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屋上タイムと花火大会


   (みなと)


 あれから結城くんと色んな話を。

 部活が始まる前のほんちょっとしかない、短い時間しかなかったけど、それでもたくさん話を。

 紙芝居のことはもちろん。

 声の出し方のこと。

 自分の声は小さくて、よく聞き返されることがあったのであまり好きじゃなかったけど、結城くんの指導で少し改善した。前よりも声が出るようになった。

 けど、それ以上にちょっとうれしかったのが、結城くんがわたしの声を褒めてくれたこと。声の良いからそう言われると、なんだか照れてしまう。

 その成果があって信くんに読み聞かせをしたとき最後まで聞いてくれていた。

 それと聞くお芝居のほうが難しいということも教えてもらった。

 他にもいろんなお芝居のことを。

 俳優(わざおぎ)という言葉も教えてもらった。

 自転車の話も。

 ヘルメットをできるだけ被ったほうがいいと力説されて、わたしが「でも、そんなにスピードを出さないけど」と言ったら、自転車とのいうのはある程度速度が出ているほうが安定する乗り物で、止まりそうなくらいゆっくりの時のほうが逆に危ない、そして2メートル近い高さから頭を堅いアスファルトの上に叩きつけられ可能性を説明されて、以下にヘルメットが重要か説明された。

 それから自転車で速く走る方法も教わった。

 あとは、漫画や小説の話。

 結城くんは以外にも昔の少女漫画にも造詣が深かった。

 わたしが知らないような漫画も知っていた。家でその漫画のタイトルを言ったら、お父さんとお母さんが反応。

 おすすめの小説も紹介してもらった。

 けど、こんな楽しい時間も今日で一時終了。

 明日から夏休みになってしまう。

 これまでの人生ではずっと夏休みが来るのが待ち遠しかった。

 けど、今年は夏休みに入るのが少し寂しい気分に。

 でも、夏休みの期間ずっと結城くんと会えないわけじゃない。

 だから、「紙芝居観に行くからね」。そう言って結城くんと一緒に屋上から出た。

 


   (こう)


 屋上で色んな話を藤堂さんとした。

 あのクマのマスコットのことをもう少し詳しく教えてもらったり、バドミントのことを話してもらったり。

 俺からも自転車の話や、好きな漫画や小説の話を。

 本当はピンクが好きだけど、似合わないから別の色のものを選んでいるとか。

 これだけ一緒に居るのならまあ友だちといっていいんじゃないのだろうか、差し支えないんじゃないだろうか、そんなことを考えてしまう。

 だったら、花火大会に遊びに誘うのは有りかも。

 勇気を出してそれを告げようとしたけど、止めた。

 友だちかもしれないけど、その前に演者とその観客である。

 遊びに誘って、それが遠因でおかしなことになってしまうかもしれない可能性も。そうなったら観に来てもらえなくなってしまうかもしれない。

 本音を言えば関係性を発展させたいという下心のようなものが皆無ではないが、しかしながら今の関係性でも十分にありがたいと思うのもまた事実。

 同年代の紙芝居のファンなんて、それも俺の演るのが好きと言ってくれる人なんていうのはすごく貴重。

 それを余計ないことをして逸してしまうのは。

 だから本音というか、気持ちをぐっと押しとどめて藤堂さんと二人で屋上から出た。


 来るはずなかった花火大会に。

 これはあれから自分の中の考えを撤回して、一世一代の告白とまではいかないまでもそれに近いような心境で遊びに誘い、それを藤堂さんが承諾してくれて、晴れて二人でやって来た、というわけではない。かといって、一人で来たわけでもない。というか、正直な話、花火大会の見物に行きたいという欲求は俺の中には皆無である、わざわざ人の多い場所にこなくても、家からでも音を十分に楽しめるし、それに全てではないが大きな花火はベランダからでも見ることできる。

