第三章 第五話「アクアシアへ行く前の懸念」
サンライズは、自分が王たる器では無いと言う。
それは決して否定ではなく、自分よりもそこの座に座るべき人物がいると嬉しそうに語った。
話もそこそこに、列が動き始めて暫くすると、ようやく大船の中から外に出る。
外には、両端に道を作るように数十人もの人が背筋を正して立っていた。
その見た目は商人や観光客、呑んだくれの風体と様々で、だがその全ての人から有無を言わさない強さを感じた。
「畏まり過ぎだ。そこまでしなくても良いのに」
隣のサンライズさんは「やれやれ」とこぼすと、「それとも前の人のせいかな」と視線を奥へと移す。
「最後は王だったのですね」
サンライズさんの視線を移した先、さながら人で出来た道の奥、船首の方から悠然と歩いてくる男の姿。
それはさっき魔物を倒した屈強な男だった。
瞬間、両端の人達に緊張が走ったのを感じた。
「コウム、厳しすぎやしないか?」
サンライズさんはフッと笑い、周りに王とバレないように被っていた白いローブを脱いだ。
「いえいえ」と男-コウムは朗らかに笑って近付いてくる。
「お見送りの時くらい格好つけませんと、大船に乗った我ら王国騎士回遊軍は緩み過ぎてしまいますので」
「ふむ⋯⋯確かに。この海域の魔物は先人のお陰で激減。そんな中、この大船に攻撃を仕掛けてくる勇気のある魔物はそうそういないか」
「はい。ですのでこのくらいは」
男は丁寧にお辞儀をすると、こちらと目が合い気が付く。
「おぉ!君はさっきの!」
男は興奮気味にズイッと顔を寄せる-近い近いっ!
距離を取るように手を前に突き出すと、それをガシッと掴まれてブンブンと乱暴に握手を交わす。
「さっきはありがとう!え~⋯⋯っと」
「トウドウユウト君だ」
サンライズさんは誇らしげに両腕を組んでドヤッとする。
「トウドウユウト?⋯⋯なっ、彼がぁっ!?」
コウムさん含めた周りの人達にどよめきが起こり、がやがやとしだした。
そば立てると、「魔物上位クラスをあんな子供が!?」や、「コウムさんだって無理だぞ!?」と、何とも甘美な賞賛の声に思わず口角が上がってしまう。
コウムさんはサンライズさんと俺を交互に見ながら驚いた顔を見せる。
「いやぁ~なるほど⋯⋯王が言うのであれば本当なのでしょう。なるほど君が⋯⋯」
コウムさんはにわかに信じ難いように目を丸くさせていたまま「ハハハ」と笑う。
「そうだ。だから今回彼を城へ招いたのだ。異論は無いな?」
「あぁ、はい。私は構いませんが⋯⋯団長がなんて言うか分かりませんよ?」
サンライズさんは気難しそうに眉を八の字にする。
「ううむ⋯⋯彼は頭が固いからなぁ」
「誰が言っているのやら(ボソッ)」
「なにか言ったか?」
「いいえ!何でもありませんっ!」
ビシッ!とコウムさんは背筋を伸ばすと、「おや?」
と俺の隣にいたライドを見つける。
気付けばライドは一歩引いて、俺の後ろに隠れるようにして立っていた。
そういやライド、外出てからあまり喋ってないな。
「⋯⋯文字通り遊軍として動いているらしいが、今回も連絡を怠ったらしいな」
「⋯⋯あんたに関係ないだろ」
フイッとライドは不貞腐れたように顔を背ける。
「いいや、関係ある」
コウムは先程とは違い、威圧するようにズイッと上からライドを見下ろす。
「なんだよ」
ライドも思わず身構えて低く声を張る。
「⋯⋯貴様、何を考えている?」
「王都に報告しただろ?街から出られる状況じゃなかったんだってば!」
しかしコウムは到底受け入れる様子はなく、疑り深くライドをつむじから観察する。
身長二メートル近い彼の強烈な圧に、無関係の俺ですら震えた。
「その体たらく⋯⋯我が回遊軍に来るべきではないか?」
「そこまでだコウム」
張り詰めた空気を手でかき消してくれたのはサンライズさん。
「王!また彼を庇い立てるつもりですか?」
「そんなつもりはない。が、彼からはそんな様子が見られない。大丈夫だ」
「⋯⋯王よ。貴方の眼は綺麗だ」
その言葉にサンライズさんの額に一瞬、筋が浮かんだ。
「それは私が節穴というのか?」
キッと鋭い視線に、コウムは力無く首を横に振る。
「そうではありません。ただ貴方はいつも-」
「ありがとうコウム。君のそういった視野の広さが海の魔物を殲滅しゆる事を祈ってるよ」
「行こう」とサンライズさんはコウムさんの肩を叩いて抜けると歩きだす。
俺とライドもサンライズさんについていく。
「王ッ!」
コウムさんの必死な声にサンライズさんはピタッと足を止める。
「⋯⋯前にも言ったが私は王ではない。ただの王代理だ」
「いいえ!貴方は間違いなく王です!十年前、父の死に、よく決断されたと思っております。今でも尊敬しておりますよ」
コウムさんの言葉にサンライズさんは小さく口角を上げた。
「そうか⋯⋯ありがとう」
そう言い終えると、サンライズさん含めた三人はサークルへと歩を進めようとする。
「王っ!」
だが再びコウムさんの声が掛かる。
「⋯⋯最初、いつまで経っても来られないので”王誓剣”でも使って飛んで行ったのかと思いましたよ」
俺は思わず振り返ってみると、コウムさんは少しだけ寂しそうな表情を見せていた。
「私がそんな事をするように見えるのかい?」
問いにコウムさんは首を横に振る。
「いいえ。ただ貴方が前よりも明るくなって帰ってこられた気がしたんです」
「⋯⋯そう見えるのか?」
サンライズさんはまた嬉しそうに頬が上がった。
コウムは見透かしたように朗らかに笑った。
「えぇ。この二ヶ月間、楽しかった事が多かったのでしょう?」
「⋯⋯あぁ」
「まっ、レノバがその二ヶ月の王事を殆どこなしておりますよ。さっさと帰ってあげて下さいね」
「!じぃが!?」
「えぇ。早く行ってあげてください。過労でくたばるかもしれません」
「それは急がねば!すまない!行くぞ!」
「あっ、はい!」
「⋯⋯おう」
慌てた様子でサークルに急ぐサンライズさん。その後を俺たちは追う。
残る男たちは、背筋を伸ばしたまま勇人を含めた三人が描かれた魔法陣の上に乗る所を見送っていた。
「⋯⋯送り出して良かったのでしょうか?」
その中の一人、列に並んだ男がコウムに問う。
「根が真面目できっちりされておるが、優しい面をお持ちだ。そこに付け入る輩も少なからずいる⋯⋯ただ疑いというだけだ。まだ実行には移せん」
そう言ってコウムは嬉しそうに笑った。
「以前に比べて本当に朗らかになられた⋯⋯シークリフで賊女と再会を果たしたおかげか。自責の念に駆られてばかりだったから、本当に良かった」
だが次の瞬間には表情を曇らせて続ける。
「だからこそ⋯⋯それを乱す者は私”王国軍騎士団団長”であるシントが排除する」
その声は先程よりも低く、まるで人が変わったように-。
気付けばコウムの瞳の色が変わっており、中には一つの信念が宿っていた。
その瞳はサンライズさん含めた三人がサークルから消えたのを確認したのを最後に閉じられた。