第三章 第一話「現在船酔い中」
とある王都にて。
かの魔王に対抗しうる力を有した者が醒める-。
とある港にある宿町-ルームスト。
街アサガナから暫く北へ進んでいくと現れる、王都アクアシアへ向かう大船が停泊している町だ。
町の規模としては大きくないが、今のところ他の町村を繋ぐアクアシア大陸唯一の航路である為、観光や行商などひっきりなしに日々人が押し寄せる。
と言っても一週間に二回くらいと運航は少ないが、往復で二泊三日ほどの距離があるのでしかたない。
ただその分人が町で足止めを食らってい者が多く、かといって港の宿町は小さいのでキャパオーバーが続く。
おかげで宿町は他の街から来た人も含めてごった返し、早めに来て運航まで野宿⋯⋯なんて輩もいるくらいだ。そこまではいい。そこまでは⋯⋯。
「あぁ~⋯⋯」
百は超える大きさの船の中、船首にて俺-勇人は果てなく広がる海の地平線を眺めていた。
雲一つない真っ青な空に、煌めき輝く海。
元いた世界の制服を身にまとい、ゆっくりと流れる風になびかせてそこに立つ者ならば、どんなにカッコいい奴なのかと期待するだろう。
答えは否、顔は現在ゲシュタルト崩壊中。
いや、そもそもイケメンじゃ無かったわ。
揺れる視界が完全に身体から込み上げてくる何かを誘引してる。完っ全に間違った行動だったかもしれない。
「うぷっ-」
込み上げて来るものと共に後悔が押し寄せつつ、まるで走馬灯のように過去が浮かび上がる。
それは二ヶ月以上も前に遡る。
王子であり、元”王の剣”でもあるサンライズさんからの提案で王都に足を運ぶ事となった。
理由としては、魔力が無い者が、魔力に似た力を保有しているから。
これは魔物はおろか、魔族にすら対応できるものかと踏んで、サンライズさんは俺を近くに置いておきたかったみたいだ。
変わりに当面の食事や寝床を確保してくれるとの事なので、俺たちとしても有難かった。
それに、俺と天の目的は元いた世界へ帰ること。
その手がかりが、大きな街なら、王都であるなら尚更見つかるかもしれない。乗らない手はなかったのだ。
そうして船に乗る前日、俺と天、サンライズさんとフウカとライドを含めた五人でルームストへと向かって着いたのだが、とにかく人が多い。
話によると、その町や村のみにある食べ物が高値で取引されており、ならばと村の人や街の人が連日押し寄せて来るそうだ。
おかげでいつも宿は満員を超えてキャパオーバー。ルームストを仕切るお偉いさんもこの事態は知っているらしいが、金に目が眩んでいるらしく、大きくしたのは船だけで町はそのまま。
おかげでルームストは街シークリフで見た即席の建物のような景観が並ぶ。
それでも人でごった返すのだから、そりゃ当分町のクオリティには期待できない。
そうして大船に乗り込むのにも癖があり、なんと早い者勝ちと来たもんだ。
おかげで大船に乗り込む際も人でぎゅうぎゅうになる、入り切るまでに時間が掛かるどころかあまりの密度に押し潰されそうだった。
苦労して入ったはいいものの、部屋だって早い者勝ちなので喧嘩が勃発。
先に取っていた筈なのに、御手洗から帰ってきたら奪われていて-なんてのが昨日まであり疲れが溜まっていたのだ。
現在の理由はそれだけではない。
最悪な事に、俺は船酔いしてしまうらしい。
船自体乗ったこと無く不安があったが、大きな船だからと油断していた。
現在絶賛船酔い中なのだ。
一日目は平気だったのに!