 それなのに、俺は人がごった返した花火大会の会場に。

 なぜそうなったのか、その原因は俺の従姉、ヤスコだった。

 前述したように家で、自室で花火の音を聞きながら読書でもしようとしていた俺をヤスコが強引に連れ出す、拉致する。

 連れ出した理由は、「一人で行ったらさみしい女だと思われるじゃない」とかいうどうでもいいようなこと。お前が一人で花火を楽しんでいても誰もそんなこと思わないよ、という突っ込みを入れようとしたけど、そんなことをしたらその倍ぐらいの言葉が飛んできて俺を攻撃するのは容易に想像できてしまう。

それが判っているから余計なことを言って刺激しない。

 それにまあ花火大会に付き合ったら、ヤスコの奢りで屋台に品にありつけるというのは金のあまりない高校生には多少魅惑的な提案であった。偶にはB級というかジャンクなものを欲してしまう。

 ということでヤスコの運転する車で花火大会の行われる河川の会場へと。

 出るのが少々遅かったからか、それとも予想以上に車で来る人が多かったのか、駐車場に車を停めるのに一苦労であり、屋台の立ち並ぶ堤防沿いのメインステージ前に足を踏み入れた時にはもう頭上で大輪の花が咲き始めていた。

 そんな中でヤスコは屋台巡りを。

 それを見ているとやっぱり俺が来る必要はなかったんじゃ、一人でも十分楽しんでいるよなと思ってしまう。

 暗くなる、その一緒後には光と轟音。

 そういえば昔あの人が言っていたよな、打ち上げ花火は手向けの花だって。お盆で帰ってくる人に向けて打ち上げるって。

 すっかり忘れていた。けど、思い出した。藤堂さんのおかげだ。屋上で話しをしていなかったらもしかしたらずっと忘れたままになっていたかもしれない。

 あなたの残したことを続けられる。もしかしたら、辞めてしまっていたかもしれないけど。 

 まかれた種は俺の中で芽が出た。枯れそうになったけど、一人の女の子のおかげでまた復活し、成長しようとしている。

 心の中であの人に報告し、それから藤堂さんに感謝する。

「楽しんでいるかね、少年」

 いつの間に俺の傍に来たのかヤスコが言う。右手にはたこ焼き、左手には綿菓子。しかも派手な色彩で彩られた魔法少女アニメの袋。

「まあまあかな」

 着いた瞬間は人の多さで辟易していたし、ここの辿り着くまでの間に何度か人にぶつかりそうになり、その都度俺が避けていたけど、自分ばかり気を使っているようようで少しばかり理不尽さを感じて、やはり来ない方が良かったかもと思っていたけど、まあ今はそんな想いはどこかへと。

