花火大会
湊
生まれて初めて告白された。
もしかしたらものごころがつく前には、それこそ幼稚園の頃とか、あったかもしれないけれど、そんな時の記憶はあんまりないから人生初といってもあながち間違いではないはず。
しかも、全然知らない人から。バスケ部の先輩みたいだけれど、顔とわたしよりも背が高いくらいのことしか知らない。
それも大勢の人が見ている前で。
告白された瞬間は、何を言われたのか全然理解できなかった。けど、周りの人たちの囃し立てる声で、今自分がどんな状況にいるのかようやく理解できた。
漫画やドラマで観ていたことがわたしの身に起きた。
突然の告白というシーンに少しばかり憧れのようなものがあったけれど、実際に起きると戸惑ってしまう。
頭の中がちょっと白くなっていく。
どうしていいのか分からなくなってしまう。
断っていいのかな?
よく知らない人とお付き合いをするのは。それも人生初の。
けど、無下に、あっさりとゴメンなさいと言って振ってしまう、でいいんだよね、というのはちょっと申し訳ないような気も。
こんなに多くの目がある中でそんなことしたら。
きっと告白するのにものすごく勇気がいったはず。わたしもついこの前、ずっと結城くんに謝りたいと思い続けていたのに、それがなかなかできなかった。
全然違うけど、多分同じようなはず。
遠回しに、なるべく傷付かないような言葉を選びつつ、お断りをしないと。
よく知らないからと言って、告白を断っているつもりだったけど、先輩にはあんまり通じなくて、その上周りからの応援のようなものがあって、先輩はグイグイと押してくる。
そんな状況に徐々に頭の中がパニックに、白くなっていく。
気が付いた時には先輩と今晩デートをすることになってしまっていた。
花火大会に一緒に行くことになってしまっていた。
普通の子ならデートをするということで少しウキウキして気分と恥ずかしさが同居している思うのだけれども、わたしは不安と戸惑いが。それらと一緒に帰宅。
そんな娘のおかしな雰囲気を察したお母さんが。
本当は黙っていようと思ったけど、お母さんの根掘り葉掘りの質問攻めにとうとうわたしは陥落してしまう。
「そっか、湊ちゃんもデートをするような歳になったのかー」
感慨深げにお母さんは言う。
「……うん」
デートと言われても全然実感はない。
「それでどうして浮かない顔をしているのかな娘さんは?」
「よく知らない人だし、……いきなりでビックリして……それでなんか流されるままに沿一緒に出かけることになったから……デートといっても……」
そもそもわたしはまだ恋というものをよく知らない。それがいきなりデートをすることに。
「心配症だよね。ほんと、そういうところお姉ちゃんにそっくりだな。平気よ、最初はよく知らなくて分からなくても、逢っているうちに分かるようになるし、それに好きになっていくこともあるから。私みたいにね」
お母さんはわたしの本当のお母さんじゃない。小さい頃にママを亡くし、幼いわたしの子育てで困っていたお父さんを助けたのが当時まだ大学生だったお母さん。わたしの面倒をみるためによく家に来てくれて、それでいつしか惹かれ合うようになって、そのまま就職せずに家庭に入ったらしい。
そんな話を小さい頃から聞かされてきた。
でも、本当に逢っているうちに好きになっていくのだろうか?
そんなこと全然想像できない。
「……うーん……」
戸惑いが音になって外へと出てしまう。
「平気よ。もし駄目だ、この人とは合わないと思ったなら、その時は振っちゃえばいいだけなんだから」
笑いながらお母さんが言う。
「……いいのかな?」
「いいのいいの、人のことよりもまずは自分。我が娘よ、青春を思う存分楽しみなさい」
「……うん」
「それじゃ早速準備をしないとね。楽しみだわー、娘を着飾るのは」
「準備って……いつもの服じゃダメかな」
「そんなの駄目に決まっているでしょ。初デートなんだから、それなりにおめかししないと」
そう言い残して、お母さんはわたしをリビングに一人残して出ていく。
残されたわたしの中にちょっとだけ疑惑が。もしかしてお母さんに遊ばれているだけかも、と。
しばらくしてお母さんが戻ってくる。浴衣を持って。
「持ってきてよかったわ。これね、お姉ちゃんが着ていた浴衣なの」
淡い紺色の大人っぽい浴衣。
それ大事なものなんじゃ。わたしが着てもいいのかな。
「これはねいつの日か、大人になった湊ちゃんに着て欲しいと思っていたものだから」
「……わたしまだ大人じゃないけど」
外身は大きいけど、まだまだ子供だと思う。
