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カクという行為 6


   (こう)


「けどまあ、悪くなかったわよ。見たことのあるような話だったけどまあまあ面白かったし、初めてでこれなら十分及第点だわ。これをもっと解りやすい、話しやすい、観ている側が理解しやすい文章に、紙芝居にすればOKね」

 全然予想もしていない、想定外のお褒めの言葉がヤスコの口から。

 驚きのあまり俺の口は半開きに。傍で見ればさぞかし間抜けの表情になっていることだろう。

「航、聞いてんの? せっかく人が褒めてあげてんのに」

 聞いている。だからこそ、こんな顔になっているんだ。

「ところでさ……」

 なにやらニヤニヤとした顔つきでヤスコが言う。

「……何?」

 ヤスコのその表情から、何やら嫌な予感が。

「アンタさ、どうしてこの紙芝居を書こうと思ったの?」

「何でって? ……別に大した理由はないよ」

 藤堂さんと紙芝居でセックスをしたい、その一心で書き上げたことは内密にしておく。

 そのことを馬鹿正直に話したりなんかしたら、この先未来永劫このことでからかわれ続けることは必至。

「ふーん……最初に言ったよね、昔話や童話でも構わないって。それなのにこんなメッセージ性のある作品を。長い時間かけて、何度も説明を入れるようにして、微に入り細に入りという感じでさ」

「……アイデアが突然出てきたんだよ」

 アイデアが降りてきたこと事体は事実だけど、長いのは、説明が多いのは、観ている人、つまり藤堂さんに確実に伝えるため。

「嘘だね、本当のことを言え」

 そう言いながら、突如ヤスコはベッドの上にいる俺へとダイブ。

 いつもならそんな攻撃は簡単にかわすことができたけど、不意を突かれた、全くの無防備だったので、身体が動かなかった。

 気が付いた時には、

「重い、退け」

 ヤスコの全体重が俺に圧し掛かっている。俺よりも身長は低いのに、絶対体重は重たいだろ。

「白状するまでは、退かないからね」

 苦しい、重たい、身体の一部が爆発しそうになる。こう表現をすると、あるものが不覚にも反応してしまっているようにとられてしまうかもしれないが、さに非ず。爆発しそうになっているのは膀胱。圧迫されて漏れそうに。そうでなくても寒さですでに溜まっている。このままではそう遠くにない未来に粗相をしでかしてしまうのは確実。そうなったらこの先ずっとこのことを擦られてしまう。

「わ、判った、話すから、早く降りろ」

 本当に暴発寸前で降参を。

 まるでおもちゃを目の前にした猫のような顔をしているヤスコが俺の上から降りる。

「それじゃ、さっさと白状してもらおうかな」

 ニヤニヤとしたヤスコの顔を見ながら思考する。

 嘘をついて、この場を誤魔化そうか。いや、多分無理だ。俺ごときの嘘では簡単に見破られてしまうはず。

 だったら正直に話すか。おそらく馬鹿にされると思う、笑われると思う、阿保だと言われてしまうかもしれない、変態と罵られるかもしれないけど、真相を素直に白状したほうがいいかもしれない。

「……藤堂さんと……セックスがしたかったから」

「……はあああ、紙芝居でエッチ?」

 ほんの少し間があった後でヤスコの口から少々間の抜けた音が。

 ちゃんと伝わらなかったようだ。もう一度、

「昔あの人が言ったことあったよね。表現するということは、セックスと同じだって」 

 上手く伝わらなかったことを捕捉する。

「うん、そうそう、言ってた言ってた。とくに酔っている時なんかにね」

 懐かしそうな口ぶりでヤスコが。

「観ている側の人間を気持ち良くさせないといけない。それから表現する者は精子を放出して、観る側の中に、何か、を受胎させるって。俺は藤堂さんの中に元気を、笑顔を受胎させたいんだ。最近ずっと落ち込んだ、暗い顔ばかりしていたから」

「まどろっこしいわね、そんなの紙芝居なんか使わなくても言葉で直接伝えればいいだけじゃないの。そうすれば薔薇色の高校生活を送れる可能性もあるじゃない」

「無理だ、できない」

 無理だ、そんなこと。学校の中で話せないし、それに……。

「そんなのしてみないと判らないでしょ、当たって砕けろの精神よ」

「……藤堂さんには……彼女には付き合っている先輩が……男がいる」

「その子に男の一人や二人いたからってどうだっていうのよ。本気でその子のことが好きならば、その男から奪い取るくらいの気概をみせなさいよ。だいたい、自分の彼女が落ち込んでいるのに、放っておく男なんて碌な人間じゃないわよ。そんな男よりも俺を選べ、幸せにできるかどうか判らないけど、笑顔にはできるって告白しなさいよ」

「無理だ、できない。……それに藤堂さんは多分俺にはあんまり興味はないと思う。……藤堂さんが興味あるのは俺のする紙芝居だから」

 屋上で色んなことを話した。一番話したのは紙芝居のこと。

 だから、彼女の興味は紙芝居のはず。

「それ本人から直接聞いたの?」

 首を振る。

「だったら、航の思い込みかもしれないじゃない」

「……かもしれない。……だけど、俺には紙芝居をする以外の方法で藤堂さんを笑顔に、元気にするやり方が思いつかないから。……だから……紙芝居でセックスをするんだ」

 他の手段を思いつかない。

「よーく判った、理解した。……じゃあ、これはこうには耳が痛いことかもしれないけど、大事なことだからよく聞いてね……」

 真剣な表情で、さっきの原稿を読んでいるよりも真面目な顔で。

 ()が空く、二人の(あいだ)に沈黙が。

「……何?」

 その間に耐えきれずに訊く。

「好きになった子を楽しませたい、喜ばせたい、笑顔になってほしい、その気持ちはよく判る。でもね、上手くいかない可能性もあるの。反対に傷付けるだけ、レイプになってしまう危険性もあり得るという話よ」

「……レイプ……」

 三文字の言葉が胸の奥に深く、鋭く突き刺さる。

 自己満足のオナニーかもしれないというのは書いている時にちょっと思った。けど、レイプというのは全然考えてもいかった。

「そう。アンタがセックスという表現を使用するならちょっと酷な言い方かもしれないけどね。そういう結果もあり得るのよ。いい、落ち着いて聞いてね」

「……落ち着いてる」

 言葉とは反対に、声は震えてしまっている。

 あの紙芝居が藤堂さんを傷付ける可能性があるなんて。

「彼女を元気付けたい航の気持ちは、まあ理解できる。でもね、人が本気で落ち込んでいる時には他人の言葉には素直に耳を傾けないものなのよ。アンタにも経験あるでしょ。だからこれを彼女の前で上演して希望通りに元気になってくれたら、それはそれで目出度し目立たし。でも、そうならない、余計に落ち込むような、傷付けてしまうような可能性もあるかもしれないってことよ」

 ヤスコの言葉が胸に刺さる。

 これで藤堂さんを元気づけることができる、悦ばせることができる、そう思っていた。

 けど、それは俺の独りよがりな勝手な考えだ。

 ヤスコの言うように反対も十分に起こり得るかもしれない。

「これが悪いわけじゃないの。良い作品だと思う。でも彼女を楽しませるのなら別のをもう一本創ったほうがいいかもね」

 ヤスコの言葉が続く。

 ありがたい助言だけど……。

 ……けど、こたえられない。

「どうするか一度ゆっくりと考えてみなさい。決めるのは航、アンタだから」

 静かに諭すような声が耳に。

 だけど、そんな言葉は俺の中を素通りしていく。

 レイプ、という凶悪な単語だけが俺の中に残った。



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