第三章 第九話「振り回す男」
とあるレストランに入るライドと勇人。
食べていると、支払いが出来ずに困っている男が一人。
店員との押し問答にライドは見かねて支払いをすると、男は嬉しそうに店を去っていった。
暫くして食べ終えると、俺たちは店を後にする。
すると視界の端に白い何かが見えた。
まさかと見れば、先ほど無銭飲食を図ろうとしていた白いローブの男が無邪気に手を振りこちらに駆けて来ていた。
「いやぁ~、先ほどはありがとう!助かったよ!」
こちらに着くと男は「ハハハ」と気さくに笑う。だがその表情は真っ黒なベールに包まれて見えない。
「⋯⋯魔法のローブか」
「おぉ、その通り!」
ライドの声に男はバチンッと指を鳴らす。
「そうなんだぁ。僕、諸事情があって脱げ無いんだ!」
それに関しては俺たち二人とも理解は深い。
と言うのも簡易的なローブや魔法のローブを使って顔を隠す、素性を隠す者は多い。
顔に傷があるもの,人の目が怖い等様々あるが、王都に来てまだ一,二時間程でもう何人も同じような人とすれ違っている。
現にいま天だって同じものを身に纏って顔を隠しているしな。
「そうか。で、なんか用か?」
ライドがぶっきらぼうに返すと、「それでね!」と異様にテンション高く手を叩いて間髪入れずに続ける。
「お礼にここっ、案内しようと思って!」
男は思わぬ提案をする。
「ん?なんで?」
突然の申し出にライドが返すと、「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに男はその場で回って一言。
「だって君たち、王都に来たの初めてじゃない?」
キランッ、とこちらを指さして小首を傾ける。しかもイケボで。
顔は見えないがドヤ顔しているのだと分かった。
言ってないけど「当たってるっしょ?」って言ってる気がする。
なんだろう⋯⋯この人を見てるとむず痒さを感じる。
「いや?こいつはともかく、俺は常連と言ってもいいくらい知ってるぞ」
「ガビーン」
男はピタッと止まり膝から崩れ落ちる。
顔は見えないが灰色に染まっているのだろう。
「礼とかいいから、んじゃ」
「あぁあああああっ!お願いし”ま”す”ぅぅぅううう!」
離れていこうとするライドの手を両手で掴んで泣き喚く。
「なんでも”し”ま”す”か”ら”ぁああああああっ!」
「ちょいちょい、おいっ!」
辺りにはたくさんの人の往来し、この光景に皆が足を止めてこちらを見ている。
「あの人、跪かされて可哀想」
「あんな高貴そうな人に何をしたっていうの?」
ひそひそとする人が増えてきた。
「あーーッ、もう分かったから!お願いするよ!」
未だにぴえぴえと子供のように喚く男に根負けして、ライドはお手上げと叫ぶ。
「おいおい、良かったのか?」
「こんなに人に見られているんだからしょうがねぇだろ!」
職業柄、ライドは注目を集めたくないらしい。
場所的にも断りにくいし、誤解を解くにも、男の意見を呑んだと叫ぶのが一番と判断したのか。
その言葉を聞いて男はパッと手を離すと「わぁあああっ!」と喜びに軽やかなステップを見せる。
「ありがとう!なら、案内するね!」
グッと親指を立てて「こっちだ!」と男は駆けていく。
俺たちは仕方なくついて行く。
それが良くなかった。
まさか散々振り回される事になるとは。
男はとにかく落ち着きがなく、はしゃぎたくっていた。
「あ、ここまだ残ってるのすごーーーい!」
そして人目も気にすること無く大きな声で叫ぶ叫ぶ。
「おい、そんな大きな声出すなよ」
いくらライドが言っても、男は「あぁ、ごめんごめん。つい」と言って数歩歩いたらまた騒ぐ。
さっき思ったむず痒さとは何かはっきりした。共感性羞恥ってやつだ。
「⋯⋯ライド、逃げた方がいいんじゃね?」
隣に呆然と立ち尽くすライドを小突く。
「バカか。さっきやったらあっさり追いつかれたじゃねぇか」
この話だってするのは四回目。三回目の逃走は走ったが「待ってよー!」と男は叫びながら易々と追いついて捕まえてきた。
だから付かず離れずの距離を保っているのだが。
「あーーっ!ここも店変わってるーーー!」
「⋯⋯」
もはやこの男の行きたい所に変わってね?
