第三章 第十話「同じ白ローブ同士、仲良くしようよ」
勇人とライドを連れ回す白ローブに身を包む男。
あまりの振り回しっぷりに限界を迎えたライドが鋭く突っ込むと、男性はそそくさと立ち去った。
「はぁ⋯⋯私一人になっちゃったな」
私-天は大通りを一つ外れた路地裏に来ていた。
理由は、先ほどフウカちゃんと別れたから。
王都を案内してもらって暫くすると、急遽来てくれと王国騎士団から連絡が入った。
詳しくは言えないが、至急、王国騎士団と合流せよとのことらしい。
私の気持ちを汲んでか、せめて城まで送ろうかと言ってくれたが、フウカちゃんが呼ばれたのは真反対の方向なので遠慮した。
「あの時お願いしたら良かったかな⋯⋯」
私は遠慮した数分前の自分を恨んだ。
と言うのも、フウカちゃんと別れた私は軽いパニックに陥り、一刻も早く人通りが多い大通りから離れたいと路地裏に逃げ込んだ形となる。
正直まだ怖い。
私は綺麗な建物を背にずるずると力が抜けてしゃがみこむ。
朗らかだった街シークリフとは違い、人の性質が街アサガナと似ている気がして嫌でも思い出す。
あまり他人に興味を持たず、だからといって何かあれば騒ぎ立てる。そんなイメージが直感で伝わってくる。
苦手意識なのかもしれない。
ただそれが中々に治ってくれない。
立ち上がろうにも上手く足に力が入らない。
あれから数ヶ月経ったと言うのに、まだ私は臆病なの?
「はぁ~⋯⋯どうしてここまで明るいのよ」
私は煌々と照りつける太陽から逃れるように膝に顔を埋める。
ここは街アサガナと違い、土地が海上より十キロと高いせいで太陽が近い。たしか”陽光”って呼ばれる女神だっけ?世界を照らすとか何とか。それがこの世界でいう太陽らしい。
ただどうも私は受け入れられない。
こんな路地裏ですら薄暗くはなく、上からの降りそそぐ光が照らし出す。
まるで明るく照らすことがこの世の正義と言わんばかりに眩し過ぎるのだ。
一体何のために大通りから外れたのかと言いたくなるほどに。
「たまには陽の光が当たらない事だって、人には必要なのに」
私は誰にでもなく毒を漏らす。
この白い街と大理石のような地面が反射して眩く辺りを照らすのがうざったいと、仮にもこの世界の二大女神の一人”陽光の女神”に対して、そう思ってしまう私は罰当たりなのかな?
この王都アクアシアは、前にいた世界で言えばエーゲ海近くのサントリーニ島のような街並みだ。
一見すれば綺麗な街なんだけど、どうもそれが物理的にも、今の私の心理的にも明る過ぎる。
「⋯⋯なんで近くに居ないのよ、バカ」
こんな時にあいつが隣に居てくれればどんなに楽だろう。
先に王都に行った自分が言えたことじゃないけど。
「おぉ、同じ魔法のローブを着込んでいるとは!」
ふと、耳がそんな陽気な男の声を捉える。
勇人の声じゃない。
でもどこか不思議と包み込むような温かさを持ったその声に、思わず顔を上げる。
「こんな所で一人、どうしたのかな?」
顔は真っ黒なベールに覆われて見えない。
その男は真っ白なローブに身を包んで、「やぁ」と気さくに手を挙げて挨拶をと小首を動かす。
ズイッと顔を寄せるでもなく、不快にならない、自然と話がしやすい位置で止まっていた。
「⋯⋯あ、いえ」
私は思わず立ち上がろうとする。
しかしガクッと上手く膝に力が入らず沈む。
「おおっと」
男はそっと手だけ添えると、腰を落とし、私を最低限の力で支える。
「大丈夫?」
その所作一つ一つに嫌味などなく、この街に来て初めて上品なその対応に思わずドキッと心臓が高なったのが分かった。
「あっ、ありがとう⋯⋯ございます」
私とした事が。
頬に赤い熱を持つのを感じて手うちわで扇ぐ。
男は「もう大丈夫そうだね」と優しく言葉をかけると、そっと手を離して屈めていた腰を伸ばす。
-大きい人。
私よりも頭一つ分大きく、間違いなく身長百八十後半はありそうな背丈に、私の中の乙女な心がときめきつつあるのが分かった。
表情は魔法のローブにより見えない。
それでもこの男が、聡明な方なんだと理解できる。
「えっと⋯⋯あの⋯⋯」
何か言わなきゃ。
お礼?ううん何の?立ち上がらせてもらったこと?
