第三章 第六話「三種族の知恵の結晶」
移動用サークルができて外に出ると、様々な格好の男が両端によって道を作る。
その道から現れるのはコウムと言う王国騎士回遊軍団長。
懸念は隣のライドを疑っているらしく、それでも信じるサンライズさんは突破してサークルに乗った。
しばらくサークルに乗っていると、見えない力によって身体は上がっていく。
「おぉ、すっげぇ!」
ゆっくりと上がっていく俺たちの足元には何もなく、まるで透明なエレベーターの中に居るみたいな安心感。
下では見送りと手を振っている男達に、俺は手を振り返した。
「海上から約十キロメートル離れているからね。着くまで数分くらい掛かるかな」
サンライズさんは「ふぅ」と一息つくように何も無い空間にもたれる。あ、後ろあるんだ。
ライドも慣れた様子で退屈そうに視線を落としていた。
「お前は振り返さないのか?」
「はぁ?俺があいつらに?」
ライドはさっきまでの苛立ちをぶつける様に声を荒げる。
「いやぁ親しそうに見えたからさ。そういう絡みなのかと」
「あれのどこがだよ!」
ライドは「フンッ!」と痺れを切らして顔を背けると、手を振る男達を八つ当たりの如く睨みつけた。
「二人とも喧嘩は無し。いいね?」
サンライズさんに制されて俺も控える。だがサンライズさんも腕組みした指をトントンとさせて焦っている。
コウムさんからレノバさんが一人で王事をこなしていると聞いて心配なのだろう。
「じぃが⋯⋯うーむ。参謀も他の城の連中も居るからくたばるなど⋯⋯いや、前から無茶をする性格だしなぁ~⋯⋯」
当分はぶつぶつと言って戻って来なさそうだ。
俺は恐る恐る見えない壁にもたれてみる-あった。
透明だが、しっかりとした壁があり安心して背中を預ける事が出来る。
駆動音は無いが、感覚はやはり従来のエレベーターに近い移動方法。
ただ違いとしては、上がっていく感覚はなく、重力が掛かる様子も無い。
本当に箱の中の俺たちが平行移動しているような。移動している感覚がまるでない。
「あっ、向こうに街が見える!すげぇ!」
変わり映えしない景色の中、遠くに見える山々を背景に小さいながらも昨日居た宿町ルームストを見つける。そこからは連鎖的にシークリフ、奥にアサガナまでも見つけて舞い上がった。
「サークルは老若男女関係なく安心して移動できるようにドワーフとディーヴァと人の知恵が詰まっているからね」
サンライズさんは自分の国だからなのだろう、鼻を鳴らして上機嫌だ。
「ディーヴァ⋯⋯」
フウカはエルフ、マフィンさんはドワーフ。そして次はディーヴァときたか。
「もしかしてディーヴァは水の魔法が使えたり?」
「勿論!私の母含めて海に住んでいたからね」
住んでいた、とは。
今聞くのはやめておこう。
とにかくこの中は三種族の知恵の形というわけだ。
「ほらほら、上を見上げてごらん」
言われるがままに見上げると、もう王都が視界を覆い尽くさんばかりに迫っていた。
「ほら、上には王都と当時一緒に持ち上げた森林も含めて有るんだけど⋯⋯王都の方、突起が五つあるでしょ?有名だろうけどあれが五大推進円柱だよ」
サンライズさんの指差す方を見ると、確かに綺麗な円形型のフラットな形を囲むように五つの突起のような円柱が下に突き抜けていた。
「あれが⋯⋯」
「ん?ユウト君もしかしてあれも分からない?結構知っていると思っていたんだがな」
俺の反応にサンライズさんはコホンと一つ咳き込んで、説明を開始する。
「あそこで約十キロ離れた海水を吸い上げて、その吐き出す推進力を活かしてその場に静止、留まることを可能にしている」
「え?ならジェット噴射の要領って事ですか?」
まるでサンライズさんが持っているジェットソードのようだ。
「いいや、それよりも精密な技術が注ぎ込まれている。見ろ、吹き出す海水が見えないだろ?」
確かに噴射する海水は見えない。見えないように魔力で消しているのか。
「あれは直前で霧散させているんだ。よく考えてみてくれ。あんな大きな建物を浮かせるとなると凄まじい水を噴射しなくてはならない。それこそ下の海すら穿つ威力がな。そんな事をしてしまえば貿易はおろか、海の生態系すら変えかねん」
「なるほど。だからドワーフとディーヴァ、人の三種族の知恵が詰め込まれているんですね」
「あぁ、街中にはそれこそ技術の応用が詰め込まれているから、中々君を飽きさせないと思うよ」
さすがは一国の王である。自国の宣伝も兼ねているのだろう。
「まっ、君も含めて城に集まってもらうのは明日だ。今日は王都をよく知るライドと歩いたらいい」
隣のライドはさっきの件で嫌そうにしながらも、断るつもりは無いらしい。
「はぁ⋯⋯俺もミカちゃんと歩きたかった」
なるほど煩悩の塊なのか。おかげで俺も悪いといった気が無くなったよ。
心置きなくライドを連れ回してやる。
「⋯⋯覗けねぇかな」
「なに!?」
チラッと見やるライドにつられて俺も上を見やる。
そうだ、なぜ気付かなかったんだ。
こんな透明なら上だって覗き放題-、下からなら丸見えじゃないかと。
しかしそこには何も映っておらず、ただ下にあった同じようなサークルが待ち構えているだけだった。
もしかしてと視線を落とすと、案の定にんまりと口角を上げていたライドは一言。
「ざまぁ」
ちくしょう、コイツ見えないことを知ってて!
「もう少しなんだ!喧嘩しないでくれ!」
この二ヶ月、正直何度こうやってサンライズさんに止められたか分からない。
その何度目かの羽交い締めのまま、俺たちの身体は天井のサークルを通過、王都へと入った。