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ナツノハカ


    (みなと)


 約束したのに……守れなかった。

 絶対に観に行くと結城くんと屋上で話していたのに、夏休み中の日曜日に一度もあのショッピングセンターへと行けなかった。

 部活とか色々で忙しかったけど、それは言い訳なのかもしれない。

 本気で約束を守るのであったなら部活をサボって行けば。

 情けない。

 二学期、九月からどんな顔で結城くんに逢えばいいのか。

 なんだか憂鬱な気分に。

 憂鬱な気持ちになっているのは結城くんとの件以外にも。

 夏休みが始まる前に頭の中で描いていた計画では、お盆過ぎには課題を全て片付けて八月の後半は悠々自適な、快適な夏休みを満喫するはずだった。

 でも現実は、まだ全部終わっていない。夏休みはあと数日しか残っていないのに。

 課題全てがまだ手付かずの山済みというわけじゃないけど、……苦手な数学が全然進んでいない。

 これじゃ間に合わないと机の前でがんばってはみたけれど、全然できないことと部活の疲れで徐々にやる気がなくなっていき、やがて睡魔が。その睡魔に抗えなくてベッドへと一直線。

 これじゃ全然終わらない。

 このままじゃ、できないままで提出することになってしまう。

 そんなわたしに楽しい助っ人が。

 先輩が課題を見てくれると言ってくれる。

 それに素直に甘えることに。先輩は二年生だから、わたしが今苦戦しているところはもうすでに経験済みのはず。

 ということで、八月最後の日に先輩のお家で勉強会を。


 暦の上では残暑のはずなのにまだまだ暑い。

 デートとは違うのだからちょっとだけラフなかっこうで。

 でも、あんまり変なのもなんだから少しだけ気をつけて。

 ノースリーブのブラウスにショートパンツ。前に履いていったミュールで行こうかとも思ったけど、裸足で先輩のお家にお邪魔するのはと思って、短めの靴下、そしていつも履いているスニーカーで。

 先輩のお家はわたしがいつも登校で下車している駅の近くだった。

「いいだろ。予鈴を聞いてから家出ても間に合うぜ」

 たしかにここからなら先輩が全力で走ったら間に合うかもしれない。

ということはギリギリまで寝ていられるんだ、ちょっとうらやましいかも。

「お邪魔しまーす」

「誰もいないから」

 ごめんなさい、先輩。先輩の部屋、というより男の人の部屋は汚いとか思っていました。思いのほか整理されていました。

 勉強会が始まる。座卓に向かえ合わせに座って。

 正直、先輩の教え方はあまり上手じゃなかった。

 それでも経験者。

 全然分からない問題も先輩が色々としてくれているおかげでなんとか解答を。

 けど、やっぱり苦手なものは苦手。得意ではないものに長時間集中を継続するのは難しい。

 徐々に集中力が低下していく。

それにちょっと寒いから最初はあった熱意のようなものも冷えていく。

 この部屋の冷房は今のわたしにはちょっと寒すぎる。暑がりの先輩には丁度良いのかもしれないけど。

 失敗したな。もうちょっと着込んでくればよかったかも。でも、暑いからな。だったら羽織るものを持ってくればよかったかも。

 どうしよう? 先輩に頼んでエアコンの温度を上げてもらおうかな。

 思案する、課題を解くよりも真剣に。

 そんなことを考えていたら先輩の顔がいつの間にかわたしのすぐ横に。

 いつ移動してきたのだろう?