「そう、そりゃ良かった。でもね、あの子を誘っていればもっと楽しかったはずなのにね」

「うっさいな」

 そうかもしれないけど。

「ホント、ヘタレよね」

「別にそんなことは……」

 誘えなかったんじゃない、誘わなかったんだ。このままの関係でいいと判断したんだ。 

 ……でも、たしかにヤスコの言う通りかもしれない。

「そんなことで落ち込まないで、もっと祭を楽しみなさい」

「楽しむって。そんなに来たかったわけでもないし、花火が見たいわけでもない」

「あのね、こういうのは何年か経ってからまた思い出して懐かしんで、楽しむものなの」

 しんみりとした声でヤスコが言う。

「……そんなものなの?」

 なんとなく感慨深げに言うが、ヤスコの言うことだから当てにはならない。けど、訊かずにはいられないような気がした。

「そういうものなの。だから少年よ、今を楽しみなさい」

 そう言うとヤスコは焼きそばの屋台に突撃する。両手に持っているのに、まだ食べるつもりなのか。そんなんだからワンシーズンで何度も服を買い直すはめになるんだぞ。

 轟音が鳴り響き、暗い夜空にいくつもの大輪の華が。

 花火の閃光が視界を明るくする。

 人ごみの中に知っている人の姿を。

いつもとは雰囲気が全然違うけど間違いない。

 藤堂さんだ。

 短い時間だけど、屋上で二人きりで過ごしているから見間違えるなんてことはない。

 学校の制服やジャージ姿とは全然違う。

 淡い紺色の浴衣、それには微かな化粧。

 来てたんだ。

 これだったら屋上で誘っても良かったんじゃ。

 いや、今から一緒に回ろうと誘っても。

 夜空がまた暗くなる。

 つま先を藤堂さんのほうに向けて歩き出そうとした瞬間、また明るくなる。

 一歩踏み出す。

 花火の光に照らされた藤堂さんの顔が。

 横を見ながら何やら楽しそうに浮かべている笑み。

 誰かと、友だちと一緒に来ているのか?

 だとしたら、声をかけるのは。

 また夜空が暗くなり、そして明るく。

 藤堂さんの横にいたのは、彼女の視線の先には彼女よりも背の高い男が。

 ああ……彼氏がいたんだ。まあ……いても当然かもしれない。

 横にいる男の手が藤堂さんの手に伸びる。

 幸運の女神には前髪しかない。そして行動しないものには微笑まない。

 遠くにいるはずなのに、暗くてよく見えないはずなのに、その光景がハッキリと。

 見たくない光景のはずなのに目が離れない。意思とは反対に、俺の目は二人を勝手に追ってしまう。

ついこの前俺と握手した手は、今は見知らぬ男と手を繋いでいる。

 後悔と嫉妬のようなものが。

 足が止まる。藤堂さんと男は人ごみの中へと消えていく。

 それをずっと追っていた。そんなことをしても意味なんかないのに。

 ただ阿呆みたいに、いつまでも。

「焼きそばとたこ焼き、どっち食べたい?」

 能天気なヤスコの声が聞こえた。その声で俺は少しだけ正気に戻る。

「なぁ」

「うん、何? まさか両方食べたいなんていうんじゃないでしょうね」

 そう言って両手に持っているたこ焼きと焼きそばの入っているパックを背中に隠す。ヤスコじゃあるまいし、どっちもくれなんて言わない。

「違う。何でも奢ってくれるんだよな」

「いいけど。高いものやエッチなのは駄目だからね」

「べつに高くないよ」

「何?」

「呑みたい」

「何が飲みたいの。Drペッパー。それともヴァージンコーラ。もしかしてサスケ。まさかメッコール」

「ビール」

 ヤスコの冗談を聞き流して真剣に要求した。今はそんなものいらない。全てを忘れることができるアルコールが呑みたかった。

「えー、それは駄目」

 両手で大きく×印を作りヤスコは俺の要求を却下する。

「何でもいいって言ったじゃないか」

そう言って嫌がる俺を花火大会に連れ出したんじゃないか。こんな場所に来なければあんな光景を見ないで済んだのに。

「でも車で来てるし。アンタが呑んでるのをみたらアタシも我慢できなくて呑んじゃう」

 ヤスコが俺の飲酒を止めるのは法律を遵守したからではなく、己の欲望を抑えるためであった。目の前で呑まれればきっと自制が利かなくなると判断しているのだろう。

「一杯だけでいいから」

 どうしても呑みたかった。呑まなければいけない理由が俺にはあった。

「ホント、一杯だけだからね」

 念を押すように言う。

 買ってもらったビールを片手にヤスコと離れ公園のベンチに。

 酒は楽しく呑むものだ。そうあの人に教えてもらったのに嫌なことから逃げようとして呑んだ。

 こんなことでは忘れられなかった。いつもは美味しく感じる味が、少し苦く感じた。

 まだ花火は上がっていた。暗闇の空に一瞬だけ大輪の花を咲かす。

 儚く消える。

「まるで花火みたいだな」

 口から勝手に洩れ出た言葉は物悲しく、俺には似つかわしくない詩的な表現だった。

 でも、その声は花火の音にかき消される。

 そして、また花火が上がる。

 その下で俺はもう一度小さく後悔の言葉を呟く。その声も花火の轟音と喧騒にかき消されてしまう。


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