第二章 第四十七話「朝焼けに溶ける」
狼狽する魔族リリアル。
サンライズはもう力を出し惜しみしない。
ようやく魔族へとその一撃が届く-。
「ハッ。一撃くれて⋯⋯やった、ぜ⋯⋯」
そう言ってヴィスはニッと笑うと同時、その身体は糸が切れたようにその場にへたり込む。
「ヴィスッ!」
俺-サンライズはあわやという所でその身体を支える。
刹那、首が切り離されたリリアルの身体は、数秒経たずして体勢を崩して屋根を転がっていき地面に叩きつけられる。
その後、身体が紫色の粒状へと変化して地面へと吸い込まれていった。
-魔族リリアル。完全消滅。
「さすがだ⋯⋯ヴィス」
俺の声にヴィスは「ヘヘッ」と乾いた声で鼻を鳴らす。
「ちゃんと約束⋯⋯覚えててくれたんだな。サン、キュー⋯⋯」
だがヴィスは痛みに震えて顔にも悲痛の歪みを見せる。
それでもヴィスはこちらに顔を寄せると屈託のない笑顔を作る。
「もういい、喋るな!」
胸元からバッサリと裂けた傷から血はしとどに流れ落ちる。
衣服を破いて止血と必死にあてがうも止まらない。
「頼むお願いだ⋯⋯死なないでくれ」
どうかヴィスを死なせないでくれ。
もはや縋る思いで神に祈る。
「ほら⋯⋯やっぱり私に⋯⋯ゴフッ!勝て、たじゃん⋯⋯」
ヴィスは手を伸ばしてグッと親指を立てる。
「ああ、あぁ⋯⋯君のおかげだ。だから生きてくれ!」
「は、はっ⋯⋯この程度で、私が⋯⋯ッ」
言葉を紡ごうとするヴィスの口からゴボッとちが溢れ、身体が震えを通り越して痙攣し始める。
「お願いだヴィス!喋らないでくれ!」
どれだけ強く圧迫しても血が溢れ出す。
その度にヴィスの瞳から光が消え落ちていく。
「いや、あぁ⋯⋯バッサリいかれたからなぁ⋯⋯ハハ」
「嫌だッ!嫌だッ!嫌だッ!俺はそんな為に君と戦ったんじゃない!君がそれでも戻ってくると信じたから攻撃が出来たんだ!君が最後、生き残ってくれなきゃ意味がないっ!」
ザッ、と砂をなじる音に振り返れば、そこには背中にユウト君を背負ったライドが現れる。
俺は期待の眼差しで彼を見てしまったが、彼は目を伏せて力無く小さく首を横に振った。
「ねぇ⋯⋯最後、キスしてよ」
ヴィスは弱々しくそんな事を口走った。
「あぁ、そんなのお易いごようさ!」
私はその今にも消えそうな潤んだ瞳の彼女に重なる。
彼女は震える手で私の顔を、そして私は彼女の身体を強く抱きしめる。
幾度となくこうしてあげたら良かったのに。
十年前、彼女と共に手を取り合い闘っていたらもっと彼女との時間が出来ていたのに。
「⋯⋯ありがとう」
発せられた言葉は空へと溶けていくようにか細く、それを最後に彼女の瞳は力なく閉じていく。
「そんなっ⋯⋯誰か!誰かぁ~~~ッ!」
誰だっていい!ヴィスを助けてくれ!
辺りを見渡せば、いつの間にか真っ暗だった闇夜の世界に薄らと光が射し込む。
海の方へ目をやると、あちらからグラデーションのように明るさが増してきている。
まさか夜明け?
「こんな長い間⋯⋯」
-彼女は操られ、戦っていたのか。
「すまない。俺がもっと強かったら⋯⋯」
その時、ヴィスの頬を何かが滴り落ちる。
それは私の涙だった。
泣いている場合などではない!
「誰か助けてくれーーーーーーッ!」
夜と違って静けさを取り込んだこの街に、俺の声は海すら渡って辺りに響いたと思う。
だがそれに反応する者の声は無く、返ってくるのは浜に波が押し寄せる音のみ。
浜辺では数十人もの人がぐったりと寝かされている。
崖を見上げれば、昨日浜にいなかった人々が、ようやく収まりが着いたこちらを心配そうに覗いていた。
「誰か⋯⋯誰かぁぁあああああああああッ!」
だが崖から見下ろす彼らは困惑の表情を浮かべた。
反応してはいるが、互いに見合って人々の間で視線を回す。
「誰、か⋯⋯」
-もしかして私が王族だからか?
「誰でもいい!助けてくれッ!」
次の瞬間、私は膝を揃えて頭を地につけた。
私の行動は彼等を動揺させてしまったようで、上からどよめきが起こる。
本来、王子である私が軽はずみに民に頭を下げる行為は有り得ない。
信頼問題にも関わるからだ。
それでも私は頭を下げる他なかった。
「ヴィスを、ヴィランダ・カーストを救いたい!」
抱き抱えるヴィスの身体は段々と冷たくなっている。もう目も閉じたまま口すら動かさず表情は変わらない。
「もし私が十年前この街を見捨てた事を怒っているのなら謝る!今からでも恨みを晴らしたいというのなら全て受ける!だからお願いだ!ヴィスを助けてくれッ!」
それでも人々は顔を縦には振らなかった。
「どうして⋯⋯」
こうなったら俺が街まで彼女を運ぶか?
だめだ、時間が圧倒的に足りない。
「-そりゃあ頼む相手が違うからでしょ」
崖の上から響く女性の声。ザッザッと砂を蹴る足音にその声の主は姿を現す。
それは青天の霹靂だった。
「マフィー!」
「フンッ」と鼻を鳴らす彼女の身体には幾つもの包帯が巻かれていた。
「私がこの街の医療全般やってるのよ!」