第二章 第四十九話「夜を越えて」
勇人は夢を見ていた。
グリムを倒し、そしてフウカすら適わなかった敵をも倒した。
浮かれていたのかもしれない。
ふと背後に現れた少女は言った。
私を殺したくせにと-。
部屋を出ると、すぐ隣がサンライズさん達がいる部屋だ。
扉をノックするも返ってこない。
何やら扉越しにぶつぶつと何かの話し声が聴こえる。
「入りますよー」と声を掛けて入る。
そこには包帯を持って忙しなく動くミイラ女と、包帯ぐるぐる巻きになっている二つの塊。
顔は見えたので、それで一つはヴィランダさんとわかる。
ヴィランダさんはこちらに気付くと「やっほー」と言うも安静にして!と釘を刺される。
案外元気そうな姿に少し安心した。
ではもう一つの方はと言うと、こちらは顔も容赦なく包帯に巻かれて誰か判別がつかない。
「全く、なーにが最後のお願いだよ、本当に!」
ぷんすかと怒り混じりにマフィンさんが包帯ぐるぐる巻きを叩くと、それから「おうッ!?」と痛みに悲鳴じみた声が上がる。
声音からしてサンライズさんだと分かった。
「ねぇ?ミカちゃ-ユウトくん!?」
振り返るマフィンさんは俺を見てすっ転ぶ。あらら、勢い余ってサンライズさんの腹へとダイブしちゃったよ。
天はともかく俺はまさかの来訪だったのかな。
「ちょちょちょ、本当に身体大丈夫なの!?」
マフィンさんは慌てた様子で駆け寄ってくる。
「え、えぇ」
俺の言葉が信用できないのか何度も俺の周りをまわって怪我を具合を確かめる。
「渦中にいたのにすごいねぇ」
マフィンさんは感心感心と肩を叩いて「それに比べて⋯⋯」とゆらりと後ろを振り返る。
一瞬、背後の包帯巻きの二人がビクッと身体を竦ませた気がした。
聞けば二人は、魔竜グランドを倒した後も闘っていたのだという。
互いに自分本来の武器を交えての激闘。
幾らヴィランダさんが操られていたといえど力は本物、どちらも無事では済まない。
二人とも危うく命を落としかねない所まできていたという。
「だからって互いに愛を確かめ合ってる場合かねぇ?」
「「フゴフゴ(面目ない)」」
ヴィランダさんは顔を赤らめて俯く。
隣のサンライズさんも顔は見えずとも同じように顔を伏せた。
「はい、これでよし」
マフィンさんは呆れた様子でせっせと二人の処置を完了すると、飲み物を口にして深いため息を漏らす。
「ふぅ~⋯⋯よーやく終わったぁ」
そう言って凝り固まった肩を伸ばして椅子にどっぷりと背を任せる。
よく見るとマフィンさんの身体に巻かれた包帯からは血が至る所から滲み漏れていた。
もしかすると自分は簡易的な治療程度で済ませて、二人の治療に力を注いだのか。
「⋯⋯フゴフゴ(サンライズさんの声)」
「ん?なに?」
「フゴフゴ」
仕方なくヴィランダさんが顔を寄せると、「いや無理でしょ」と突っ込む。
「なんて言ったんですか?」
「建物直すの手伝いたいって」
いやいや、この中で一番重症なあんたが何言ってんだよ。
「冗談言ってないで寝てな」
またマフィンさんから一撃を貰うと、限界だったのかそのまま潰れてしまった。
「という訳で二人ともまだまだ動けないから、子供たちは外に行ってな」
しっしっとマフィンさんに俺たちは追い出されてしまった。
どうする?と天と相談した結果、俺の身体もとくに何も無いので外の様子を見に行くこととなった。
「そういえばライドやフウカはどうなった?⋯⋯あとジェラと」
いやいや彼の名前も付け加えると「あ~⋯⋯」と天は言いにくそうに口を閉ざした。
「ん?どうした?」
思わず聞き返すと天はどうしようかと目線が泳ぐも、暫くしてその重く閉ざした口を開く。
「ライドくんも相当な傷だったから、あんたを運び終えた瞬間に倒れていま完全治療中。フウカちゃんもマリョクケツボウ?って寝込んでる」
そこまで言い終えると天はまたしても口を閉ざした。
「ジェラは?」
正直どうでもいい。が、一応聞いておきたいだけ。
「ん〜⋯⋯言いにくいんだけど」
「ならいいや」と言おうとした時、天の口が開いて遮る。
「⋯⋯彼が”黒衣の男”だったみたい」
「⋯⋯は?」
それは俺が思ってもいないことだった。
「ジェラが-⋯⋯えっ?」
あいつが?
困惑する俺に天は淡々と続ける。
「うん。自分から自白して。いま牢獄に閉じ込められてるよ」
急な展開でなかなか状況が呑み込めない。
だが奴の行動を見直せば有り得ない事ではないか。
「まぁ、フウカへの露骨な態度もあったしな」
執着していた部分もあり、ちょっと頭のおかしい奴だと思っていたから合点がいった。
少ししこりがあるとすれば、黒衣の男と言うにはどこか不気味さに欠けると思った。まぁそれもフードを被っているからそう感じただけかもしれないが。
「とりあえず外に出よう」
それから俺は天と一緒に街な有様を見てしまう。
港街はもう再生不可能なくらいに破壊され、上の街も魔竜グランドの風圧で建物が押し潰されている物もあった。
それでも街の人たちは希望を捨てることなく、明るく互いを鼓舞し合って街の修繕にあたっていた。
そこには誰一人として下を向くものはいない。
皆、明日へと歩を進めているのだ。
街の者でない俺たちが、俯いている場合じゃない。
「俺達にも何か手伝える事はありますかー!」
「おぉ!ならこっちを手伝ってくれ!」
俺はこの街が好きだ。
「ほら、行こ?」
天だってこんなに明るく笑って、俺の手を引く。
俺はそれにこくりと頷いて、二人駆け出した。