 第十三話「魔族は怖いだろうよ」
横に現れた魔族によりライドはいきなりの離脱。
強いられた魔族との1体1。
主人公は身体が強ばる。
「そうか⋯⋯」
俺は視線を一切外すことなく、胸元にあるネックレスを掴むと思いっきり引っ張る。
刹那、磁石の留め具がバチンッと音を立てて引き放たれ-解放。
空気を切り裂かんばかりに”簡易武具ー剣”を振りほどいて魔族ヤバウへと、その切っ先を向ける。
落ち着け⋯⋯俺。
目線はヤバウに、深呼吸するように荒らげた息を整えてバクバクと激しく動く心臓を抑える。
脚は半歩下げて、即死を免れるように受け身重視の攻防一体の型を取る。
「ほぅ?少しは覚えがあるようだな」
ヤバウは面白そうに大きな手で拍手をする。
その開かれた両手は軽くながらも、バチンバチンと音は豪快に打ち鳴らす姿はもはや伝説上のビックフットを思わせる。
その音は森全体どころか、こちらの身体すら恐怖を響かせて恐怖に染める。
「おっ-」
瞬間、地面が爆ぜたかのような爆雷が起こる。
何事かと、いつの間にかヤバウが居た場所には巻き上がった草や土煙だけが残る。
それは奴が飛び出したのだと理解したときには遅かった。
視界の端に大きく膨れ上がった黒い物体。
気付けばサイドにその巨躯が現れ振り切る直前だった。
「-くそっ!」
身体をひねる暇はねぇ!
怖い-だが、やるしかない!
視界いっぱいに迫り来る奴の黒い拳は黒柱のように太い。
それに対して剣を正眼に構えて刃の向きを変える。
次の瞬間、凄まじい圧力が剣を通して全体を襲う。
「ぐっ-ッ!?」
思わず歯を食いしばり急いで流そうとするも、身体は恐怖に撫でられて硬直していた。
だめだ力むなぁッ!
強引でもいい。流す。流すことをイメージする。
引いたっていいんだ!
「おらぁあああッ!」
「おぉ!?」
俺は無理やり足を跳ね上げて飛ぶ。奴の剛腕も合わさって凄まじい勢いで後方にはじけ飛ぶ。
「ぐぅ⋯⋯っ、やってやった」
今日の船の中でも出来たんだ、やった。
だが手放しに喜んでいる暇はない。
俺の身体は森を突き抜けて、上空に踊る。
斜めに飛ばされた身体は満足に身動きも取れず、惰性に身を任せる他ない。
”王誓剣”も、”巨人の大剣”もない。やべぇ。
「ああああああああああああああああああ-ッ!」
死にたくない死にたくない!
咄嗟に手足をばたつかせるも効果はみられない。
ちくしょう!こんな事なら飛ばされた時の訓練だってやっておけば良かった!
恐ろしくなり背後を見れば、下に迫る森。
圧死?串刺し?冗談じゃない。
「やるだけやってやらぁぁあああああ!」
落下地点を、剣を手に際限なく振り回して斬り裂く覚悟を決める。
おそらく間に合わない。それでも生存の道筋がそれしかないのなら!
「きゃああああああ!」
「は?」
刹那、下から何かが突き上げてこちらに迫る。
それは確認する暇もなく俺の腹に激突する。
「ぐぉッ⋯⋯カッ⋯⋯」
飛び散りそうになる意識を何とか首を振って回避。反射的にキャッチしたそれはピンク色の髪をしていた。
「お⋯⋯フウカ、か」
「グッ⋯⋯ユートくん!?」
俺とフウカは抱きついたまま森の中へと落ちる。
「くぅッ!」
フウカは剣の先端から風を巻き起こして辺りの木を伐採。二人ともふわりと地面に柔らかく着地する。
「ごフッ⋯⋯た、助かったぁ⋯⋯」
「ユートくん大丈夫!?すごく痛そう⋯⋯」
「それは多分お前のせい」
ともあれ一瞬でやられてしまうところだった。鳩尾痛めただけで済んだならラッキーな方だ。
「あああああああっ!」
前から聞こえた断末魔にハッとして振り返ると、王国軍騎士団の一人が激しく切り裂かれた瞬間だった。
「なっ-」
そいつも、さっきの魔族と同じく真っ黒な身体。その両手は鎌状へと変化しており、まるで巨大化したカマキリのようだ。
「まさか⋯⋯冗談だろ?」
-こいつも魔族なわけじゃないよな?
