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二学期 2


   (こう)


 校舎の中から屋上へ、つまり外に出るのだから「入ったら」という言葉はおかしいか。

 事実、藤堂さんはドアの前から動こうとはしてない。

 ならば適した言葉で言いなおし、移動を促すべきなのだが、相応しい言葉が咄嗟に浮かんでこない。

 仕方がないので、外開きのドアが閉まらないように押さえながら首を藤堂さんのほうから屋上へと振って促してみる。

 これは通じたみたいだった。

 なんとなく重たい足取りで藤堂さんは屋上へと。 

 夏休み前のように日陰へと進み、腰を下ろす。

 俺も移動を。

 藤堂さんの横に。

 けど、夏休み前よりもほんの少しだけ距離を空けて。



   (みなと)


 結城くんがわたしの横に。

 夏休み前と同じようだけどちょっと違う。

 あの時よりも離れた場所に結城くんは。

 やっぱり怒っているんだ。

 それがこの距離に表れているんだ。



   航


 以前の距離間で座ることをなんとなく躊躇してしまう。

 その結果がこの距離。

 普段は察しが悪いとよく言われる俺だけど、藤堂さんの暗い空気のようなものの理由は想像がつく。

 多分、藤堂さんは俺に謝りに来たんだ。

 夏休み中に絶対に紙芝居を観に来てくれるという約束を果たさなかったことを。

 けど、俺はその件で藤堂さんを責めるつもりは毛頭ない。

 たかだが約束だ。

 法的な拘束力があるわけじゃない、契約書を交わしたわけじゃない。破棄したところで罪に問われるわけでもなし、ペナルティーがあるわけでもない。

 何かしら事情があってできなかった、来ることができなかったのであろう。

 そしてそれを気にかけてくれている。

 もし紙芝居に対して興味も何もなくしてしまっていたのなら、来たりはしないはず。

 まだ、どれ位かは判らないけど、俺のする紙芝居を観たいと思ってくれている証左なのかもしれない。

 しかしながらなんか気まずいような。

 藤堂さんは腰を下ろしてから一点を見つめているだけ。

 何も話してこない。

 ここは俺から話を振ったほうがいいのか?

 だが、いきなり本題、紙芝居を観に来なかったことを謝罪しに来たのかと問うのも。

 もしかしたら勘違いかもしれないし。

 なら、どうして来てくれなかったのを訊くのも……アレだな。

 別の話題から入ろう。

 ……花火大会の時に横にいたのは彼氏なのかを聞く。……多分、まあ十中八九そうだろうけど藤堂さんの口から直接それを告げられるとなんかものすごい精神的ダメージを喰らいそうな嫌な予感が。

 ……うーん。

 夏休み前はもっと簡単に色んなことを話せたはずなのに、何を話したらいいのか判らなくなってしまった。



   湊


 わたしも結城くんも黙ったまま。

 言わないと。

 行けなかったことを謝らないと。

 そうは思っているのに、全然口が動かない。

 情けないな……なりたくなかったけど……もう大人なのに。

 失敗した。

 持ってくればよかった。

 そうしたら、ちゃんと謝ることができたのに。

 なくてもちゃんと謝罪できるのが大人なのに。

 わたしはもう子どもじゃないのに。

 頭がクラクラしてくる。ただでさえ体調がおもわしくないのに。体中の血液が全部下へと流れ落ちていくような気が。

 上手く頭が働かない。真っ白になっていくような。

 意識がどんどんと下へと。目線も下へと落ちていく。

 目に映っているのは灰色のコンクリート。

 こんなんじゃ駄目なのに。ここに来た意味がないのに。

 そんなことは分かっているのに、声が出ない、謝れない。結城くんの顔をちゃんと見ることさえできないでいる。

 本当に情けない。子供じゃない。自分の意思ではないけど、大人になってしまったのに。

「いいよ、気にしなくて」

 結城くんの優しい音が耳に聞こえた。



   航


 いつまでもこのままでいるのがちょっと辛かった。

 といっても俺のことではなく、藤堂さんが。

 多分、謝りに来たと思うのだけど、それがなかなか出だせないでいる。

 そういえば前にも似たようことがあったよな。

 なら、やはり俺から何かを。

 しかし依然かける言葉が浮かんでこない。

 そんなに気にしなくてもいいのに。まあショックといえばちょっとショックではあったがそれで人生を投げ捨ててしまうほどではない。

 情けない話だが俺もこれまでの人生で数多の約束を反故にしてきた。

 だが、約束は約束であって決定ではない、そして未定。そんな言い訳を。

 だからそんなに気にしなくても。

「いいよ、気にしなくて」

 心の中の声で、外に向けて発するつもりは全然なかった。

 それが出てしまう。

 呟きといってもいいくらいの小さな漏れ出た声だったけど、それは確実に藤堂さんに届いた。下を向けていた顔が上がる。視線が俺に向けられる。

 俺の推測は間違いじゃなかった。

 藤堂さんはやっぱり観に来なかったことを謝罪しに来たんだ。

 さあ、これをきっかけにして色々話をするんだ。

 なのに、話題が全然浮かんでこない。いや、本当はある。俺の中に藤堂さんに訊きたいことがある。どうして来れなかったのか。それをやっぱり訊きたい。

 でも、訊けない。

 この質問をぶつけてみて、その答えが、部活が忙しかった、もしくは家族と一緒にいる時間を優先した、という解答が返ってくれば問題はない。

 だけど、もしかしたら全然違う別の理由があったからかもしれない。

 聞きたくない答えが返ってくるかもしれない。おそらく、その公算が大きいような。

 同様に夏休みに何をしていたのかという質問もすごく危険だ。

 だから、話題がない。また黙ってしまう。



   湊


 結城くんのその小さな声はわたしの中の暗いものをいっぺんに吹き飛ばしてくれた。

 けして大きくはない、呟くような、独り言のような小さな声だったけど、大きく、強く、聞こえた。

 心の中に光が差し込んできた。

 落ちていた視線が自然に上がる。結城くんの顔がわたしの目の中に。

 その顔は少しだけ曇っているような。気にしなくてもいいと言ってくれたけど、やっぱり内心では……。

 結城くんはその後何も話さなかった。

 どうして約束を守れなかったのか。どうして観に来なかったのか。夏休みは何をしていたのか。そんなことは一切聞いてこない。

 余計な詮索はせずに結城くんはただ黙って座ったまま。

 わたしも何も話さなかった。ただ黙ったまま、いつもみたいに結城くんの横に腰を下ろしているだけ。

 静かな空間で時間だけが過ぎて行く。

 それはすごく居心地が良く思えた。いつまでもこうしていたいと思った。



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