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夏休み 


   (こう)


 俺のほうが先に好きになったのに。

 ……それなのに。

 自暴自棄になって、再開した紙芝居をもう二度と絶対にしない宣言をし、それだけじゃなく夜の街に繰り出し、喧嘩に明け暮れ、アルコールを浴びるほど吞んで失恋の痛みを癒し、それだけでは全然足りなくてドラッグにまで手を出して心身共にボロボロになって、そして最後はもうこの世に何の未練もないのだからと、高いところからあの世への片道の旅路へと……ということはなかった。

 藤堂さんに彼氏がいたことはまあ…それなりにショックではあったのは紛れもない事実ではあるが、それでも紙芝居を辞めてしまおうと考えるほどの大きさではなかった。そして当然、自暴自棄になって身の破滅を招くような行為も行ってはいない。

 行動しなかったのは俺自身だ。

 前にヤスコにも言われたことがあったが、チャンスの女神には前髪しかない、まさにその通りになってしまった。

 もしかしたらあの時屋上で誘っていたらという後悔をしないでもないが、それでOKを確実にもらえたかどうか定かではないし、それにそもそも屋上で話すようになった以前から付き合っているのならそんな芽は元よりなし。

 それよりも藤堂さんとの関係性が全て消滅してしまったほうが怖い。

 あの時決断した演者とファンの関係はちゃんと継続しているはず。

 ならば、それをもっと強固なものにしよう。

 もっと面白いものを上演して、藤堂さんを楽しませよう。

 そう思うようにしているのだが、思いのほかショックを受けたのもまた事実であり、翌日の紙芝居の上演で「おもしろくなかった」と観ている人が途中で席を立ってしまう程の酷い上演ではなかったものの、演者本人としてはまあ不満のあるようなでき、本日一緒にショッピングセンターに来ている舞華さんからとゆにさんからも「ちょっと集中していないな」「こういう日もあるよー」と指摘されることに。

 幸いというかなんというか、今日の上演には藤堂さんは来ていない。

 来た時にはこんな不甲斐ない上演はしないようにしないと。

 そんなことを心に秘めて本日の紙芝居は終了。


 終了して、ゆにさんは座らせて、片付けをしている俺たちのところに前田さんが。

 普段はお任せ状態で滅多に顔を出さないのに一体どうしたんだろうと思っていたら、

「急な話で申し訳ないなんだけどさ、お盆にまたヒーローショーを催すんだけど、そこで臨時で紙芝居の上演をしてくれないかな。ヒーローショーの人らがまた一緒にしたいと言ってきてるんだよね」

 追加の上演の依頼だった。

 そっか、またあの人たちがここでショーをするのか。

 今度もちゃんと観て勉強して、盗めるテクニックは盗んでおこう。

 参考になるからな。

 そんなことを考えている俺の横でゆにさんと舞華さんが、

「どうする?」

「どうするも何もここでは即断できないな、ヤスコの意見も聞かないと」

「そうよね」

「勝手に決めたりしたら、アイツはむくれて、へそを曲げてしまうからな」

「そうねー」

「というわけで、この案件は持ち帰って相談した後で、どうするかご報告ということでも構いませんか」

 舞華さんが。

 よく知らないけどなんかできるビジネスマンといった感じだ。大人という感じだ。

 相変わらずかっこいいな。並みの男よりもハンサムな、二つの意味で、雰囲気だ。

 それはそうと別に今決めてもいいような気もするけど、まあここでヤスコ抜きで決めて、それを告げるとむくれてしまうのは容易に想像できるからな。二人の判断はすごく正しいと思う。

「それじゃ相談して連絡をして。チラシとかの作成もあるからできれば早めがいいんだけど。ああ、そうそうそれと……」


 前田さんからは早めに連絡をくれと言われたので、その日の夜に急遽劇団員三名と追加で俺の計四人での依頼を受けるかどうかの会議が。

 といっても、話し合い早々に申し訳ないが今回はお断りという方向に。

 何しろ三人のうち二人はもうすでに予定が。

 舞華さんは去年できた彼氏と休みを合わせるためにお盆の期間は仕事。

 ゆにさんは義実家に。

 ならやっぱりあの時断ってもよかったんじゃと思っていたら、「すぐに断るのは悪いような気がしたからな」という回答が。

 なるほどそれはそうかもしれない。

 そしてヤスコも予定があるような無いような話を。

「じゃあさ、また俺が一人でするから。せっかく依頼してきてくれたんだし、それに前田さんにも悪いしさ」

 それまで会議にはいるだけで口を挟まなかったけど。

 みんな予定があるのなら俺一人で。

 夏休みに何処かへと遊びに行くような予定はないし、その頃ならまだ課題に追われるような時期でもないし。

「はああー、何言ってるのよ」

 俺の言葉のどこにそんなに驚く要素があったのか判らないが、ヤスコがいつもよりも若干高めの声を出して言う。

「だから今回も俺一人で()るって言ったんだけど」

 もう一度、ハッキリと。

「前回の大失敗を忘れたのー」

「いや忘れてないよ。あの時の経験があるから、今度は上手くとまでいかなくとも、前のような失態は起こさないような自信はあるから。それに前田さんが言っていたけど、前はショーの後の上演だったからあんなことになってしまったって。だから今回はショーの前、前座という形での上演にするって」

 あの時と同じ轍は踏まない。リベンジをしたい。

 それに今後のために良い経験になるはず。

 しかしまあこれも理由ではあるのだが、それ以上の理由も。

 それは藤堂さんのため。

 屋上で夏休み期間に日曜日以外の上演があるのかどうか訊かれた。その時はないと言ったけど、こうして依頼を受けて臨時で上演する機会を得たのだから。そこで紙芝居をすれば藤堂さんが観に来てくれる確率が高くなるのでは、そう考えた。

