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かんせい? 4


   (こう)


 決めた、決心した。

 そのはずなのに、俺の身体は未だに藤堂さんの席へと向かおうとしない、そのための一歩を踏み出そうとできない。

 遥か彼方、三千里も離れた地にいるわけじゃない、魑魅魍魎妖怪が跋扈するような土地を西へと進むわけじゃない、ほんの数秒で移動できる同じ教室内にいるのに。

 行けないのには、完成を伝えられないには理由が。

 校内で、クラスに人間がいる前で紙芝居のことを話題にする恥ずかしさも多少あるが、それ以上に多くの目がある中で俺が藤堂さんに話しかけたりなんかしたら迷惑になってしまうかもしれないから。

 だから、チャンスを窺った。

 人の目がないのなら、学校内で藤堂さんに話しかけても多分大丈夫なはだから、一人にならないかなと。

 けど、藤堂さんの周りには絶えず人が。

 機会、チャンスがやってこない。

 そのまま放課後になってしまう。

 今日は駄目だった。けど、明日はきっと。

 そんな決心のようなものをしながら、席を立って教室から出ようとした。

 その瞬間、俺の脳裏のある考えが。

 今日駄目だったことが、明日には確実にできるという保証はあるのか?

 同じことを延々と繰り返してしまい、つまり報告できないままで時間だけを無駄に過ごし、挙句の果ては、上演するチャンスを延々と、それこそ永遠に逃してしまうんじゃ。

 そして藤堂さんも紙芝居への興味を失ってしまう。

 そんな最悪な未来予想図が脳裏に浮かんでくる。

 そんなのは嫌だ。だから、絶対に伝えないと。

 藤堂さんの席を確認。まだ教室にいるのか。

 いない。

 バッグを肩にかけて教室から出ていく背中が見えた。

 身体が勝手に動く、藤堂さんを追いかける。久しくしていない全力疾走。

 放課後、生徒でごった返した廊下。すぐに追いつくことができた。

 けど、どうしよう。身体が勝手に動いて追いつくことができたけど、なんと言って話しかけるのか考えていなかった。いや、それよりもこんなに人の目の多い場所で話しかけたりなんかしたら。

 そんなことを考えて、躊躇しているうちに藤堂さんの背中は遠ざかっていく。

 何か言わないと。じゃないと、この先、未来永劫話ができないような、それはすなわち紙芝居を観てもらえないような気が。

 言わないと、伝えないと。

「……藤堂さん」

 無駄によく通る俺の声が廊下中に響く。」

 何人かの生徒が振り向く、その中には藤堂さんも。

 呼び止めることができた。

「……えっ?」

 学校内で俺が話しかけてくるなんて、呼び止めるなんて想像もしていなかったのだろう。すごく驚いた顔を。

 そんな藤堂さんへと一歩、また一歩と近付く、

 心拍が異様な速さに。

 緊張が、喉が渇く。それでも言わないと。

「……できた」

 さっきの声とは反対の全然響かない小さな声、おまけに掠れて、震えている。

 藤堂さんには聞こえなかったのか。

 表情を見る。なんだかポカンとした顔。伝わっていない証拠だ。

 そうか、これだけじゃ何を言っているのか判らないよな。主語が抜けた、前にヤスコにも指摘された。もう一度、

「紙芝居完成したから。……絶対に観に来てほしい」

 またも小さい情けない音に。でも、今度はちゃんと言えたはず。

 言い終わると同時に、今度は羞恥心のようなものが全身を駆け巡る。

 ついさっきまでは全然視界に入ってなかったものが急に見えるように。

 藤堂さんの横でコッチを不審そうに見ている女子の顔。

 それから周囲から向けられる視線の数々。

 恥ずかしさのあまり、藤堂さんの横を全力で駆け抜ける。そのまま昇降口に直行し、靴を履き替え、自転車置き場へと一目散。自転車に跨って家路をひた走る。

 朝には持ってきたはずの荷物を全部教室に忘れたままで。



   (みなと)