男は人の往来も憚らず、店の硝子に額を擦り付けて中を確認する。
おかげで中にいる店員や客は困惑していい迷惑だ。
「十年前はヌーリのパン屋があったのに、今は誰が店やっているんだ?」
そんな事も関係ないと言わんばかりに男は中を見渡すのを止めない。
「こらー!そんな事してもらったら困るよ!」
見かねて店員の一人が店内から現れて男に近寄っていく。
「!ヌーリっ!」
しかし店員が詰め寄るや否や男は顔を上げると、そう言って店員に抱きついた。
「あぁ、久しぶり久しぶり!ヌーリ!ヌーリィ!」
「ちょっと!?困りますっ、お客さんッ!」
困惑する店員をよそに、男は「久しぶり⋯⋯」と名残惜しそうにこぼして離れる。
「ヌーリ⋯⋯少し老けたね。十年ぶりだからそうだよね」
「誰ですかあなたはっ!?」
うん。まぁ、魔法のローブ被ってたら分からないわな。
だがそれでも男は何度も名前を呼んで涙ぐんでいるのか声が震えている。
「ちょっと⋯⋯せめて魔法のローブを脱いでもらわなきゃ分かりません!」
「うん。それは出来ない」
男のきっぱりとした言い分に、「舐めてるのか!」と怒りながら店員は店の中へと戻っていく。
「うんうん。昔っから変わらないなぁ⋯⋯ヌーリは」
それでも男は店員の背中を見送りながらしみじみと言葉をこぼした。
「さっ、次行こう!」
そうして連れられるように王都を練り歩いた。
だがやはり、行きたい場所は男に選定されて、それに付き合わされる形となる。
ま、それでも知った土地じゃないから初めての事ばかりなんだけど、可哀想なのはライドだ。
段々と表情が無くなっていってる。どうやら彼も案内したい場所があったようだ。
「~♪」
そんな事は露知らず、男は俺とライドの手を引っ張るようにして歩く。
人の注目を集めて恥ずかしいからやめて欲しいのだが、男はそれを意に返さない。
⋯⋯やっぱりデカイな。
身長百八十くらいかと思ったが、それよりも大きいのは並んで分かった。
だからこそ、その子供っぽいところが余計に目立ってちぐはぐに感じる。
ふと顔を伺おうにも、魔法のローブがそれを許さない。
そうは言ってもさっき会った人だ。何らかの事情があるからローブをしているわけで、踏み込んだ事は聞けない。
「⋯⋯おい」
「ん?」
ライドの低く絞り出されたような声に一同立ち止まる。
「いつまでお前のお守りをしなきゃならねぇんだ」
ライドは我慢の限界だったのだろう。男に強烈な視線を突きつける。
「あ~⋯⋯⋯⋯ごめん。やっぱり一人で舞い上がっちゃった」
その声はしおらしく、ライドの視線から逃れるとパッと手を離した。
「さっきから案内するって言う割には、お前も知らない事が多い」
ギクッ、と男は誰が見ても分かり易いリアクションを見せる。
「そもそもなんだ?十年振り十年振りって。店の中で見せた徽章だってあれは-」
「あーーーわーわーわーーー忘れてくれぇぇええええええええええええっ!」
男は半狂乱になりながら叫び散らすと、あっという間に何処かに走り去ってしまった。
本当に一瞬の出来事だった。
「⋯⋯何なんだ?」
「さぁな。大方賊か何かじゃねぇか?魔法のローブも身分を隠す一方で、犯罪者として悪用する者も多い。それにあの徽章⋯⋯」
「さっき店の中で見せてたあれか?分かるのか?」
「⋯⋯いや、多分違うな」
ライドは首を振ると、「遅くなったけど、今度は俺が案内してやる」と言い出して歩き始めた。
隣に行くと、ようやく主導権が戻ってきたライドは嬉しそうで顔が明るい。
「やっぱりお前も街を案内したかったんだな」
「おう。王子とも約束したし、俺もお前と行きたい所あるからよ」
そうして俺たちは、ようやく二人で王都を歩き始めた。