かみしばい
ソコハヌケマシタ
湊
日曜日、本当は練習はなしで休みのはずだったけれど、みんなで集まって自主練をすることになっていた。わたしも参加することに。
家を出て、いつものように最寄り駅まで自転車で。そこで恵美ちゃんと待ち合わせをして学校へと向かう。
はずだったのに私の自転車は駅へと向かう十字路を曲がらずに直進。
そのまま自転車は真直ぐに。駅から段々と遠ざかっていく。
気が付くわたしは結城くんが紙芝居をするショッピングセンターにいた。
どうしてここに来たのか自分でも分からない。
戻らないと、急いで駅に行かないと、そう思っているはずなのにわたしは自転車を降りてお店の中に。
店内をウロウロと。
当てもなく彷徨う。
いつの間にか結城くんが紙芝居をする場所へと。
わたしはもう紙芝居を観ることができないのに。
なりたくないのに、大人になってしまったのに。
そして大人は紙芝居を観ないのに。
それに結城くんに近付くなとも言われたのに。
ここにいつまでもいないで、部活に、練習に行かないと。部内で一番下手なのに。
それなのにわたしはベンチに腰を下ろしてしまう。
そこから動けない。
動かないままでバッグの中からケータイを取り出す。恵美ちゃんから何件ものメッセージが。体調が悪くなったから今日は休むと返信。すぐに、自主練だから気にしないでゆっくり休んで、と。
嘘をついてしまった。体調は悪くないのに。
……。
これからどうしよう?
家に帰ったらお母さんに心配をかけてしまうかもしれない。
それならどこかへ行こう。……けど、一人で行くような場所を思いつかない。この街に引っ越してきてからいつも誰かの後ろにくっ付いていて歩いていた。
いつまでもここにいては。
ここはもうすぐ結城くんが紙芝居をする場所。
わたしには観る資格はないのだから、ここにいてはいけない。
早く立ち去らないと。
そう思っているのに、わたしの体はベンチの上から動こうとはしなかった。
紙芝居の上演三十分前。
屋上結城くんがわたしに話してくれた。紙芝居をする時は大体三十分前には到着して準備をする、と。
もうそろそろ来る頃だ。
退かないと。
わたしはまだベンチに座っている。
結城くんはまだ来ていない。
もしかしたらわたしがここにいるから姿を見せないのかもしれない。
だったら早く去らないと。じゃないと紙芝居を楽しみにしている子たちの邪魔になってしまう。
そう思っているのに、わたしの体はまだベンチの上から動こうとしない。
十分前、まだ結城くんは来ない。
本当に行かないと。なのに……。
……五分前になった。
ベンチは半分くらい埋まっているのに、その前にまだ紙芝居の台座は置かれていない。
やっぱり、わたしがここに居座っているからだ。
早く退かないと、いなくならないと。
それなのに、わたしはまだ座ったまま。
航
停止と同時に車から飛び降りる。
階段を一気に駆け下りる。
何故こんなに急いでいるのかというと紙芝居の上演時間が迫っているから。あと五分で開始の時間。
いつもはこんなに慌ただしいなんてことはない。もっと余裕をもってショッピングセンターに到着している。
それなのに今日はどうしてこんなギリギリの時間になってしまったのか?
それはヤスコのせい。
移動の手段が自転車か公共交通機関しかない俺はいつも一緒にする人の車に同乗してこのショッピングセンターまで来ることに。つまり、今日は一緒に上演するヤスコの運転する車で来る予定になっていた。
ところが待てど暮らせどヤスコの車は一向にそのエンジン音を轟かせない。これはもちろん比喩だけど、まあ少々うるさいのは紛れもない事実。
ヤスコの携帯にかけてみる。出ない、出る気配がまるでない。少し時間を置いてかけ直す。また出ない。今度は家の電話に。伯母さんが出て「まだ寝ている」と言う。
このままでは遅刻は確実。
俺は自分のフラットバーロードを持ち出してヤスコの家までフルガスで。
隣の丁目、カロリーが尽きる前の到着。
従姉とはいえ一応妙齢の女性。その部屋に本人の了承もなく入るのは悪いような気もするけど、背に腹は代えられぬ、それに伯母さんから入室の許可も得ている。
まだ寝ていたヤスコを叩き起こした。
起こすことには成功したけど様子がなんかおかしい。まだ寝ぼけているが、なんとか意思疎通のできるヤスコに問い質すと、昨日の夜、正確には明け方までずっと呑んでいたらしい。なんでも仕事で大変お世話になった人が転勤するので、その送迎会にずっと付き合っていたらしい。
今日、紙芝居があることをすっかり忘れて。
こんな状態で紙芝居ができるのか? いや、それよりも車の運転なんかできんのか?