「……えっと……あの?」

 顔近い。

「うん、真剣な顔している湊も可愛いと思ってさ。もっと近くで見たかったから」

 じーっと見られていると照れてしまう。これまでにも何回もあったけど、まだ慣れない、恥ずかしい。

 先輩が目を閉じて顔をさらに近づけてくる。

 これは無言の催促

 わたしも眼を瞑る。

 唇に触れる感触、もう何回も経験した。

 でも、まだ全然幸せな気分になんかなったことがない。

 鼻息がくすぐったい、でも我慢しないと。

 今日のキスはいつもよりも長め、それに強く押し付けてくる。

 息苦しくなってくる。もういいかげん終わってほしい、開放してほしい。

 その意思を伝えようと先輩の大きな体を押し退けようとした。けど、反対に押し返されてしまう。

 座ったままではいられない、このままじゃ倒れてしまう。先輩を押し返そうとしていた手を後ろに回して体を支える。

 キスはまだ終わらない。先輩の体重が上にのしかかる。

 後ろに回していた両腕ももう限界になる。そのまま床に仰向けに。

 その上には先輩の大きな体。

 押し倒されてしまった。

「……あの、……先輩重たいんですけど」

 ようやく解放された唇を動かし自分の状況を伝える。

 けど、先輩はわたしの上から動いてくれない。

「……先輩?」

「俺たち付き合ってもう一ヶ月過ぎただろ。そろそろいいよな」

 なんだか目がすごく怖い。それに鼻息も荒いような気が。

 跳ね除けたい。けど、先輩の体は重い。それに力もわたしなんかよりもずっとある。

 先輩は何も言わない、無言だけど何をしたいのか分かってしまう。

 先輩はわたしを求めている。

先輩がしたいのは、わたしとのエッチ、セックス。

 そんなことをするために先輩の部屋に来たんじゃないのに。取り組まないといけない課題はまだ終わっていないのに。

 暑いからといってこんなかっこうで来たのが間違いだったんだろうか、誘っていると誤解させてしまったんだろうか、そんなつもりは全然ないのに。

 押し倒されたままでまたキスをされる。

 キスは唇だけじゃなくて、下に、首筋にも。

「……止めて下さい」

 弱弱しい声でお願いする、こんなことしたくない。

 だけど、先輩は止まってくれない。

 胸の手が。

 先輩の大きな手がわたしの全然ない胸をまさぐってくる。

 強い、痛い。

 先月から先輩とのお付き合いが始まった。いずれそういう日が来るのかなとは周囲の子からも言われていたし、なんとなく漠然と思っていたけれど。

 だけど、それが今日になるなんて。

 それはもっと、ずっと先のことだと思っていたのに。そしてこんな怖い目にあいながらではなくロマンティックな甘いひと時に、ずっと幸せな気分に浸っていれるような体験になると想像していたのに。

 全然違う。

 それにわたしはまだ先輩を受け入れるような覚悟なんかしていないのに。

「……止めて下さい……お願いします」

 もう一度懇願する。けど、先輩の手は止まらない。

「いいだろ」

 いつもの先輩の声よりもずっと低い音。

 怖くなってくる。

 このまま抵抗を続けていたらもっと怖い目に合うんじゃ。そんなことを考えると力が抜けていく。

 先輩の手がわたしの露出しているふとももを撫でる。

 触れられた箇所、それから背筋がゾワゾワと。

 また上半身に。

 着ているシャツを強引に剥ぎとろうとする。

「……あの……自分で脱ぎますから」

 こんな状況なのに、お気に入りのブラウスのことが気になってしまう、ボタンが取れてしまったら帰りに困ってしまうことを考えてしまう。 

先輩がわたしの上からようやく退いてくれる。

 震える手でボタンを一つ一つ外していく。

ブラウスを脱ぐ。

色気も何もないインナーキャミソールに。

 さっきよりもずっと寒く感じる。

 服を脱いだからなのか、それともこれから体験することへの恐怖からなのか分からない。

 それを観て先輩がちょっとがっかりしたような顔を。

 もしかしたら止めてくれるんじゃ、そんな期待が少し。けど次の瞬間、

「それじゃ続きをするからな」

 怖い顔で先輩が言う。

 こんなことしたくない。

 結城くんが屋上で言っていたセックスはしたいけど、本当のセックスは経験したくない。

 けど、拒むと先輩は怒る。

 小さく肯きながら、

「……カバンの中にアレが入っているから……着けて下さい」

 と、お願いする、懇願を。

 付き合いだし始めた頃に、誰かに冗談交じりに「必要になるでしょ、コレ」と言って、渡されたものがカバンの中にずっと入っていた。

「なんだ、湊もする気あったんだ」

 違う、そうじゃない。

 だけど、そんなことを言っても先輩には信じてもらえない。

 ……諦めて、先輩に抱かれる。


 なりたくないのに、この日わたしは初体験をした。

 大人になってしまった。



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