だから外の風に当たろうと来たのだが。
「おぉぉ⋯⋯」
あぁ、思い出したら余計に上がってきた。
俺はまたしても込み上げてくるものを必死に抑えて、船の進路方向を睨みつける。
だがそこにはまだ何も映らず、だだっ広い青色の世界がどこまでも続くだけだ。
「くそっ⋯⋯まだ着かないのかよ」
俺は誰にでもなく愚痴をこぼす。
「大丈夫?」
ふと、後方から身に覚えのある女の声が掛かる。
ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐり、何度も嗅いだ事のある匂いで振り返らずとも誰か分かる。
「あ⋯⋯あぁ⋯⋯」
残念だが振り返る余力がない。何か出てきそうで。
それを察してか、声の主はヌっと隣に現れた。
「ほら、これ」
視界の端に映る手にはコップ一杯の水があった。
俺は震える手で受け取ると、そちらに顔を向ける。
そこにいたのは一人の美少女だった。
うちの学校のセーラー服に蝶々結びの大きな赤いリボン。
ギリギリまで折り曲げたスカートから覗く魅惑の太もも、それを強調するようにスラッとした黒のニーハイが脚を包む。
髪は外国人と変わらない地毛で、変わるとしたら絹糸のようにきめ細かく滑らかな事。
瞳は大きな茶色で、まるで綺麗な宝石が埋め込まれているように綺麗だ。
訂正しよう-女神がそこにいたのだ。
-ただ。
「船酔いなんてだっさ」
人を小馬鹿にする性格の悪さを除けば-だが。
わざわざそんな事いいに来たのかよ!
「うっ⋯⋯おぉお⋯⋯」
しかし言い返そうにも言葉が上手く出てこない。
何か喋ろうとすると、先に出てきそうだ。
だめだ⋯⋯キツい⋯⋯。
「あんた、本当に大丈夫?」
さすがにまずいと悟ったのか、女神-”天”は背中をさすってくれた。
ありがとう⋯⋯ありがとうなんだが⋯⋯今は逆効果かもしれない。
頭はあまり動かせない。
俺は身振り手振りで彼女に伝えると、どういう訳か彼女は走り出したかと思うと何処からかバケツを持ってきた。
「ほら、どうぞ」
「ふぅんぬッ!」
吐いたら楽になるだろうけど⋯⋯吐きたくない!恥ずかしい!
「ほーら楽になりましょうね~♪」
天からの背中さすさすがトドメとなった。
あれば盛大にバケツにぶち撒けた。
「-どう、スッキリした?」
「⋯⋯あぁ」
俺は低く声を漏らす。
数分前に比べたら気分は良いし吐き気も無くなった。
でも何故だろう。テンションが上がらない。
「なに、もしかして嫌だった?」
俺は少し黙り込んだ後、こくりと頷いた。
だって恥ずかしいじゃん?ちょっと気になってる相手にそんな場面見られるのなんて。
「私弟居るから慣れてるんだよね~」
しかし当の本人は気にしていないようだった。
「と言うか、あんまり首伸ばすとそれ海に落としちゃうよ?」
「おおっと」
俺は慌てて首を引っ込めた。
そのせいか首からぶら下がっていたネックレスが服から飛び出していた事に気がつく。
ネックレスは二つ。
一つは”簡易武具-剣”
もう一つは”巨人の大剣”だ。
巨人の大剣、それは銀色のカミソリへと形を変えた。
確か魔物カロックノリアを倒す時に投げたそれが、巨人の大剣の一つだったとは最初は驚いた。
俺の能力はその物の復元。
という事で加工しても大丈夫だろうと、持ち運びやすいように加工してくれた。
「危ね」
俺ら慌ててそれを胸元にしまいこむ。
一度、海で使用したら武器へと形を変えたので使えるのは実証済み。
こんなもの俺以外に使えないとは思うけど、悪用される危険性があり、落とす訳にはいかないからな。
「まだ外見てるつもり?」
「ん、あぁ」
「あ、そう。なら私戻るわ」
俺の体調を確認し終えたからか、天は早々に引き返して船の中へと戻っていった。
「まじで体調見に来ただけかよ⋯⋯」
俺が言うのもあれだけど、二人っきりになったら何か話とか⋯⋯無いのかよ!
あれから二ヶ月。
少しずつ仲は良くなってはいるが、別段変わった事など無い。
俺は天の顔を見る度にキスの事とかを思い出すって言うのに。
「これじゃあまるで俺だけが意識してるみたいじゃねぇかよ⋯⋯」
思いのほか彼女との距離は近くなったように見えて、遠いのかもしれない。
「これが陽キャの最上位に位置する奴との差か⋯⋯」
はぁ⋯⋯と、ため息を漏らして項垂れた。
その俺の下-。
-バッ!
「⋯⋯ん?」
今なにか凄まじい勢いで小さな何かが通り抜けて行ったような。
⋯⋯なんだが嫌な予感がする。
ふと、胸元に手を当ててみる-無い。
俺はバッと抜けていった方へと振り返る。
フードを被った子供がちょうど船の中へ逃げ去っていくのが見えた。
「あっ、待てーーー!」
俺は船酔いがまだ残る身体で走り出した。