かんせい?
航
紙芝居の画が完成するのは、早くて二月位、普通に考えれば年度末くらいに、もしかしたらそれ以降になるという可能性もあった。
それなのに、ヤスコはあっという間に仕上げてくれた。
できたてほやほやの紙芝居を年末に受け取る。
その際、年初めの最初の稽古日にみんなの前で披露するようにという厳命も一緒に。
この紙芝居は藤堂さんのために創ったもの。それを先に他の人間の前で上演するのは。
しかしながら、いざ藤堂さんの前で上演という段にグダグダな紙芝居になったら落胆をさせてしまう。それに上手くいったとしてもレイプになってしまうのは極力避けたい、俺が望むべきことじゃない。あくまでしたいのはセックス。藤堂さんを傷付けるようなことはしたくない。
ならば経験豊富なお姉さま方の前で。そうすれば、よりよい上演ができるはず。
はずなのだが、ちょっと、いやかなり怖いような心境に。
だがしかし、一稿目ならば兎も角、書き過ぎ、説明過多と指摘された部分を大きく削った決定稿をそのまま上演してちゃんと藤堂さんに伝わるのだろうか。
ヤスコは大丈夫と言ってくれたけど。
言ってくれたけど、不安があるのもまた事実。
この不安を解消するためにも、やはりお姉さま方の前で上演したほうが得策であろう。
そうは、頭は理解しているのだが、心の整理がなかなかつかないというか。
……。
決めた、決心した、藤堂さんを傷付けるような上演をするくらいなら、俺の精神がちょっとくらい、もしかしたら大きいかも、削られるだけ。
これまでだって何度なく強烈なダメ出しを受けてきたんだし。
年明け最初の稽古日、俺の前には三人のお姉さま方が。
いつもの稽古場のはずなのに、ここで何十、何百回と紙芝居の稽古をしているはずなのに、すごく緊張してくる。なんとなく空気が張りつめているような気が。
三人の目、つまり六つの瞳が俺を凝視する。ヤスコと舞華さんはともかく、いつもは優しいゆにさんまでも真剣な顔で俺を見ている。
この三人の前で変な上演なんかできない。
緊張が強くなってくる。地に足は着いているけど、少し震えてしまう。
まだまだ人前で披露するのには程遠いできの紙芝居を開始する。
最後までなんとか上演はできた。……けど、声が持たなかった。
終盤は、いやもしかしたら中盤くらいからずっとおかしな、変な声になっていたかもしれない。
三人の口はまだ開いていないけど、表情からそんな気が。
「演り方を変更すべきじゃないかな」
最初に口を開いたのは舞華さん。
「えー、でもそれだと航くんの紙芝居じゃなくなるような気がするな」
これは、ゆにさん。
「けど、最後まで声が続かないのは問題だ。観る側も苦痛になってくる」
「でも、途中はともかく最後に変な声になっていくのは演出上有りだと思うけどな」
「そこは否定しない。でも現状は、それを意図的にやったではなく、そうなるしかなかったってこと。聞き辛いような音だとやはり無理がある」
「でもね、真剣に伝えようとしていれば、そんなの関係なく伝わるんじゃないのかな」
「それは相手の都合によるだろ。演じる側はちゃんと伝わる音を出さないと」
「でも、この紙芝居を観せるのは、航くんの上演をすごく楽しみに待っていてくれている子なんでしょ。それなら、気持ちを込めてしていれば絶対に伝わるって」
「だけど、上演はその子一人のためにするわけじゃないだろ」
「……そうだよね。……他にも観る人もいるもんね」
「まあ他の理由としては、無理をして航の喉が潰れても駄目だし」
「それは、そうよねー」
やはり俺のいつもの演り方は駄目なのだろうか。変えたほうがいいのだろうか。
舞華さんとゆにさんの話を聞きながら考える。
「で、航はどうしたいの?」
今まで黙っていたヤスコが、普段は黙れといってもしゃべり続けているのに、口を開く。
考える。たしかに言われたとおりにするのが無難であるのかもしれない。が、このままで行きたいという気持ちもある。
ずっとこの演り方で、あの人と同じように、紙芝居を行なってきたから。
一人で稽古をしている時も当然この欠点に気が付いていた。けど、稽古を重ねているうちに少しずつではあるけど改善しているような気もするし。
このまま行きたい。だけど、喉の負担が大きいのは紛れもない事実だ。
「……このままで」
