第三章 第三話「海上都市アクアシア」
盗人を追えば魔物が海から現れた。
対峙する男が、戦闘を勇人に教える。
その魔物は辺りを見渡して叫んだ。
「-ギュアアアアアッ!」
ぐっ⋯⋯なんて声出すんだよ。
魔物の空間を歪ませるような奇声に思わず耳を塞ぐ。
「大丈夫。下がっているといい」
しかし隣の男はいつもの日常と言わんばかりに魔物に平然と向かっていく。
「この海域では魔物が多いんだ」
どうして外に人が居なかったのか合点がいった。
男はこちらも見ずに「早く中に入れ」と顎をしゃくる。
「で、でも!そこの子は!?」
「問題ない」
魔物は迫る男に反応して唸り声を上げる。
「そこの君、下がりなさい」
「あ、うう⋯⋯ッ」
しかしフードの子は尻もちを着いて萎縮している。
次の瞬間、魔物がフードの子をじろりと見やると予備動作も無しにテールスイングを繰り出す。
-まずいッ!
「仕方ない-⋯⋯」
男がそう呟いたのがはっきりと聞こえた。
ボォン!と爆ぜる音と共に男はその場から消え失せたかと思えば、魔物から狂った声が上がる。
とっさに視線を移すと、魔物が繰り出した尻尾を男の剣が貫いていた。
「ギュアアッ、アアアアーッ!」
魔物は何が起こっているのか分からず奇痛みに喚き散らす。
地面には焼け焦げた煤の道が、男がいた所から魔物まで一直線に伸びていた。
「”爆進”、我が火山の噴火の如き刺突は躱せぬ」
男の声に魔物は反応-無茶苦茶に暴れる。
体高二メートルは超えるその巨躯が一度身体を畝らせれば、何人たりとも命の保証はない。
「なんの-⋯⋯フンッ!」
しかし男はそれをなんの反動も使わず真っ向から力でねじ伏せてみせる。
「なッ-えぇ!?」
あんなの躱すの一択じゃ無いのかよ!
男はノーモーションで放たれた攻撃を受け止めたばかりか、男と魔物の力は拮抗-互いに硬直状態となる。
密着した状態でなんという屈強さ。
腕力だけではない。体全体を使って、男は貫いた剣を器用にひねり揚げてバランスを取る。
それは上手いこと自分の力だけを伝えるようにし、魔物の力を発揮出来ない位置取り。
男は相手の攻撃の可動域すら外して着実に仕留めにかかる。
「君!さっさと行け!」
男に促されてフードの子は怯える様子で小首だけ縦に振ると、こちらに走ってくる。
「さっ、とりあえず中に行こう」
いくら俺のネックレスを盗んだからと行って今は危険だ。
一刻も早くと迎えに行こうと手を伸ばすが、それを遮るように視界の端-海から轟音を立てて飛び出す。
もはや一瞬して過ぎった嫌な思いは、すぐ現実のものとなる。
バシャンっ!と豪快な水しぶきを上げて俺とフードの子を両断するように現れたのは、またしても同じアザラシの見た目の魔物。
それは訳も分からぬ声を発して辺りをぐるりと見渡すと、近くのフードの子を見つけてじろりと睨む。
さっきもそう。あれば次に攻撃するつもりだ。
俺はもう魔物目掛けて駆け出していた。
「やめろよ-!」
俺はネックレスを引っ掴むと振り払い-剣解放。”簡易武具-剣”で迎え撃つ。
魔物は気付いてこちらにぐるりと首をまわす。ドクンッと心臓の鼓動が一際大きくなる。
またしても気持ち優先で駆け出してしまった!
すぐさま辿り着く魔物との距離、その間に魔物と自身の戦力を分析する。
男は正面から魔物と闘っていた。
だがあの芸当をするにはゴウマンさんに引けを取らない圧倒的筋肉と、相手の力が入れずらい所を熟知する頭。更には其れを実践でやる技量。全てにおいて足りない。
つまり、こいつに勝つ方法が見当たらないのだ。
なら俺に出来ることと言えば⋯⋯ッ!
「おおおおおおおおおおおおッ!」
魔物が見ているのは俺の手にしている剣。万が一、唯一魔物の命を刈り取るとしたらこれのみだ。
つまりこれにしか反応しない。これさえ凌げればいいと魔物の本能が訴えているのだろう-だったら。
生半可なぶつかりじゃ両断不可。
かと言って不意打ちでも力が足りない。
俺は剣を空高く掲げて上から振りかぶる。
「ギュアアアアアッ!」
刹那、魔物は待っていましたと言わんばかりに魔物の尻尾が合わせるように飛んでくる。
「ッ!やっぱりか!」
あんな攻撃、人の膂力じゃ到底無理!
俺はそれに合わせるように剣を這わして、魔物の攻撃を外させた。
「ギュア!?」
おかげで体勢を崩した魔物はくるっと身を回転させて明後日の方向へと向きを変える。
「フッ、わざと引き寄せさせてもらったぜ!」
俺はスルりと魔物の横を通り過ぎると、フードの子の手を取る。
まさか本当に綺麗に出来るとは思わず心臓の鼓動が高鳴った。
そう、勝つ必要は無い。
逃げる事が最優先なのだ。
「ギュアアアッ!」
しかし魔物の反応は予想より早く、通り過ぎようとする俺目掛けて尻尾を振りかざす!
「くっ-」
一か八か身を捩るかっ!?
「-ご苦労だったな」
ふと男の声が聴こえたかと思うと、次の瞬間には視界が真っ赤に染まる。
何事かと目をぱちくりとさせると、男が先ほど使った魔力”爆進”を使って魔物に突進、海へと放り投げてしまった。
「⋯⋯ーハハッ、結局助けてもらっちゃったな」
俺は少し自嘲気味に笑ってしまった。
またしても俺の力だけじゃなんとも出来なかった事に悔しさが残る。
「いやいや何を言う。君がいたお陰でそこの子-あれ?」
男が「隣にいた子は?」と聞いてハッとすると、手を掴んでいたはずのフードの子はいつの間にか姿が無かった。
「あれ、あれぇ?」
もしかして気付かないうちに船内に戻って行ったのか?
「くそぉ、返してもらいそびれたな」
まぁいい。船をまた探しに行けば良いだけだ。
そう思っていたが、すぐに瓦解する事となる。
「ふぅ。何とか王都アクアシアの領域に入る前に倒せたな」
男はそう呟くと「そろそろ着くぞ。準備は良いのか?」と問う。
しかし辺りを見渡して見ても景色は変わらず何もない。
「準備も何もまだ着かないのでは?」
「いいや、あと10分ほどで着くぞ」
その答えにまたしても頭を捻る。
その時、船が陰る。
「おぉ、もう入ったぞ」
何を言っているのだと思っていたら上を見ろと男。
答えはそこにあったのだ。
「なんだ⋯⋯⋯⋯あれ」
-遙か上空。
そこに何やら大きな物が浮かんでいた。
男は告げる-。
「-ようこそ。あれが王都アクアシアだ」と。