夏休み 2
湊
多分、いや絶対、これまでの人生で一番大変な夏休みに。
去年も受験勉強で大変だったけれど、今年はそれに輪をかけて忙しい。
高校に入学してから知り合った長島恵美ちゃんに誘われてバドミントン部に入部。
授業はないけど、ほぼ毎日のように高校に登校。
バドミントンの羽は風の影響を受けてしまうから締め切った体育館での練習。
これはずっとじゃないけど、でもすごく大変で辛い。
体育館が使用できない時には基礎練習でこれも辛い。
けど、前に結城くんに言われたように基礎が大事だと改めて認識。
漫画やアニメのようにものすごい急成長を、ということは全然ないけれど、それでも毎日コツコツとしていたら少しずつ成長をしているような気が。恵美ちゃんたちも上手くなってきていると言ってくれているから、本当に成長できているのかもしれない。
このまま上手くなり続けていけば試合に出ることができるかも。
でも、部活だけに終始しているわけにもいかない。
課題も多く出されているから、それにも取り組まないと。
それから最近お付き合いを始めた先輩との時間もとらないといけないし。
本当に大変、忙しい。
だから結城くんの紙芝居をまだ観に行けていない。
夏休みの間に絶対に観に行くと約束しているのに。
それなのにまだ行けていない。
日曜日以外にも紙芝居の上演があるということを知ったのは当日の朝。
新聞チラシの中にあのショッピングセンターのも入っていて、それで知った。
行きたい、観に行きたい。
……けど、行けない。
というのももうすでに予定が入っていたから。
先輩とのデート。
ちょっとだけ結城くんを恨んでしまう。屋上では日曜日以外に上演の予定はないと言っていたのに。予定が変わったのなら教えてくれても。
あ、でも番号を教えていなかった。こんなことなら無理にでもわたしの番号を結城くんに教えておけばよかったとちょっと後悔。
そうだ、先輩との出かける先をあのショッピングセンターにしてもらうのはどうだろうか。そうすれば先輩との約束も、結城くんとの約束も同時に果たすことができる。
だめだ。
先輩はわたしを連れて行きたい場所があると言っていたし、それに……先輩と一緒に結城くんのする紙芝居を観に行くのは。
後ろ髪を引かれるような気分で、今日は先輩のリクエストでポニーテールに、前のみつあみは不評だった、しているから本当にそんな気が、わたしは先輩と電車に。
川を超えて隣の県へと。
先輩がわたしを連れて行きたいと言っていたのはショッピングセンターとは反対方向。
ため息が漏れそうになってけどなんとか止める。
先輩につまらなそうにしていると思われてしまう。
せっかく誘ってくれてのだから。
今日で三回目のデートになる。
けど、まだ先輩のことが好きになれるのかどうか分からない。そんなに悪い人じゃないとことは分かってきたけど。
また出そうになったのを我慢。
「湊ちゃん……」
あ、つまらなそうにしているのを気付かれてしまったのだろうか。
「……つけていないんだ」
違った。
つけていないというのは……あ、そうか最初の花火の時にはお母さんが浴衣に合わせてメイクをしてくれた。けど、今日はしていない。メイクは嫌いというか好きじゃないので。それでもリップは塗ってきたんだけどな、それと日焼け止めも。
気付いていないのかな。
そう思っていたら、
「女子ってカバンになんか色んなもの付けてるだろ」
全然違った。
わたしの今日持ってきている、というか背負っている、リュックには装飾品は付けていない。クマのマスコットを大事な時にお守りとして付けるときもあるけど常時というわけじゃない。大事なものだから落としたりしたら大変だから。
「えっと……」
電車を降りると先輩はわたしの手を握る。
前のデートの時もそうだった。
本音を言うとあまり繋ぎたくない。
別に嫌悪感があるとかそういうわけではなく、暑いから汗をかいているし、もちろん先輩の手も濡れている。それがちょっと……。
でも、拒絶なんかしたら先輩のことを拒否しているように思われてしまうかもしれない、傷つけることになってしまうかもしれない。
だから、我慢。
あの花火大会の日よりも多い人の中を縫うように先輩は歩く。
手を繋いでいるから、わたしもそれに引っ張られるように。
地下鉄のホームから外へと。
眩しい、そしてすごく暑い。
「あの……どこに行くんですか?」
このまま地下にいたら駄目なのかな。
「いいから。着いてからのお楽しみ」
質問の答えをはぐらかされてしまう。そして先輩の足も止まらない。
夏の日差しはけっこうキツイ。歩いているだけなのに体力を奪われてしまう。
行き着いた先は大きな雑貨屋さんだった。そこで先輩は可愛らしいマスコットを購入した。そして、それをわたしのバッグに取り着ける。
「コレを着けていて欲しいなと思って」
これはプレゼントだったわけだ。贈り物をしてくれるのはうれしいけど、受け取れない。受け取る理由がないから。
「あの……自分で出しますから」
