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停学期間 4


   (みなと)


 日曜日、今日も一日ベッドの上から動かないつもりでいた。

 けど、生理現象には勝てなかった。

 排泄をしないと。

 でも、動きたくない、このままベットの上に垂れ流してしまおうか、そんなことを一瞬考えてしまう。

 けれど、まだかろうじてだけど理性がわたしの中に。

 それはやっぱり恥ずかしいという感情が。

 しかし、まだベッドの上から動けない。我慢する。

 我慢するけどついに限界を迎えてしまう。

 さっきまで全然動かなった体が急に動き出して部屋から飛び出る、トイレと駆け込む。

 用を足すとまた体が重たかった。自分の部屋に、ベッドの上に戻るのにすごく時間がかかってしまう。

「湊ちゃん起きたの。どう? 具合は」

 お母さんが。

 さっきのトイレのでわたしが起きたことに気が付いて部屋に来てくれた。

 ……あれ?

 正確な時間は分からないけどもうお昼近くのはず。昨日はたしか紙芝居を観に行くと言っていたはず。なのにどうしてお母さんは家にいるんだろう?

 ……頭が上手く回らない。

 あ、それよりも答えないと。けど、返事を返す気力はない。だから、首を横に小さく振る。元気なんか湧いてこないよ。

「何か食べる?」

 昨日は食べられてけど、今は何も食べるような気がおきない。

「寝ていて、元気になれそう?」

 多分、このまま部屋に戻ってまたベッドの上に寝転んでも元気になんかなれない。その反対に明日のことを考えてしまい、余計に憂鬱になると思う。

 黙ったままで首を横に振る。

「それじゃ、湊ちゃんが元気になれる魔法をかけて上げようか」

 そう言うとお母さんはなにか不思議な呪文を口にする。

 …………。

 ……うーん。

 どこかで昔聞いたことがあるような気がするけど、何の呪文だったのか全然思い出せない。

「……それ何?」

 ようやく動くようになって口で。

「憶えていないの?」

 呆れたといった感じの顔と声。けど、そんなに全然記憶はない。

「これ、湊ちゃんがちっちゃい時に自分で作った魔法の呪文よ」

 そんなの全然憶えてなんかいないよ。それにしても……。

「……よく、憶えてたね。そんなこと全然憶えていないのに」

「そりゃ、憶えてるわよ。間違えると怒るんだから。それに何回も言わされたんだから」

 何度も言うようだけど、本当に全然憶えていない。

「小さい頃は大人の真似をしたがってメイク道具を勝手にいじっていたのよ。それで自分では上手くいかないから私にしろって。それでその時にかわいくなれるようにって、魔法の呪文を唱えてくださいって言ってたのよ」

 小さい頃のわたしはそんなこと言っていたんだ。

 小さい頃は大人になりたかった。今はなりたくなかったのに、なってしまった。

「じゃあ、ベッドから降りてリビングに行くわよ。そこで変身よ」

「……変身?」

「メイクをするのよ」

 変身ってそういう意味なの。

「……いいよ」

 そんなことしても無意味だ。この後もずっとベッドの上にいるのだから。

「いいからいいから。メイクをすると気分も上がるわよ。それに湊ちゃん、あれから全然お化粧してくれないからー」

 花火大会の時にお母さんにメイクをしてもらったけど、それ以降は全然していない。

 それより本当かな?

 あ、でも前に結城くんがメイクでスイッチが入るような役者さんもいるとか教えてもらったような気が。

 だったら、メイクをしたらこの憂鬱な気分も少しは解消されるかもしれない。

「……お願いします」

「了解、とその前にまずは洗顔しようか」 


 いつもは賑やかだけど今はとても静かなリビングでお母さんにメイクの仕方を教わる。

 前の時には全部してもらったけど、今日はわたしも。

「……そういえば、今日はゆ……紙芝居を観に行くはずだったんじゃ」

「今日はね、お父さんに行ってもらったの。休日出勤の翌日で悪いけどね。偶には男同士の付き合いもしてもらわないと。それでこっちは女同士でね」

 ウインクをしながらお母さんが言う。

「これでどうかな?」

 鏡に映ったわたしの顔は少しだけ生気のようなものが戻っていた。

 そして気分もほんの少し。

 お化粧の力ってすごいんだ。

「それじゃ、着替えて出かけようか」

「えっ?」

「せっかく綺麗になったんだから人に見てもらわないともったいないでしょ」


 そう言ってお母さんはわたしを外へと。

 電車に乗って、隣の県の大きな街に。

「そんなに固くならなくても大丈夫だから。みんな湊ちゃんがきれいだから見ているのよ」

 見られているような気がして緊張するわたしにお母さんが。

 そうは言っても。

 電車から降りるとさらに多くの人の視線が。

 ただでさえ猫背気味なのに、余計に曲っていく。それから顔を見られないように下を向く。

「ほらほら、そんなに丸まらない。背筋を伸ばす。背が高くてモデルみたいだから、みんな湊ちゃんを見るのよ。だから、自信をもって」

 背中を軽く叩かれる。背筋を伸ばされる。

 通り過ぎて行く人の声が耳に入る。その声はわたしをけなしてはいない。むしろ褒めているような気が。

 メイクをして良かった、来て良かったと思える。そう思うと、久しく感じていない喜びが。

 お母さんがかけてくれた魔法はすごい効果があった。


 その後、買い物でわたしのメイク道具一式を買ってもらう。少しだけもったいないような気もする。だけどすごくうれしい。

 それからお母さんと二人でご飯を。

 いつの間にかお腹がすごく減っていた。昨日の夜の煮麺以外何も口にしていないのだから当然なのかもしれないけど。

 美味しかった。それから楽しかった。

 そんな気分のままで眠りについた。

 久し振りにグッスリ眠れたような気がした。



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