下には王国軍騎士団であろう人達が伏している。
辛うじて息はあるが、全員どこかしらに裂傷を受けて、鎧を貫通して血が滴り落ちている。
聞いた話じゃ、フウカよりも強い人達⋯⋯。
「キキッ」
そのカマキリのような魔族は奇怪な声を上げて、下に伏す人達の命脈を絶たんと鎌を振り上げる。
「ユートくんはここを早く逃げてッ!」
「あっ、おい-ッ」
フウカは烈風の如き勢いで地を蹴り下の人たちと鎌の間にレイピアを滑り込ませる。
だが現状は劣勢、無数の切り傷が痛々しく血を滲ませて鎌を止めたその表情は鬼気迫るもの。
はっきり言ってキツイのが分かる。
「逃げて⋯⋯つってもよ⋯⋯」
ズン⋯⋯。
わかり易い。
俺を探しに来たその地響きはまるで死神の足音のように俺の臓腑を激しく凍らせる。
身体は無駄に強ばり、鉛になってしまいそうだ。
「⋯⋯馬鹿野郎」
そんなんじゃ逃げ切ることも、勝ち切る事すら不可能になってしまう。
一体何の為に、街シークリフで稽古つけてもらったんだよ。
ちらりと見やるとフウカは激しく切り合っている。
どちらも互いに一歩を引かず、けれども血飛沫が上がるのはフウカの方だけ。
二本の鎌を巧みに扱うカマキリに押されている。
だからといって助けにはいけない。ただ足を引っ張るだけだ。
きっと俺が視界に映ってやりにくいに違いない。
「フウカ!そっちは任せた!」
「!そっちは任せたって!?」
だがフウカは眼前の圧力に引き戻されて目の前に集中する。それでいい。
俺は俺の成すべきことをしろ。
「戦いづらいだろうからな⋯⋯」
有難いことに、一撃もらって得たのは腹の痛みのみ。それももう癒えた。
なるべくフウカ達から距離を取るように走る。
すれば向こうから見える真っ黒な巨大な影は、俺を追うように向きを変える。
「さて⋯⋯どうしよう」
増援を期待したが向こうもギリギリ。
相手はサンライズさんですら手を焼いた魔族だ。
前みたいに精神攻撃ではなさそうだが、俺一人じゃどうにもならないのは百も承知だ。
なら向こうに行かせないようにするのが精一杯か?
「⋯⋯?何弱気になっているんだ?」
勝ち切る気持ちでぶつからなきゃ時間すら稼げないだろうが。
一々弱気になる必要は無い。無駄だ。
ズンッ!
ふと近く、何かが落ちたと同時に地面を蹴り抜かんばかりに跳躍-横っ飛びに回避する。
刹那、居た場所を濃緑色の液体が飛散し辺りを溶かす。
「おいおい、いきなりご挨拶じゃねぇか」
現れた漆黒の身体の奴を見て鼻を鳴らさずにはいられなかった。
「さっきよりも素早いじゃねぇか?やるなぁ!」
奴はまた大きな口を開けて笑った。
さっきまでなら怖気に呑まれて身体が萎縮してしまっていたのに、今はなぜだが口角が上がった。
「まぁな。見えるからかな。お前遅すぎ」
ピキッ、と、奴は額に大きな筋を浮かべて怒りを顕にする。
「ガキがイキがるな。もう片方は墜落-下手したら海へ真っ逆さま。死んだかもな」
「なんだよ。もしかして二人掛かりだったら余裕だったか?」
そう煽ってやれば、奴の腕の血管がせり出してもう一回り隆起する。
なるほど。単調。挑発に乗りやすい。
かと言って油断しない。
力が足りない分頭を回せ。そして動き続けなければ-死ぬ!
「おら⋯⋯もう一度、仕切り直して-いくぜ?」