「いいから。これくらい奢らせてよ。それにさ、これからはそれを俺の分身と思って大切にして欲しいな」
先輩は笑いながら言う。
彼氏からの初めてのプレゼント。普通なら大喜びをするのだろう。けど、わたしの中にはあまりうれしいという感情がなかった。もう何回も二人で出かけているのに、まだ先輩のことが好きなのかどうかよく分からない。
それでもこれを無下に送り返すわけにはいかない。せっかく頂いたのだから感謝の言葉を伝えないと。貰って悪い気はしないし。
「……ありがとうございます」
その後また地下に戻ったけど、すぐに炎天下の中へと。
先輩がわたしと一緒に来たかったイベントは大きな通りを閉鎖して行われていた。
失敗したな。背中が汗でベタベタに。
こんなことだったら背負うリュックじゃなく持つバッグにしたのに。
でも、それだと片手が塞がってしまう。そしてもう片方も先輩と手を繋ぐからこっちも塞がってしまう。
なら、服を速乾性のあるポロシャツにしておけばよかったかも。
今日着ているのは、前回パンツを穿いていて、それで先輩にスカートのほうがいいと言われたから、サマーワンピにTシャツ。
それからミュールサンダル。これはかわいいから買ったけど、ちょっとお気に入りだけど、今までほとんど履いていないもの。というのも、ヒールが少しだけあって背が無駄に高いわたしが履くと周りから余計に高くなってしまう。けど、先輩はわたしよりも背が高いから、これを履いても大丈夫。
けど、こんなに歩くのだったらスニーカーのほうが良かったかも。
メインの会場以外でも色んな催しものが。
その中でジャグリングをしている人が。
ジャンルは全然違うけど、何となく結城くんのことを思い出してしまう。
行きたかったな、紙芝居。
そんなよそごとを考えていたことが表情に出てしまっていたのか、先輩の表情が曇って、ちょっとだけ怖くなる。
その顔を見るが嫌だ。
結城くんのことを、紙芝居のことを考えるのを急いで止める。それから口角を上げて微笑んで先輩を見つめる。こうすれば先輩の機嫌はよくなるから。
日が落ちてくると少しは涼しくなったけどまだ暑い。
大通りから離れて涼しい場所で休憩を。
ファストフードとかコーヒーショップに入店して涼をとれればいいのだけど、高校生だからそんなにお金がない。
だから、自動販売機でペットボトルのジュースを買って日陰のベンチに。
ペットボトルのジュースがひんやりとして気持ちよかった。しばらくは開けずに、おでこに当てたり、首元を冷やしたりして、冷たさを満喫していた。
「飲まないの?」
先輩が言う。
「はい、これ気持ちよくて」
そう言いながら無意識にペットボトルを脇の下にいれる、挟み込もうとしたのを慌てて止める。こうすると熱中症対策に良いことは分かっているけれど、先輩の前でするのは。それに今日はノースリーブでなんとなくはしたないような。
「そうなんだ」
そう言うと横にあったはずの先輩の顔がわたしの顔の傍に近寄ってくる。あっ、なんか近いなと思っていたら唇に生暖かい感触。
それからほのかなコーラの味。
ああ、わたし今キスをされているんだ。
……あ、ファーストキスだ。
そう思った瞬間、わたしは先輩の大きな体を反射的に突き飛ばしてしまった。
「ゴメン。急すぎたかな? でもさ、俺たち付き合ってからもう三週間になるし。そろそろいいかなって」
分からない。
お付き合い自体初めてだし、それにキスをされたもの初めて。だから、三回目のデートでするのが早いのか遅いのか全然分からない。
ビックリしている反面なんだか頭の中が冷静に。
「今度は驚かせないようにするからさ、もう一回」
そう言いながら先輩はわたしの顔へと、唇へと近付いてくる。
真剣な顔をしているけど、早くキスをしたいのか唇がちょっと前に突き出ている。
それがちょっと面白くて思わず笑ってしまいそうになってしまうけど、こんな時に笑ったりなんかしたら。
我慢しようとするけど、こらえきれなくて噴き出しそうに。
笑わないようにするためにわたしは目を閉じる。見ないようにする。
唇にまた生暖かい感触が。
さっきよりも強く、長く押し付けられる。
コーラの味以外にちょっと生臭いような感じが。
それから先輩の鼻息がかかる。
これは二度目でさっきよりも長い時間キスをしているからなのだろうか。それとも目をつむっているせいで感覚が鋭敏になっているからだろうか。
幼い頃見た結婚式でのキスはとても幸せそうにわたしの瞳に映っていた。
それと同じ行為をしているはずなのに全然幸せな気分にはなってこない。
少女マンガで読んだ、ドラマで観たキスシーンはとてもドキドキした。いつか自分もするのかなと想像していた。その時にはもっとドキドキするのだと思っていた。
でも、実際に経験しても、あまりドキドキしない。
かといってものすごく嫌悪感があるわけでもない。
唇と唇が触れている。自分の身に起きていることのはずなのに、実感がないというか、まるで他人事のようというか。
とにかく、夢見ていたようなキスじゃなかった。