擦れている、出ているのか、届いているのか判らない声で言う。
「判った。……それじゃこのままの演り方で。けど、このままだと披露する前に航の声が先に潰れるのは明白だから少し変えるから。まずはね、アンタは最初から飛ばす癖があるから、出だしは大人しめにすること。それを徹底的に身につけて。……それから最後は声がグダグダになるというのは演出的にゆにが言うように有りだから、その辺りを頭に入れて計算して上演するように」
本当にこういう時には頼もしい存在になるな。
しばし時間を置いて、声が回復して出るようになってから再び三人の前で上演を。
湊
形のないプレゼントはうれしかった。けど、形のあるものはその反対にあまりうれしくなかった。
先輩からのクリスマスプレゼント。
ハートの形をあしらったペンダント。
かわいいデザインだけれども、なんだかわたしのことを拘束する首輪のように思えてしまう。
貰いたくない、着けたくない。
でも、そんなことをしたら先輩は怒ってしまう。
喜んでいるようなふりをして、先輩に着けてもらう、
先輩のうれしそうな表情が目に。
わたしはこの人のことを騙しているんだ。胸がチクリと痛くなり、胃の辺りがズーンと重たくなる。
無理やり体を求めてくるけど、基本的にはそんなに悪い人じゃない。いつもは優しく接してくれている。
そんな先輩を騙しているかと思うと少しだけ心苦しくなってくる。
デート終わりに先輩の部屋へと。
着けたままで抱かれる。
恥ずかしいけど、慣れてしまった、先輩の上に跨って、大股を広げていやらしく腰を振る。こうすれば先輩は喜んでくれるし、乱暴なことをされない。
全然揺れない胸の上で弾んでいるペンダントとその鎖を見ながら、早く出してくれないかと懸命に腰を振り続ける。
でも、本当はこんなことをするのは嫌だ。淫らに腰を振りながら楽しいことを考える。結城くんの紙芝居。
するとほんの少しだけ楽しく、気持ち良く。
その甲斐があったのか先輩はいつもよりも早く満足してくれた。
もしかしたら特別な日だからと、お泊りを要求されるかもと心配していたけど、あっさりと解放された。
けどその代わりではないけど、他のことを。
冬休みの間、毎日逢ってしよう、と言われる。
流石にそれは。
怒られるのは怖いけど、勇気を出して断る。年末年始には東京に家族で戻る予定もあるし。
最初は怒った先輩だったけれど、わたしの言葉に最後には納得してくれた。けど、その代わりに別のお願いが、毎日電話をすること、と。
毎日セックスをすることに比べたら、それくらいで済むのなら全然平気だ。
年越しとお正月は東京で。
久し振りにわたしの顔を見た親戚に人たちはみんな一様に「大人っぽくになった」と。
多分、褒めている、というのは変か、悪くない意味合いで言ってくれていると思うけど、それを聞くたびにあまりうれしくないような気分に。
去年の夏に先輩とセックスをした。
なりたくないのに大人になってしまった。
その本心を隠して対応。
久し振りの東京はなんだかゆっくりとした時間の流れだった。
そんな中で親戚の子たちにせがまれて絵本の読み聞かせを。
これは信くんが言い出したことだった。
前までのわたしだったら、なんとか理由をつけて敬遠していただろうけど、今は違う。
屋上で結城くんに教わったこと。
それを実践したら現国の朗読も上手く読むことができたし、それから家でも信くんに最後までちゃんと聞いてもらえたから。
今度会ったら訊いてみよう。
みんな最後まで飽きずに聞いてくれていた。
お祖母ちゃんからも上手を褒められた。
あの紙芝居の上演程の人数じゃないけど、それでもわたしの経験上ではものすごく多いギャラリー。
ちょっと気持ち良くなってしまう。
もっと練習をしたら、もっと惹きつけるような、結城くんみたいなことができるのだろうか。
あのレベルで上演するのはすごく大変、多分というか絶対にわたしには無理だと思うけど、それでもちょっとでもいいから近付きたいな。
あ、そうだ今度ショッピングセンターで教えてもらおう。
それから紙芝居の制作がどれ位進んでいるのかも聞きたいな。
そう考えていると、幸せな気分になってくる。
どんな紙芝居を創っているのかな? どんな作品なんだろう?
途端に、結城くんに逢える三学期が待ち遠しくなってきた。