それはおかしいな。
でもなにか話しかけなきゃ。
いつの間にかもじもじと私は、自分自身の感覚じゃないように相手の顔色を伺っていた。
私その男性を見上げるように。
いや、この心臓の高鳴りはまるで恋する乙女のように温かく早く脈打ち、おさまれと唱えるも返って真逆の効果を発揮する。
上目遣いでその男性を見ている私は、きっと一目惚れをしてしまったのだろう。
どうにかしてコンタクトを、嫌われないようにと必死に心が揺れ動く。
しかし、そんな想いは数秒で崩れさる。
「いやぁ~同じく魔法のローブ!しかも白!同じだね!同士同士!」
男性-いやその男は、さっきまでのイケメンの雰囲気は何処へやら、子供のように騒ぎ立てる。
「⋯⋯へ?」
「魔法のローブを着込んでいる人はいるけど、白って珍しいから嬉しいなぁ~!」
男は間髪入れずに続ける。
「白って中々に手に入らない代物で結構な金持ちか高貴な方しか着られないのに⋯⋯君も王家の誰がなのかな!?という事は誰だろう⋯⋯うーん、分からないなぁ⋯⋯-いや、当ててみせるッ!」
困惑する私をよそに、勝手に誰だクイズが始まった。
男が全く知らない人の名前を言う度に、私は「違います」と言って首を振るだけに徹した。
「あー違ったか!ならば⋯⋯」
この男が思考を凝らす度にげんなりとしてきた。
あ、これが蛙化現象ってやつ?
私のこの男がおもった人と違い、抱いていた理想像が崩れて「ハハハ」と壊れた機械のように口をガシャガシャと動かす。
⋯⋯帰ろ。
目の前の陽気な男のおかげで、なんだがもう一人で帰れる気がしてきた。
「それじゃ、私はこの辺で-⋯⋯」
「えー!待ってよ!せっかくなんだし!」
いやなんの折角なんだ。
男は回り込んで進路を塞ぐように立ちはだかる。その行為にイラッとした。
「ちょっともう私行くんで-」
「-君、すごいね」
ふと、男の発言がさっきのイケメンな雰囲気に戻ったの察して顔を上げる。
そこには、最初のイケメンの雰囲気な男が居た。
そうして男はスっとこちらに手を伸ばす。
いや騙されない騙されない。この男はさっきまで騒ぎ立ててきた変な人!
一刻も早くこの場を去らないと-!
「-や」
だけど伸ばされる手に、私はぎゅっと目を瞑りビクッと身体を震わせる。
「⋯⋯やっぱり凄いな」
-今までと違う、重みのある声。
目を開くと、男性は触れる直前で私に手をかざしていた。
「この魔法のローブを貫通して魔力を感じる⋯⋯もしかして君、相当な魔力の持ち主なんじゃない?」
「はへ?」
魔力⋯⋯。
確か魔物を構成する唯一の物質であり、勇人が「俺には無い」とさんざん悲しんで喚いていた単語。
「私に⋯⋯魔力?」
その言葉に男性はこくりと頷く。
「-良かったら、お手伝いさてくれないか?」