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第九話「足音の無い獣」

ついに泣き崩れてしまった二階堂。

それでも二人は一緒に言おうと話す。

二階堂には笑われてしまったが、それは安堵から漏れるものであった。

ーリンッ。


暫くして、何処かで鈴の音のような、まるで光が跳ねるような高い音が聴こえた気がした。


「なぁ、なにか聞こえなかったか?リンッ、て鈴の音が鳴るような音」


隣の二階堂は「べつに」と言ってフンッと鼻を鳴らすと俺と話したくないと言わんばかりに顔を逸らした。

さっきは普通に喋れていたのに、二階堂はもういつもと変わらない態度をみせる。

やれやれとそんな二階堂を放置して俺は周囲に集中する。しかし、先ほどの音は、風や木々の揺れる音でかき消されていているのか一向に聴こえない。

もしかしてただの勘違いか?そう思った矢先、またもリンッと音が鳴る。

勘違いなんかじゃない。それは先ほどよりも近くで鳴った。明らかにこちらに近づいて来ている。

俺の顔に緊張が走り冷や汗が流れる。村の人たちがここまで追ってきたんじゃないか、と。


「なぁ、本当に聞こえないか?」


少し焦った様子で聞くと「はぁ?」と今はほっといてと嫌そうな顔をこちらに向ける。


「リンッ、て。木々の揺れる音で聞こえずらいけど、さっきよりも近いところで鳴ったんだ」


「だからなんにも聞こえないってー」


ーリンッ。


三度、鈴の音のような音が鳴り響く。

今度ははっきりと。辺りは一瞬静寂に包まれ、その音を最優先に俺たちに伝えようとするように。

二階堂もようやく気付いたのか、小さく声を漏らして呆気に取られた顔をする。だがすぐに顔を真っ青にして不安が滲み出る。

それとほぼ同時だった。

周囲が少しずつ明るくなっているのに気がつく。

ただ目が慣れただけで気のせいかと思ったが、二階堂の顔の影すら見えるようになった時にはもう真昼間のような明るさが辺りを照らし出していた。-これは何かまずい。


「二階堂⋯⋯二階堂?」


隣の二階堂の肩を軽く揺するが、フラッシュバックした二階堂は身体を硬直させてもう動けなさそうだった。


-どうするどうする?


周囲はもう真昼間を通り越して眩く、目を開けるのすらやっとだ。

これではいくら大きい木だからといっても見つかるのは必至だろう。

「違う所にー」と言いかけたところで俺はある一点を見つめて固まった。


遠い木々の隙間の向こうから、その光源たる存在だと思わしきものが見えてしまった。


後光のように差す光で影しか見えないがそれは明らかに生物で、何かを探すように辺りを見渡していたーなんなんだあれは。

ふとそれはこちらを向くように影が動いて、それと同時に動けずにいた身体が自由になり咄嗟に二階堂に覆い被さる形で固まる。


ーあれはまずい。

勇人の心臓がバクバクとはち切れんばかりに警鐘を鳴らす。


村の人たちとは違い、それどころかこちらの存在全てを消し去ってしまうような気がしてならない。

あれは間違いなく俺たちを探している。そして見つかったかもしれない。

「くそッ」と俺は見える範囲で目を動かして必死にもっと隠れられそうな所を探すが見つからない。

今さら逃げようにも動けば見つかってしまうほど周囲は明るく照らし出され、もうこの場所で動かずにいる事が最適解だった。

見つかりませんようにと祈る事ようにギュッと目を閉じ、自然と二階堂の身体を強く抱きしめていた。


「ちょっ⋯⋯ちょっと」


二階堂は俺の行動に正気に戻り少し顔を赤らめる。

でもすぐに身体を引き剥がそうと押し退けようとするが俺の必死の形相に躊躇った。


だめだ。今動いてしまえば見つかってしまうー。




どれだけの刻が経ったのだろうか。


-リンッ、と。何度目かの音。


「えっ」と声を漏らしたのは二階堂だった。

俺はゾクリと冷たいものが背筋をなぞった気がした。


-その音は真後ろで聞こえたのだ。


これは本当にまずい。

勇人の鼓動は今まで以上に早く強く脈打つ。

身体全体が痺れたような感覚。

二階堂は「あっ⋯⋯」と発したのを最後に声を失って固まっていた。

見るなと俺の本能が叫んでいるのに、身体は引き寄せられるようにそれの方へと振り返った。


ーそれは鹿のような見た目をした獣だった。

ごく一般、自分の世界でも見たことのある奈良の鹿とそう遜色ない見た目をしており、変わるところといえば角が切られていないことのみ。

それでも獣と言うにはあまりに神々しく、辺りを照らす眩い光を背後に宿していた。

それ-鹿は固まっている俺たちを数秒見つめたあと、くるりと翻して森の奥へと駆けていく。それはまるで質量が無いように思えるほど軽やかで、足音が無かった。

ただ、リンッと鹿が飛び跳ねる時に鳴らすその音は先ほどまで聞いていた鈴の音と同じだった。


「⋯⋯⋯⋯ハッ」


ようやく息が吸えるようになった俺は、今まで無呼吸だったみたいで、必死に周囲の酸素をかき込むように荒い呼吸を繰り返した。

隣の二階堂も緊張がようやく解けたのかへなへなと身体から力が抜けてだらんと木に持たれて空を見やる。


「なっ⋯⋯なんだったんだよ⋯⋯」


今までの出来事と突然現れた神々しい鹿により溜まった疲れがドッと溢れ出た。


「ちょっ⋯⋯どいてっ」


次の瞬間に俺は突き飛ばされた。あまりの疲れに受け身も取れずに背中から地面にぶつかる。

俺は情けなく「イッ!」と痛みで肺から空気を漏らして上を向いたまま動けない。

空には幾つもの星がキラキラと輝いていた。

いつの間にか真昼間だったはずの世界がまた闇を取り戻して暗黒へと世界を塗り変える。

まるで地球にいた頃と変わらないその空は安心感を与え、それがまた疲れた身体に追い打ちをかけるように眠気を誘う。

このまま寝てしまうのも悪くはないと心は疲れにより判断してしまう。

ふと顔を動かすと、二階堂も限界のようで目を閉じこくりこくりと何度も顔を傾かせていた。


今日は色々とあり過ぎた。

異世界転生に魔物、そして二階堂のあの変化⋯⋯もう疲れた。少しくらい体に身を任せようか。

それでもこんな所で寝るなんて駄目だと、うとうとし始めた自分に鞭打つ理性は残っていたが、何度目かの眠気に勝てなかった俺はついに理性を放りだして眠りについてしまった。

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