まあ、お盆だから東京に帰省しているかもしれないけど、それでも一日だけでも上演日を増やしておこうという目算、打算が。

「いいの航くん?」

「まあ航がしたいというのなら私は反対しないけどな」

 ゆにさんと舞華さんの意見。

「ああもう。夏休みの予定変更よ、私も一緒に行くから」

 ヤスコが大声で言う。

「え、別に一人でいいよ。前の時みたいに事前に道具を運び入れてさえすれば、自転車で行けるし」

 昼中は暑くて外を走るような気も起きないけど朝出発すれば問題ない。

「前みたいに潰れたら困るのよ。最近立ち直ってようやく戦力になってきたし、ゆにもこの先当分出られそうにないのに、また大失敗を起こして凹んで辞めるなんて言われたら迷惑だから。だから今度は私も一緒にするから」

 いや、本当に一人でも大丈夫だと思うけどな。

「ツンデレだな」

「うんうん」

「別にコイツのことなんか心配なんかしていないから。人数が減ると大変だから、その対策をするってだけなんだから」

「素直じゃないな」

「そうそう」

 珍しく他の二人からいじられているヤスコを見ながら、一応心の中で感謝をしておく。心配かけていたんだな。だけどそれを絶対に口にはしないけど。

 ともかく、これで追加の紙芝居上演が決定した。


「無理しなくてもいいんだからね、今日はあたしもいるんだから」

 お盆の特別紙芝居上演、本番前。

 目の前に敷きつけられているブルーシート、といってもその大半もう青く見えないのだが、をキョロキョロと見ている俺にヤスコが。

 何でそんなことを言うんだ?

 ああ、もしかしたら緊張している、前回のことがフラッシュバックして本番直前におかしくなりそうだと危惧しているのか。

 そんなことはない。

 まあいつも上演している場所よりも広くてそれに観客も多い。少々緊張のようなものはあるけど、それ自体は別段悪いことではないし、それになによりも足の裏の感覚を今はしっかりと感じ取れているから問題はない。

 それにまあヤスコの指摘通りであったとしても本日の上演には全然支障はないはず。

 ヤスコもいるし、それに紙芝居の後にはヒーローが控えている。

 今ブルーシートの上にいる人のほぼ百パーセントが紙芝居ではなくヒーローショーが目当てのはず、不味い、下手な上演を仮にしてしまってもそれで全員が帰ってしまうなんていうことはないはず。

 だからまた失敗してしまうかもと思って緊張して所在なく周囲を焦点の合わない目で見ているなんてことはない。

 キョロキョロと見ていたのは緊張のあまり視点が定まっていないというわけじゃない、ある人の姿を探していたからだ。

 藤堂さんは観に来てくれているだろうか。

 見える範囲ではいないな。

 屋上で聞いたようにもしかしたら防火シャッターの向こうに隠れているんじゃないかと思ってその辺りを重点的に探してみたけど、藤堂さんの姿は見つからない。

 お盆というのはやはり日が悪かったのだろうか。

 まあ残念ではあるが、ある意味仕方がない。

 あの時連絡先、携帯の番号を聞いておけば事前に今日の上演のことを伝えることもできたけど、それをしなかったのは俺だし。

 時間になる。

 ショーの開始三十分前の上演だから、また中央広場に臨時で組まれている舞台の前の青色は半分くらいが埋まってる。

 そんな中での紙芝居。

 そして今回は、前回の経験を踏まえて、最初から舞台の下で。

 こどもの日のリベンジ、復讐、いやこれはちょっと違うな、復習のほうがピッタリなような気もするな。

 前座としてまずは観客を暖めないと、という考えで最初の紙芝居は観客と一緒になって進めていく作品を。おっちょこちょいの魔法使いが魔法で色んなものを出すけど、そのどれもがどこかおかしい、それを観ている人の指摘してもらう。

 始める前にちょっとした仕込みを。

 前回顔見知りになっている司会のお姉さんに、誰も手を挙げなかった時は振るかもしれないから一応準備だけはしておいて下さい、と。

 が、そんなものは必要なかった。

 勢いよく何本も挙がる小さな手と腕。

 その中にはいつもの紙芝居の上演で見たような顔もチラホラと。

 お、あれはたしか藤堂さんの弟じゃ。

 ということは、もしかしたら気が付かなかっただけで彼女もここにいるのか。

 紙芝居の最中なのに藤堂さんの姿を探すために周囲を見渡す……ということはしたかった。そうしたいのは山々だけど押し止めて上演を。

 隠れて観ているかもしれない藤堂さんに届くように。

 それが功を奏したのか、それとも本日のお客さんの質が良かったのか、一本目の紙芝居は大盛り上がりで終了。

 ヤスコと交代。

 舞台の横で上演中は外している眼鏡をかけて藤堂さんの姿を探す。

 見つからない。

 二階にも三階にも視線を走らせたけど、防火シャッターの後、柱の陰にも目を配らせたけど発見できず。

 うーん、来ていないのか。

 やっぱり部活で忙しいのか。

 残念だ。

 けど、今日いないからといって未来永劫観に来ないというわけじゃない。

 夏休み期間の日曜日はまだある。

 藤堂さんが見に来た時には今日以上の紙芝居をしよう。

 そんなことを考えていたらヤスコの上演が終わっていた。

 さあ、もう一度出番だ。

 もっと盛り上げてヒーローショーにバトンを渡そう。



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