と、不安に思っている俺を尻目に、
「……大丈夫。……今、準備するから、ちょっとだけ待ってて」
語尾が消えている、死にそうな声。
ヤスコがベッドの上からのそのそと降りるというか、這い出して来る。ゆっくりとパジャマを脱ぎだす。
慌てて部屋から出て待つことに。
不安ではあるが俺はただ待つことしかできなかった。時間の流れがすごく早く感じた。
「……お待たせ」
見事なまでに呑みすぎを証明するような酒やけの嗄れた声。それに生気もない。
こんな状態で運転なんかできるのかと心配になるが、他に手段はなし。フラットバーロードでは荷物を運べない。公共交通機関を利用すると遅刻するのは確定。
無茶苦茶、乱暴な走りだった。
普段の運転もとても丁寧、安心とはいえないものであったが、今日はそれに輪をかけて酷い。そんな危ない運転なのに、オービスのある所ではキッチリと減速しやがる。車線を縦横無尽、我が物顔で変更しまくって爆走。
普段かかる所要時間を大幅に更新。
正直助手席に座っていて生きた心地がしなかった。普段はろくすっぽ信じない神様にこの時ばかりは敬虔な信者のふりをして祈り続けた。
そしてショッピングセンターの敷地に入った瞬間、その神様に心の中で感謝の言葉をささげた。
ということで、これが階段を駆け下りている理由。
二階に到着。
もうすでにベンチには何人ものお客さんの姿が視界に。
その中に一際目立つ人物が。
藤堂さんだ。
久し振りに紙芝居を観に来てくれた。もう紙芝居に興味を失ったわけじゃないんだ。すごくうれしい気分に。
しかしちょっと格好が気になる。学校の体育の授業で着用する野暮ったいデザインのとは別物のジャージ。部活帰りにでも寄ってくれたのだろうか。
声をかけようか。
ああ、駄目だ。
声をかけるということは立ち止まるということ。今はその時間も惜しい。それに止まるということは、階段を駆け下りてきた勢いで走っている速度を殺すということに。
それは非常に勿体ない。
駆け下りた速度を維持したまま、いやさらに加速して藤堂さんの座っているベンチの横を駆け抜ける。紙芝居の台座の下に置く、台、キャスター付きを取りにバックヤードへとひた走る。
台を取って戻って来ると、丁度ヤスコが紙芝居の道具一式と一緒にエレベーターで二階へと到着。
大慌てでセッティング。
間に合った。開始時間一分前、ギリギリだ。
「……航……ゴメン。酔ったからこの時間の紙芝居無理。……お願い、一人でやって」
ここまで運転しただけで、上演開始時間に間に合っただけで十分。もとよりこんな状態で紙芝居の上演なんかにははなから期待なんかしていない。
「ずっと酔ったままだろ」
けど、何か一言文句を言わないとちょっと気が治まらない。
こんなことになっている原因は紛れもなくヤスコだから。
「……違う。……これは二日酔いじゃなくて。……車で酔った」
自分の運転する車で酔ったのか。なんて器用なヤツ。
呆れていいのか、感心していいのか。いや、今はそれどころじゃない。もう時間だ、上演しないと、始めないと。けど、何をするべきか。ええい、コレでいいや。
最初に手にとった紙芝居を台座の中に放りこむ。
いつもは外す眼鏡をかけたままで。その時間も惜しい。
よく見える視界の先にジャージ姿の藤堂さんが。
ずっと渇望していた、ずっと観に来て欲しいと望んでいた。
それがようやく実現。
だけど、藤堂さんの表情がすごく気になる。暗く沈んで、澱んでいるような。紙芝居を楽しみに待っているとは到底思えないような。
ならば、その顔を明るくしよう、楽しませよう。笑わせて、笑顔にしよう。
その為の稽古は日頃から積んできたつもりだ。
でも、俺台座の中に一体何の紙芝居を入れたんだろう。台座の後ろ側をチラリと見る。
小さい子供向けの作品だけど、この作品なら多分大丈夫なはず。観ている子供達はもちろん、藤堂さんもおそらく楽しんでくれるはず。
時間に。台座を開き、紙芝居の上演を開始。