「いいの、これを着て今日大人の階段を一歩上るんだから。はい、まずは羽織ってみて」
そう言いながらお母さんは楽しそうにわたしに浴衣を渡す。
袖を通してみると丁度いい位のサイズだった。
微かな記憶と写真でしか知らなかったけど、ママって結構背が高かったんだ。
着付けが終わったら、今度は髪を結ってもらい、簪を挿してもらう。
「これもお姉ちゃんが使っていたものなのよ」
お母さんは言う。そして続けて、
「せっかくだからお化粧もしてみようか」
「いいよ、このままでも」
メイクはあまり好きじゃない。
小さい頃から背が高く大人と間違われたことが何度も。一度、同級生のお母さんと思われてしまうということがあって、すごいショックだった。だから周囲がそういうのに興味を持ちだしても自分がしたらもっと大人と間違われてしまうんじゃと思って敬遠を。
「せっかくだからしようよ。娘にお化粧の仕方を教えるのも母親の大事な役目なんだし。まあでも本当のことを言うとね、私にお化粧を教えてくれたのはお姉ちゃんなんだよね。……お姉ちゃんから教わったことを湊ちゃんに伝えたいなと思って」
「……お母さん……お願いします」
義理だけど娘のわたしのことをちゃんと見てくれているお母さんに教えてもらいたい。
「了解。可愛い娘を、もっと可愛くするわよ」
お母さんはわたしの顔に薄くお化粧を施してくれる。
それからママとの思い出も一緒に語ってくれた。
待ち合わせ場所の駅には先輩は先に着いていた、背が高いからすぐに見つけることが。
「ごめんなさい、遅れてしまって……」
花火大会は高校のある市で。
「いいよ、待ち合わせの時間に遅れたわけじゃないし。それよりも浴衣を着て来てくれたんだ。可愛いよ」
先輩の言うかわいいは、わたしに対してなのか、それとも着ている浴衣になのか、今一よく分からなかったけど、それでも褒められて嫌な気分にはならない。
「それじゃ行こうか」
「……はい」
先輩の後をついて歩く。
花火大会が行われる会場まではこの駅から少し離れている。
浴衣に合わせて履いてきた履物がちょっと痛い。
それだけじゃなくて浴衣もいつものように歩いたら裾がめくれてしまうから小さな歩幅で。
結果、いつもよりも歩くのが大分と遅くなってしまう。
そんなわたしに気が付かず先輩はどんどんと先へと行ってしまう。
遅れないように、置いていかれないように一生懸命に歩くけど、慣れてない履物ではそんなに速く歩けない。
人ごみの中に先輩の背中が消えそうに。
先輩の身長はわたしよりも高い。だから人ごみの中で頭一つ出ている。
なんとか見失わずにすんだ。
これがもし今日のデートの相手が結城くんだったら完全に見失っていたかもしれない。だけど気遣いのできる結城くんだったら、こんな状況ではわたしの歩調に合わせてゆっくりと並んで歩いてくれていたかもしれないな。
そんなことを考えながら背中を追っていたら、先輩は人の流れに逆らってわたしの所にまで戻ってきてくれた。
「ゴメン。……女子と歩くの慣れていないからさ」
短い髪をかきながらポツリと先輩は言う。
「こっちこそ、すみません。歩くのが遅くて」
「いいよ、ゆっくり歩くからさ」
「……はい」
先輩はわたしに合わせてゆっくりと歩いてくれる。
夜の帳が下りて、轟音が鳴り響く。
暗くなって、次の瞬間に夜空にまばゆいばかりに大輪の花火が。
繰り広げられている花火にわたしは見とれてしまう。
だけど、上ばかり見ていたらまた先輩とはぐれそうに。
「……あのさ……手繋いでいいかな。またはぐれてしまいそうだから」
先輩もまたわたしがはぐれてしまうと思ったみたいだった。
最初はちょっと怖いかもしれないと思っていた顔で照れながら言う。
そんな先輩を少しだけ可愛いと思ってしまった。
弟の信くんと迷子にならないように、はぐれてしまわないように、手を繋いで歩く。その相手が先輩になるだけ。
あの時とはちょっと違うからそんなに恥ずかしくない。
「はい」
差し出された手を握る。
信くんのよりも、あの時握手した結城くんの手よりも大きかった。
その手の大きさが、ああ今デートをしているんだなと実感させる。
そんなことを考えながら、手を繋ぎながら、花火を見た。
夜空を綺麗に彩っていた花火が終わる。
楽しい時間は終わる。
だけど、この楽しさは花火のおかげなのか、先輩と一緒にいたからなのか分からない。
それに肝心なことなのだが、わたしはこれから先この先輩のことが好きになっていくのだろうか?
……分からない。
ただ、一緒にいてそんなに嫌な人じゃないことだけは分かった。
そして帰り際に、次のデートの約束が決まってしまった。