 廊下に響くわたしの名前を聞いて、正確には苗字だけど、ビックリした。

 その声の主はわたしとは学校では話すことはできない人。

 だからもしかしたら幻聴。それとも聞き間違え、同じ名字で、別の人のことを呼んでいるのかと思った。

 でも幻聴じゃない、声がしたのは確かみたい。隣にいる恵美ちゃんも反応している。

 それじゃ別の人のことを呼んでいるのかなと思いながら、声のした方向、結城くんがいるだろう場所を見る。

 結城くんの目線はわたしに

 ということはやっぱりわたしのこと。

 けど、学校では突然わたしのことを呼ぶなんてどんな用事があるのだろう?

 結城くんがわたしと恵美ちゃんのいるところにやや早足で近付いてくる。

「……できた」

 上演の時とは違う小さく早い音。

 それでもちゃんと聞くことができた。けど、どういう意味なのか分からない。

「紙芝居完成したから。……絶対に観に来てほしい」

 …………。

 ……えっ? ええぇー……。

 内容を理解するのにちょっと時間が。

……ええー、できたの、完成したの、言っていた紙芝居が。

 本当?

 そう訊こうと思ったけど、結城くんの姿はもう小さくなっていた。

 ………すごい。

 本当に書き上げたんだ。そしてそれを報告しに来てくれたんだ。

 自分のことじゃないけどすごくうれしいし、誇らしいような、よく分からない感情が爆発しそうに。

 それで感極まって涙が出そうになってくる。

「湊ちゃん、なんか酷いことでも言われたの?」

「ううん」

「でも、泣きそうになっているよ」

 涙が出そうになっているのはそうだけど、それは嫌なことがあったからとかじゃなくて、その反対にうれしいことがあったから。

「大丈夫。変なことなんか言われていないから」

 説明をしておかないと。じゃないと結城くんが悪者になってしまう。

 だけど、紙芝居のことは内緒にしておこう。

 結城くんのする紙芝居が好きというのを公言するのは恥ずかしい。それに、このことは結城くんと二人だけの秘密にしておきたいような気がしたから。



   航


 恥ずかしさを継続したままで自室へと帰還。

 ……俺、ちゃんと言ったよな。藤堂さんに「できた」と伝えたよな。

 未だに消えない羞恥心に悶えながらベッドの上で自問自答。

 たしかに言った……けど、それがきちんと届いたかどうかは定かではない。

 慣れないことだからいつもの声よりも音量はかなり小さかったはずだし、その上早口にもなっていた。

 藤堂さんの耳に俺の声は聞こえたかもしれないが、あれではもしかしたら内容がちゃんと伝わっていなかった可能性も。

 その公算が大きいような気が。

 ちゃんと確認をしてこればよかった。

 そうすればこんな不安な気持ちに苛まれなくて済んだはずなのに。

 もう一つ後悔が。

 あの時藤堂さんの番号を教えてもらっていれば。

 そうすればあんな行動をとる必要がない、ボタン操作に一つや二つ、は無理だけど、それでも十一桁の番号を押すだけでよかったのに。

 それなのにどうして俺はあの時聞いておかなかったんだ。

 そもそも番号を知っていれば、花火大会のことからずっと簡単に訊くことができたのに。

 本当にもう何回したか判らない後悔と反省を。

 いや、もう過ぎたことをいつまでもクヨクヨするのは。

 それよりも今は……。

 ……大丈夫、ちゃんと届いたはず。

 そう思い込もうとするけど、なかなかできない。

 自己暗示を。

 俺の声はよく通るんだ、無駄に響くと言われたことがあるくらいに。

 だから、藤堂さんに耳にちゃんと聞こえたはず、言っている内容も伝わっているはず。

 ……ちゃんと届いたと信じよう。



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