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かんせい? 3


   (こう)


 想いは勝手に伝わるなんてことはない、考えているだけで相手に伝わるなんていう、そんな都合の良いようなことは現実ではまず起きない。

 昔、それで、言わなかったことで痛い目にというか、ものすごく後悔をした経験が。

 だから、言わないと。

 紙芝居が出来上がったこと、そして君に観てもらって始めて完成する、と。

 なのに、俺の身体は藤堂さんのいる方へと向かおうとしない。

 何千キロも離れた彼方に存在しているわけじゃない、難攻不落の要塞の中にいるわけじゃない、同じ教室に、それこそ数歩歩けば辿り着ける場所に藤堂さんはいる。

 それなのに、そこへの一歩がなかなか踏み出せない。

 踏み出せないのにはまあ一応理由が。俺が学校内で藤堂さんと話をしたりなんかしたら、また例の男の嫉妬を買ってしまうかもしれない。

 その嫉妬の矛先が俺に向く分には全然かまわないのだが、藤堂さんに被害が及ぶのは絶対に避けたい。

 一人になってくれないかな、他の人間が目につかないような場所に移動してくれないかな、そんなことを考えながら藤堂さんの様子を盗み見る。

 楽しそうに友人と話をしている。

 笑っている、本当に楽しそうに。

 ……そんな顔を見ていると、ある考えが、

 その考えは瞬く間に俺の脳内を支配。

 もしかしたら、もう必要ないんじゃないのか。

 藤堂さんに、笑顔になってもらいたくて、楽しんでもらいたくて、そして悦んでほしくて、あの紙芝居を創った。

 あの紙芝居のアイデアが俺の中に降りてきたとき、藤堂さんは色んなことで悩んでいる様子だった。

 だけど、あれ過多月日は過ぎた。もう悩みのようなものは藤堂さんの中からきれいさっぱり消え去っているのかもしれない。

 そんなことはとっくの昔の忘れてしまっているかもしれない。

 ……だとしたら、余計なことをしてしまうのは。

 藤堂さんとセックスをするつもりで書いた、あの紙芝居で楽しませて、悦ばせて、そして笑ってもらい、彼女の中に元気というかなんというか陽、プラスの方向へと行ってほしいと想っていた。

 しかし、その想いが真直ぐに伝わるとは限らない。ヤスコに指摘されたように俺の思惑と反対の方向へと、傷付ける、レイプになってしまう可能性も。

 良かれと思ったことが、最悪の展開になるかもしれない危険性を孕んでいる。

 なら、しないほうがいいのかも。

 したかったな、藤堂さんとセックスを。

 俺はやはりそういうことができない運命の下にあるみたいだ。

 ……でも、これは質の悪い妄想かもしれない。

 ちゃんと意図通りに行く、上手くいくかもしれない。

 けど、それは絶対じゃない。

 どうしようか?

 判らない。


 判らない、決められないままで、また日曜日、紙芝居の日に。

 今週もまた藤堂さんは観に来ない。

 落胆する。

 と、同時に悟る。やっぱりもういらないんだと。

 藤堂さんのために、彼女を元気にするために、悦ばせるために創ったんだ。紙芝居で彼女とセックスがしたいという我欲も含まれているけど、観ることを望まないであれば、このまま破棄してしまうのが妥当だろう。

 決めた。ヤスコには申し訳ないけど、あれはあのまま封印してしまおう。

「ねえ、航。今日も彼女来てないわね」

「……うん……ああ……」

 生返事に。考え事をしていたから。

「彼女……えっと藤堂さんだっけ? ちゃんと完成したことを伝えたの?」

「……言う必要がなくなったから」

 そう、もう上演しないと決めたんだ。伝える必要はなくなった。

「はあああ、それどういう意味なの?」

 さっきの上演の時よりも大きく、そして響く声でヤスコが俺を問い詰める。

「言葉の通り」

「だから、どうして必要がなくなるのよ? あんなに苦労して書いたじゃないの」

 そう、苦労した。時間もかかった。けど、それは意味のないものだったんだ。

「説明しなさい」

 何も言わないで黙ったままの俺にヤスコが言う。

「もう必要がなくなった。……それだけ」

 俺の紙芝居なんか観なくても藤堂さんは元気になった。

「何で必要がなくなったの? 紙芝居ができたって言っていないんでしょ。それなのにどうして、そんな風に思うわけ?」

 ヤスコの目が真正面から俺を見据える。こういう時には下手な噓をついたりして言い逃れようとしてもすぐに露見してしまう。

「……三学期に入ってから、藤堂さんの表情が柔らかくなったように見えた。……前は教室でも暗い顔をしている、なんか無理しているように感じたけど、そうじゃなくなった。……あれは彼女を悦ばせるために、元気にするつもりで創った。……でも、もう元気になったんだから、……もう必要なんかないんだ。……それに余計なことをしてせっかくまた明るくなり始めているのを俺がまた曇らせてしまうのもなんだし」

 一息に吐き出す。

「それはアンタが勝手に思っているだけのことでしょ」

「……そうかもしれないけど」

「あの子はさ、ここでアンタが紙芝居を創っていると聞いた時すごく喜んでくれたじゃない。それにあの作品をどうするかと悩んでいる時には観たいと言ってくれたんでしょ。それなら絶対にできたことを伝えないと」

「でも……」

「デモもストライキもない。ちゃんと言いなさい。伝えたけど、観てくれないというのならしょうがないけど、もう必要無いなんていうのは、アンタが勝手に思っていることなんだから」

「だけど……」

 そうかもしれない。けど……。

「ちゃんと伝えないと後で絶対に後悔するから、……みたいに……」

 最後の言葉はヤスコには珍しい小さく消えてしまいそうな儚い音だった。だけど、俺の中ではその前のどの言葉よりも大きく聞こえ、突き刺さる。

「言うのは、伝えるのは恥ずかしいかもしれないけど、それはほんの一時の恥ずかしさだから。言わないままで、伝えられないままで一生悔やむのはすごく苦しいことだから」

 具体的なことは何一つとして言ってはいない。だけど、ヤスコが何を後悔しているのかは判る、というか知っている。

 そうだ、ヤスコにはもう言うべき相手はいない。けど、俺にはいる。

「……判った。……ちゃんと言う」

「うん、がんばれよ」 



   (みなと)


 今週もまた駄目だった。

 上手くなるために練習しなくちゃいけないのは分かっているけど、結城くんの紙芝居を観に行きたかったのに。

 もしかしたら、もう完成しているかもしれないのに。

 ああ、結城くんと話がしたかったな。



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